パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 1 ⑦

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 ――というか、まぁ、俺が避けてたから、なんだけど。

 悪い人でも怖い人でもないよ、とはあからさまな行人の態度を見かねての高藤の弁である。ついでに言うならば、成瀬や茅野からも、「そんなに怖がらなくても」とやんわり言われたこともあるのだけれど。
 でも、それでも、行人にとっては、怖い存在だったのだ。性格が、というほどこの人のことを知っているわけではない。ただ、圧倒的なアルファとしての圧が怖かった。
 それでも、怖いだけの人ではない、ということはわかる。そうでなければ、高藤たちがそんなふうに擁護しないだろうし、なにより、自分が話し始めるまで待ってはくれなかっただろうと思う。だから、行人はもう一度思い切って、口を開いた。

「その、成瀬さんのことなんですけど、さっきの……」

 と、言いかけたところで、あれ、と思考がまた一時停止してしまった。
 そもそもとして、この人はいったいなにをどこから見ていたのだろうか。見ていたとして、茅野が言っていた「延々と今後について聞かされた」という話し合いに同席していたのだろうか。
 それに、もっとそもそもで言うと、と行人はちらりと向原の様子を窺った。

 ――すごいいまさらだけど、成瀬さんと喧嘩してるんじゃなかったっけ。

 実際に揉めている現場を見たわけでもないし、どういう類の喧嘩なのかは知らない。でも、自分のせいなのではないかと行人は疑っていた。
 その真実を確かめるだけの勇気はなかったし、自分だけのせいだと自惚れているわけでもないのだが、タイミング的に見ても、仲違いの一端となったのが、あの騒動だった気がしてならないのだ。

「えっと、その……」
「おまえが気にするようなことでもねぇだろ、べつに、なにも」

 いいかげん面倒に思われたのか、予鈴が鳴ったタイミングではっきりと言い切られてしまった。
 それは、たしかにそのとおりで、高藤にも何度も言われたことではあったのだけれど。

「それは、その……そうだとは思うんですけど、でも」

 俺のせいでもあるのかな、って、と行人は懺悔するように呟いた。高藤も、成瀬も、茅野も、絶対に、――たとえ心のどこかで思っていたとしても行人のせいではないとしか言わないだろうと思う。知っている。
 でも、自分が、自分のオメガ性が、この学園の空気がどんどんと変わっていった原因のひとつであることは間違いがないとも思っていた。そのことを、誰かに断罪してもらいたかったのかもしれない。

「おまえ、それ本気で言ってんのか」
「え……?」
「あいつがそんなこと思うわけないだろ」

 心底面倒くさそうに一蹴されて、「でも」と行人は半ば反射で言いすがった。わかっている。あの人がそんなふうに思わないだろうということは。でも、そうではなくて、あの人が思う思わないじゃない、客観的な判断を聞きたかったのだ。
 この人は、そういう意味で自分に過分な配慮はしないだろうと思ったから。その行人の態度にか、向原が小さく溜息を吐いた。

「そもそも、あれは、そう簡単に他人に影響されねぇよ」
「……それは、そうだと思います、けど」
「だから、なにも変わってなかっただろうが」

 だから気にするな、あるいは、安心しろ、と言ってもらえたと思ったのは、都合の良い解釈すぎるだろうか。
 もう十分だろうと言わんばかりに、向原が背を向ける。それ以上を引き留めることは、さすがにできなかった。
 本当は、ほかにももっと聞きたいことがあったはずなのだけれど、最後に聞いた台詞が、そのすべての答えになっているような気がして、行人は空を見上げた。

「すごいよな」

 そんなひとりごとがこぼれてしまった。悔しい気もするけれど、純粋に羨ましいなと思ってしまったのだ。
 自分には、そんなふうに言い切ることも信じることもできなかったから。
 あのふたりがよく一緒にいた理由が、はじめてわかった気がした。
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