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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドΦ ②
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「言葉によるコントロール」
「……おまえ、すごい得意そうだよな、そういうの」
かく言う自分も、使っている自覚はあった。そちらのほうは口にせずに、苦笑いを浮かべる。
向原の言う「言葉によるコントロール」は、優しい生徒会長を、言動を計算して自分が演じているのと同じようなものだ。
「誰にでも効くってわけでもないけどな」
その言い草からすると、自分は「効きやすい」のだろうか。
――そんなこと、ないと思うんだけどな。
自分のことをよく知らない人間には、たまに言われることがある。純粋、だとか。騙されやすそうなお人好し、だとか。けれど、実際はそうではないし、そのことをこの学園で一番知っているのは向原だろうと思う。
釈然としないまま、成瀬は話を変えた。
「そういうのって、家にいたころに覚えたの? おまえの家っぽいって言えば、ぽいけど」
家のランクですべてが決まるわけではないが、向原の家が群を抜いて「いい家」なのは事実だった。
「まぁ、そうかもな」
あっさりとした口ぶりからは、自慢も謙遜もなにも感じられなかった。向原はいつもそうだ。持っていないものがないから、僻まない。必要以上に偉ぶることもなく、淡々と自分の思うままを生きている。
「でも、べつに俺は長男ってわけでもないから、気楽だけど」
「そっか」
なんでもないふうを取り繕って、相槌を打つ。
「それはそれでいいな。あ、でも、向原ってあんまり弟っぽくはないよな。それとも、お兄さんの前だと変わったりするの?」
「おまえが過保護すぎるんだよ。男兄弟で、そこまで猫かわいがりするやつのほうが珍しいと思うけどな」
言われているのは、妹ではなく、年下の幼馴染みに対する態度のことにちがいない。
「そんな過保護かな、俺。というか、兄弟ではないんだけど」
「似たようなもんだろ。自覚ないのか?」
「ないとは言わない……けど」
「けど?」
「四月から、というか、もう今週末か。新入生が入寮するだろ」
「皓太な。あんまり構うと嫌がられるぞ」
当人からも、つい数日前に電話で釘を刺されたばかりだったので、苦笑いにしかならなかった。
「だって、かわいいから、つい」
「おまえのそれは、あれだな」
「あれって、なんだよ」
一種の病気だと言わんばかりの雰囲気を出していたくせに、曖昧に首を振られてしまった。
「なんでも」
――なんでも、か。
大人びた顔を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「俺も、おまえくらいの距離感にするべきなのかな」
「できるならな」
「その言い方。できるわけないって思ってるだろ」
「逆に聞くけど、できるのか?」
切り返しに、返答に詰まった。かなりの確率で姿を見たら構ってしまうと思う。だって、いくら「俺もいつまでも子どもじゃないんだから」と主張されても、自分の目にはかわいくしか映らないのだ。
「……どうせ頑固だよ、俺は」
溜息まじりに認めると、向原がまた小さく笑った。いまさらだろ、といわんばかりのそれ。自覚がないとは言わないが、向原には言われたくない気もする。
向原と比べて頑固なのは俺だと、篠原は言う。引かないのも、俺のほうだと。けれど――。
――向原が引くのは、どうでもいいって思ってるから、なのにな。
つまり、そういうことだ。争うことも馬鹿らしいと感じているから、簡単に引いてみせる。それだけのこと。
その代わり、本心で引きたくないと思っていることは、絶対に譲らないけれど。そのあたりは、自分と似たようなものだと思う。
伏せていた本を手に取ってから、ふと思い出したように、向原が言い足した。
「頑固なのはべつにいいとして。さっきの話で言えば、祥平はコントロールされやすいタイプだとは思うけど」
「コントロール?」
そういえば、さきほどもそういったニュアンスは感じたのだった。繰り返すと、あっさりと答えが返ってきた。その視線は本に落ちたままだったけれど。
「自分でなんとでもできるって思ってるわりに、根本的な自己肯定感が低いところ」
その台詞に、思わず横顔を凝視してしまった。気がついていただろうに、向原は変わらなかった。
「気をつけないと、いつか付け込まれるよ。俺みたいなのに」
淡々とページを繰りながら告げる横顔には、いつもどおりの静かな笑みが浮かんでいて。だから、成瀬も冗談だと受け取ることしかできなかった。曖昧にほほえむ。いつものことだった。
