パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅢ Φ ①

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[φ]

 僕は、弱い生き物が嫌いだ。


「へぇ、学費も寮費も全額無料。すごいじゃん、春弥。あんた、本当に頭良かったんだねぇ」
「なに、信じてなかったの?」
「だって、あんた、小さいころから大噓吐きだったからさ」

 掃除の行き届いていないリビングで、酒を片手に陵学園の合格通知を眺めていた女が、その書類を机に置いて、ぱさついた明るい髪を掻きやった。剥げかけたネイルが、どうにもみっともない。
 一連の挙動を冷めた目で見つめていた水城は、小さく溜息を吐いた。本当に、みっともない。
 本当に、本当に幼かったころ。頭の先から爪先まできらきらと美しく、いつも柔らかな笑顔を浮かべていた「母親」だった生き物とは、ほど遠いありさまで、けれど、いつのまにか、この「女」の顔に見慣れてしまっていた。あるいは、記憶の中の残像は、幼心が見た幻影だったのかもしれない。
 どちらにしろ、時の流れというものは、若さと美しさしか取り柄のなかった生き物とっては、ひどく残酷だということなのだろう。
 僕とは違う。

「べつにどうでもいいけど。とりあえず、そこにサインしてよ。あんた、一応、母親なんだから」
「母親かぁ」

 よくわからない笑みを浮かべた女が、水城が押しつけたペンを手に取る。お世辞にもきれいとは称せない署名を終えた書類を、よく確認もしないまま、女は水城に手渡した。
 二言目には、私、馬鹿だからさ、と笑って、なにも調べようとしない馬鹿な女。そうやって、何度、都合の良い扱いを受けてきたか、本当にわかっていないのだろうか。

「すごいねぇ。私の息子があんなおぼっちゃま学校に行くんだ。ねぇ、知ってる? 春弥。あんたの父親も、そこの出なのよ」
「へぇ」

 気のない相槌ひとつで、封筒に書類をしまう。アルコールくさかった。

「よく自慢してたもの。間違いないわ。自分の息子もそこに入学させるんだなんだって。あんたが首席で合格したって知ったら、どんな顔するんだろ」
「さぁ、どうだろうね」

 その男の本当の息子とやらは、あたりまえに中等部から入学しているのだろうから、どんな顔もなにもないだろうに。自分の産んだ子どものほうが優秀だったと、いまさらに認めさせたいのだろうか、と水城は呆れた。

「その息子、たしか、あんたとほとんど年も変わらなかったはずなんだけど。なんて言ったかなぁ、名前」
「ねぇ」

 覚えた煩わしさに、延々と続きそうだった話を遮る。

「その話、まだ聞かないと駄目?」

 過去の自慢話ほどつまらないものはないのに、今にも先にも何もないから、この女は何度も同じ話を繰り返す。聞き飽きているのだ。
 うっすらと笑ってみせれば、とってつけたように女がほほえむ。みっともない媚を含んだ瞳。

「ねぇ、春弥」

 伸びてきた指が、手の甲に触れる。

「私、あんたのこと、かわいいって思ってるのよ」
「……」
「だから、ほら。そんな良いとこに入れるまで、ちゃんと育ててあげたでしょ?」

 だから、なんだ。嫌悪にまみれながら、内心で水城は吐き捨てた。だから、なんだ。だから、自分のしてきた所業を許せと言いたいのか。
 謝罪ひとつでできないくせに、許されると思うな。まぁ、謝罪されたところで、許すつもりはないのだけれど。
 すっかりとみすぼらしくなった女を見下ろして、にこりとほほえむ。美しい母にそっくりだと、気持ちの悪い男たちにもてはやされてきたそれで。
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