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第二部
パーフェクト・ワールド・レインⅤ ⑥
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「立てる?」
被せた布地の下で、頭が横に揺れた。その答えに、膝の裏に手を入れて華奢な身体を抱き上げる。それだけのことで、腕の中の身体が小さく震える。
早く連れて帰ってやらないといけない。それだけを胸に、静観を決め込んでいる風紀委員たちの前を横切る。妨げる声が発されたのは、出入り口まであと少し、というところだった。
「勝手に連れ出すんじゃねぇよ」
「本尾」
舌打ちを呑み込んで振り向く。教卓から腰を上げた男は、薄く笑っていた。
「おまえのつがいだって言うなら、それはそれでおもしろいけどな」
「つがいもなにも、この学園にいるあいだは、オメガもアルファも関係ない。今までだって、そうだったはずだ。違うか?」
「あの新入生の登場で、それが駄目になったとでも言いたいのか? 落ちたもんだな、おまえも」
「うちの寮生で、俺の後輩だ」
質問には答えず、成瀬は言い切った。
まだここは、俺の国のはずだ。そうでなくなってきているとしても、自分の腕が届く範囲だけは、絶対に。
「なぁ、成瀬。ちょうどいい。貸し返せよ」
「貸し?」
「それとも、これも貸しにしておいてやろうか」
近づいてくる男から視線をそらないまま、告げる。
「おまえに貸しをつくる気はない」
抱き抱えた身体は熱く、息遣いは忙しない。早くここを出ないといけないという焦燥ばかりが募っていた。
けれど、完全に安全な場所などあるだろうか。可能性があるとしたら、寮だけだ。茅野に話を通して、特別フロアを閉鎖して、ほかの寮生の立ち入りを禁じればどうにか――。
そこでいったん思考を止める。どちらにせよ、できる限り人目につかないようにして寮に戻るしか手はないのだ。
「そもそもとして、これのどこが貸しになるんだ」
「言葉にされなきゃ、それもわからねぇのか?」
少し距離を置いたところで、その足は止まった。今の行人にそれ以上接近したくないのだ。甘ったるい匂いは、まったく薄らいでいない。
理性的とすらいえる態度に、ふと疑念が浮かんだ。
――最初から、狙いはこっちだったのか?
「俺の善意なしに、そのお荷物抱えたまま無事に帰れると思ってるのかって、そう聞いてるんだよ」
台詞を裏付けるように、本尾の後ろに風紀委員が立ち並ぶ。声が聞こえたのか、それともアルファの気配が濃くなったのか、行人の手がぎゅっとシャツを握った。
強烈なフェロモンが立ち上って、立ち眩みを起こした身体が壁に当たる。
まずいとはっきり自覚したのは、そのときだった。自分の中のなにかが、影響を受けて動き出そうとしている、と。
「祥くん!」
その声にはっとして、成瀬は背後に視線を向けた。今にも入ってきそうな幼馴染みを目で制して前に向き直る。そうして慎重に言葉を選ぶ。
「ここでおまえがことを荒らげたとして、なんの得がある」
勘づかれているわけがない。先ほどの発言も、これも、ぜんぶ自分の反応を見ておもしろがっているだけのことだ。
「下手したら退学ものだぞ」
「三年前みたいにか?」
成瀬は答えなかった。
「そのときも、そいつだったよな。おまえが親切に助けてやって、それで。ふつうだったら退学になんてならねぇだろうに、三人も辞めさせられた」
「寮則を破ったんだ。しかたないだろ」
「本当にそれだけか」
見定めるように、その目が細くなる。
「余計なものを見たせいで、あいつが追い出したんじゃないのか。おまえの代わりに」
シャツを握る指の力が強まっていくのを感じながら、はっきりと成瀬は否定した。
「違う」
そうじゃない。なにも見られてはいない。ただ。どくんどくんと自分のものとは思えないくらい心臓が熱く脈打っていた。
被せた布地の下で、頭が横に揺れた。その答えに、膝の裏に手を入れて華奢な身体を抱き上げる。それだけのことで、腕の中の身体が小さく震える。
早く連れて帰ってやらないといけない。それだけを胸に、静観を決め込んでいる風紀委員たちの前を横切る。妨げる声が発されたのは、出入り口まであと少し、というところだった。
「勝手に連れ出すんじゃねぇよ」
「本尾」
舌打ちを呑み込んで振り向く。教卓から腰を上げた男は、薄く笑っていた。
「おまえのつがいだって言うなら、それはそれでおもしろいけどな」
「つがいもなにも、この学園にいるあいだは、オメガもアルファも関係ない。今までだって、そうだったはずだ。違うか?」
「あの新入生の登場で、それが駄目になったとでも言いたいのか? 落ちたもんだな、おまえも」
「うちの寮生で、俺の後輩だ」
質問には答えず、成瀬は言い切った。
まだここは、俺の国のはずだ。そうでなくなってきているとしても、自分の腕が届く範囲だけは、絶対に。
「なぁ、成瀬。ちょうどいい。貸し返せよ」
「貸し?」
「それとも、これも貸しにしておいてやろうか」
近づいてくる男から視線をそらないまま、告げる。
「おまえに貸しをつくる気はない」
抱き抱えた身体は熱く、息遣いは忙しない。早くここを出ないといけないという焦燥ばかりが募っていた。
けれど、完全に安全な場所などあるだろうか。可能性があるとしたら、寮だけだ。茅野に話を通して、特別フロアを閉鎖して、ほかの寮生の立ち入りを禁じればどうにか――。
そこでいったん思考を止める。どちらにせよ、できる限り人目につかないようにして寮に戻るしか手はないのだ。
「そもそもとして、これのどこが貸しになるんだ」
「言葉にされなきゃ、それもわからねぇのか?」
少し距離を置いたところで、その足は止まった。今の行人にそれ以上接近したくないのだ。甘ったるい匂いは、まったく薄らいでいない。
理性的とすらいえる態度に、ふと疑念が浮かんだ。
――最初から、狙いはこっちだったのか?
「俺の善意なしに、そのお荷物抱えたまま無事に帰れると思ってるのかって、そう聞いてるんだよ」
台詞を裏付けるように、本尾の後ろに風紀委員が立ち並ぶ。声が聞こえたのか、それともアルファの気配が濃くなったのか、行人の手がぎゅっとシャツを握った。
強烈なフェロモンが立ち上って、立ち眩みを起こした身体が壁に当たる。
まずいとはっきり自覚したのは、そのときだった。自分の中のなにかが、影響を受けて動き出そうとしている、と。
「祥くん!」
その声にはっとして、成瀬は背後に視線を向けた。今にも入ってきそうな幼馴染みを目で制して前に向き直る。そうして慎重に言葉を選ぶ。
「ここでおまえがことを荒らげたとして、なんの得がある」
勘づかれているわけがない。先ほどの発言も、これも、ぜんぶ自分の反応を見ておもしろがっているだけのことだ。
「下手したら退学ものだぞ」
「三年前みたいにか?」
成瀬は答えなかった。
「そのときも、そいつだったよな。おまえが親切に助けてやって、それで。ふつうだったら退学になんてならねぇだろうに、三人も辞めさせられた」
「寮則を破ったんだ。しかたないだろ」
「本当にそれだけか」
見定めるように、その目が細くなる。
「余計なものを見たせいで、あいつが追い出したんじゃないのか。おまえの代わりに」
シャツを握る指の力が強まっていくのを感じながら、はっきりと成瀬は否定した。
「違う」
そうじゃない。なにも見られてはいない。ただ。どくんどくんと自分のものとは思えないくらい心臓が熱く脈打っていた。
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