けれど、いつものことだと放り投げずに、その言葉の真意を考えていれば、なにかが違ったのだろうか。
そんなふうに思い返すことになるのは、もっとずっとあとになってからのことだ。
「……おまえ、すごい得意そうだよな、そういうの」
かく言う自分も、使っている自覚はあった。そちらのほうは口にせずに、苦笑いを浮かべる。
向原の言う「言葉によるコントロール」は、優しい生徒会長を、言動を計算して自分が演じているのと同じようなものだ。
「誰にでも効くってわけでもないけどな」
その言い草からすると、自分は「効きやすい」のだろうか。
――そんなこと、ないと思うんだけどな。
自分のことをよく知らない人間には、たまに言われることがある。純粋、だとか。騙されやすそうなお人好し、だとか。けれど、実際はそうではないし、そのことをこの学園で一番知っているのは向原だろうと思う。
釈然としないまま、成瀬は話を変えた。
「そういうのって、家にいたころに覚えたの? おまえの家っぽいって言えば、ぽいけど」
家のランクですべてが決まるわけではないが、向原の家が群を抜いて「いい家」なのは事実だった。
「まぁ、そうかもな」
あっさりとした口ぶりからは、自慢も謙遜もなにも感じられなかった。向原はいつもそうだ。持っていないものがないから、僻まない。必要以上に偉ぶることもなく、淡々と自分の思うままを生きている。
「でも、べつに俺は長男ってわけでもないから、気楽だけど」
「そっか」
なんでもないふうを取り繕って、相槌を打つ。
「それはそれでいいな。あ、でも、向原ってあんまり弟っぽくはないよな。それとも、お兄さんの前だと変わったりするの?」
「おまえが過保護すぎるんだよ。男兄弟で、そこまで猫かわいがりするやつのほうが珍しいと思うけどな」
言われているのは、妹ではなく、年下の幼馴染みに対する態度のことにちがいない。
「そんな過保護かな、俺。というか、兄弟ではないんだけど」
「似たようなもんだろ。自覚ないのか?」
「ないとは言わない……けど」
「けど?」
「四月から、というか、もう今週末か。新入生が入寮するだろ」
「皓太な。あんまり構うと嫌がられるぞ」
当人からも、つい数日前に電話で釘を刺されたばかりだったので、苦笑いにしかならなかった。
「だって、かわいいから、つい」
「おまえのそれは、あれだな」
「あれって、なんだよ」
一種の病気だと言わんばかりの雰囲気を出していたくせに、曖昧に首を振られてしまった。
「なんでも」
――なんでも、か。
大人びた顔を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「俺も、おまえくらいの距離感にするべきなのかな」
「できるならな」
「その言い方。できるわけないって思ってるだろ」
「逆に聞くけど、できるのか?」
切り返しに、返答に詰まった。かなりの確率で姿を見たら構ってしまうと思う。だって、いくら「俺もいつまでも子どもじゃないんだから」と主張されても、自分の目にはかわいくしか映らないのだ。
「……どうせ頑固だよ、俺は」
溜息まじりに認めると、向原がまた小さく笑った。いまさらだろ、といわんばかりのそれ。自覚がないとは言わないが、向原には言われたくない気もする。
向原と比べて頑固なのは俺だと、篠原は言う。引かないのも、俺のほうだと。けれど――。
――向原が引くのは、どうでもいいって思ってるから、なのにな。
つまり、そういうことだ。争うことも馬鹿らしいと感じているから、簡単に引いてみせる。それだけのこと。
その代わり、本心で引きたくないと思っていることは、絶対に譲らないけれど。そのあたりは、自分と似たようなものだと思う。
伏せていた本を手に取ってから、ふと思い出したように、向原が言い足した。
「頑固なのはべつにいいとして。さっきの話で言えば、祥平はコントロールされやすいタイプだとは思うけど」
「コントロール?」
そういえば、さきほどもそういったニュアンスは感じたのだった。繰り返すと、あっさりと答えが返ってきた。その視線は本に落ちたままだったけれど。
「自分でなんとでもできるって思ってるわりに、根本的な自己肯定感が低いところ」
その台詞に、思わず横顔を凝視してしまった。気がついていただろうに、向原は変わらなかった。
「気をつけないと、いつか付け込まれるよ。俺みたいなのに」
淡々とページを繰りながら告げる横顔には、いつもどおりの静かな笑みが浮かんでいて。だから、成瀬も冗談だと受け取ることしかできなかった。曖昧にほほえむ。いつものことだった。
けれど、いつものことだと放り投げずに、その言葉の真意を考えていれば、なにかが違ったのだろうか。
そんなふうに思い返すことになるのは、もっとずっとあとになってからのことだ。
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