パーフェクトワールド

木原あざみ

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第二部

パーフェクト・ワールド・レインⅡ ④

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「おまえ、あれがアルファに見えんの?」

 同じ小学校の出身ということもあって、篠原は幾分か気心の知れた存在だった。頭の回転の速い男だし、なにより距離感の取り方がうまいので、一緒にいて気が楽だったのだ。
 その篠原が、答えにくそうに眉を下げる。

「まぁ、アルファかベータかって聞かれたら、アルファに見えるって俺は答えるけど。でも」
「でも、なんだよ」
「あんまりその手の話、成瀬にしないほうがいいぞ。あいつ、ガチガチの……。なんていうのかな、よくわかんねぇけど、とりあえず第二の性の話はすげぇ嫌がる。それは事実」
「すげぇ嫌がるって。なんだ、それ」

 血液型を尋ねるのと変わらないレベルの話題だろ。なんの確証もないまま「おまえオメガだろ」なんて言うのは差別的だと思うが。
 鼻白んだ向原に、篠原は苦笑いで言い足した。

「平和主義者っていうか、レイシストの真逆っつうか。そういう話はするものじゃないだろって真顔で淡々と。正論ではあるんだけど、ちょっとガッチガチな感じもするかな。おまえとはいろんな意味で合わなさそう」
「……」
「だから、まぁ、なんだ。わざわざ聞いて喧嘩すんなよ」

 ――オメガだから、か。

 だから、そういった話を持ち出されることを嫌がるのか。腑に落ちて追及をやめる。その沈黙をどう取ったのか、篠原が「でも」とおもねるように話しかけてきた。

「珍しいよな、おまえがそういうこと言うの。アルファとかオメガとか、おまえあんまり言わないのに」
「そうか?」
「うん。まぁ、興味ないってだけだろうけど」

 おまえそういうところあるよな、と訳知り顔で旧友が笑う。

「やっぱり、あれ? 同じアルファの上位種ってやつだから気になんの?」
「上位種?」
「謙遜すんなって。おまえも成瀬もそうだって、みんなわかってんだし」
「おまえ、あれが上位種に見えるのか」

 つい、また疑問を呈してしまった。篠原は先ほどと同じ曖昧な笑みを浮かべたまま、「まぁなぁ」と頷く。

「そう思うけど。あ、でも言うなよ、成瀬に」

 入試トップの時点でなぁ、と続いた台詞に、完全に白けた気分で「へぇ」と相槌を打つ。
 目立つ真似をする馬鹿だとしか思わなかったが、それなりの目くらまし効果はあったらしい。けれど、それにしても。

 ――こいつもアルファのくせに、気がつかないものなんだな。

 オメガがアルファの顔をして紛れ込んでいる、ということに。その鈍さに半ば呆れたが、わざわざ言うようなことではないと向原は思い直した。
 あの同級生がオメガだろうが、自分には関係のないことだ。なぜほかのやつらが気づかないのかと不思議に思いはしたが、それだけのこと。
 同じ寮で、同じクラス。かかわる機会はこれからもままあるだろうが、距離が縮まることはないだろう。
 篠原が言ったとおりで、きっと「合わない」。成瀬も成瀬で、近づいてくる人間には愛想良くふるまっていたが、積極的に声をかけるようなタイプではなかった。現に、向原は成瀬と話をしたことすらなかったのだ。

 そんなふうだった関係に変化が生じるのは、この日からまた一月が経過した、雨の夜のことだ。


 消灯時間を過ぎた薄暗い廊下で、向原は足を止めた。
 当時の陵学園は荒れていて、夜遊びに興じる生徒も多かった。その例に漏れず、向原もよく寮を抜け出していて、この日も遅くに戻ってきたところだったのだ。
 自分のように外に出る生徒もいたが、寮の一角を占有して悪さをしている連中もいた。消灯時間なんてあってないようなもので、いつの夜も騒がしい。
 そうであったのに、今夜はいやに静かだ。この階の突き当たりにある空き部屋が、性質の悪い上級生のたまり場であったはずなのだが、どうかしたのだろうか。
 そちらに意識を向けたところで、立ち止まったときに覚えた違和感の正体を向原は知った。雨の中にかすかに混ざる、甘い匂い。
 それは、たしかに入学式の日に感じた香りだった。

「おまえ……」

 廊下の奥から姿を現した男が、ぎくりと顔を強張らせる。こちらの存在にまったく気がついていなかったらしい。それほど余裕がなかったということか。じっと見つめてから、向原は切り出した。

「すげぇ匂いだな、それ」
「匂い?」

 なんのことかわからないというように、強張っていた顔に笑みが乗った。いつもの似非くさいそれだ。改めて目の当たりにするとどうにも気に食わなくて、顔をしかめる。

「その顔。見てて気持ち悪い」
「気持ち悪いって……」
「その申し訳なそうなツラも。思ってないならやめろよ。中身と一致してなさすぎて気持ち悪い。あと、その甘ったるい匂いとも」

 オメガの匂いとアルファのような外面が釣り合っていないとした言外に、張り付いていた笑みがすっと消える。普段の人当たりの良さが嘘のような無機質な顔。誤魔化しても無意味だと悟ってからの反応は早かった。

「悪かったな、気持ち悪くて。できる限りかかわらないようにするから忘れてくれ」

 ぶっきらぼうに吐き捨てられて、小さな笑みがこぼれる。黙っていてくれと泣きつかれたかったわけではないが、あまりにも投げやりな対応だったからだ。
 アルファに知られた、だなんてオメガにとっては死活問題だろうに。

「それだけかよ」
「それだけって、悪趣味だな。なんでわかったとでも聞いてほしいのか? なんでわかった? 今まで誰にもバレたことなかったんだけどな」

 溜息ひとつで、成瀬はちらりと背後に視線を向けた。

「あいつらは最後まで気づきもしなかったしな。一応アルファだろうに」
「それだけ甘い匂いさせてたら馬鹿でも気づくだろ」

 なぜほかのやつらが気がつかないのか、ずっと疑問だったのだ。成瀬の言う「あいつら」もアルファだったのだろうが、本当にどうしてわからないのだろう。これだけの甘い匂いを漂わせているのに。
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