361 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ Φ ②
しおりを挟む
「それで、なに? だから、捨てないでほしいの? 僕に」
この惨めな生活を抜け出して、かつてこの女がいた煌びやかな世界に行くだろう、僕に。
「ねぇ、お母さん」
もう何年も使っていなかった呼び名を、あえて選んで、水城は優しく言葉を続けた。
「あなたと僕は違う」
「……え?」
「捨てられることしかできないあなたと僕はね」
見下していたはずの子どもにまで媚びた笑みを見せるのだ。自分でも、さすがに理解しているのだろう。これから先、唯一の武器だった美貌は衰えていく一方だということに。
惨めな生き物だと、本当に思う。男に養われなくとも、自分ひとりで生きていくだけの力を蓄えておくべきだったのだ。
自分は、そんな惨めな生き物には絶対にならない。だから、この通知を掴んだ。固まっている指先を払い落として、封筒の縁をそっとなぞる。これは、自分の努力が間違っていなかったという唯一無二の証明だ。
「僕をオメガに産んでくれてありがとう、お母さん」
中途半端な笑みを浮かべたままの女に向かって、水城は再度ほほえんだ。
「僕は、僕に相応しいアルファを選んで、幸せになるよ。あなたのことなんて忘れてね。それが僕の精いっぱいの親孝行」
「ねぇ、待って、春弥」
「どうしたの、お母さん。子どもが幸せになることが、親の幸せなんでしょう。かわいいと思ってくれていたのなら、これ以上の親孝行なんてないんじゃない?」
それ以上の相手をする気はなかった。焦ったふうに言い募ろうとする女に背を向けて、リビングを出る。扉を閉める前に振り返ってやったのは、餞別のようなものだった。
「幸せ者だね、お母さん」
絶対に負けない。オメガに生まれたことも、あんな母親を持ったことも、すべて自分のせいではない。それなのに、それだけの理由で不幸になんて絶対になってやるものか。
自分は美しかっただけの母とは違う。捨てられることしかできなかった母とは違う。
自分ですべてを選び取って、この世で一番幸福なオメガになってやる。この汚い部屋には、もう二度と戻らない。集団の力で自分をいじめてきた同級生たちとも、二度と会わない。次に会うことがあるとすれば、それは逢瀬ではない。一方的に優位に立った自分を、なにもできず彼らが見上げてきたときだ。
今に見ていろ。今に見ていろ。呪いなのか、なになのかわからない鼓舞を、水城はずっとおのれに向け続けていた。
この学園にいる恵まれた人間には、きっと想像もつかないだろう醜いとどろを巻いた感情を。
大嫌いだ。自分と同じオメガのくせに、生まれた家が違うというだけで、恵まれて育ってきた人間が。自分たちのような生き物の存在を知らないだろう高慢さが。虫唾が走るという言葉では足りないほどに、本当に、心の底から、大嫌いだ。
そんな世界があることを知らないことは、ある意味で幸福な人間ではあるのだろうが。
僕とは、違う。なにもかもが、僕とは違う。けれど、僕を理解できる人間は、果たしてこの世界に存在しているのだろうか。
惨めだった世界を離れ、煌びやかな世界に触れるようになった今、そんなふうに思う瞬間がある。
*
この惨めな生活を抜け出して、かつてこの女がいた煌びやかな世界に行くだろう、僕に。
「ねぇ、お母さん」
もう何年も使っていなかった呼び名を、あえて選んで、水城は優しく言葉を続けた。
「あなたと僕は違う」
「……え?」
「捨てられることしかできないあなたと僕はね」
見下していたはずの子どもにまで媚びた笑みを見せるのだ。自分でも、さすがに理解しているのだろう。これから先、唯一の武器だった美貌は衰えていく一方だということに。
惨めな生き物だと、本当に思う。男に養われなくとも、自分ひとりで生きていくだけの力を蓄えておくべきだったのだ。
自分は、そんな惨めな生き物には絶対にならない。だから、この通知を掴んだ。固まっている指先を払い落として、封筒の縁をそっとなぞる。これは、自分の努力が間違っていなかったという唯一無二の証明だ。
「僕をオメガに産んでくれてありがとう、お母さん」
中途半端な笑みを浮かべたままの女に向かって、水城は再度ほほえんだ。
「僕は、僕に相応しいアルファを選んで、幸せになるよ。あなたのことなんて忘れてね。それが僕の精いっぱいの親孝行」
「ねぇ、待って、春弥」
「どうしたの、お母さん。子どもが幸せになることが、親の幸せなんでしょう。かわいいと思ってくれていたのなら、これ以上の親孝行なんてないんじゃない?」
それ以上の相手をする気はなかった。焦ったふうに言い募ろうとする女に背を向けて、リビングを出る。扉を閉める前に振り返ってやったのは、餞別のようなものだった。
「幸せ者だね、お母さん」
絶対に負けない。オメガに生まれたことも、あんな母親を持ったことも、すべて自分のせいではない。それなのに、それだけの理由で不幸になんて絶対になってやるものか。
自分は美しかっただけの母とは違う。捨てられることしかできなかった母とは違う。
自分ですべてを選び取って、この世で一番幸福なオメガになってやる。この汚い部屋には、もう二度と戻らない。集団の力で自分をいじめてきた同級生たちとも、二度と会わない。次に会うことがあるとすれば、それは逢瀬ではない。一方的に優位に立った自分を、なにもできず彼らが見上げてきたときだ。
今に見ていろ。今に見ていろ。呪いなのか、なになのかわからない鼓舞を、水城はずっとおのれに向け続けていた。
この学園にいる恵まれた人間には、きっと想像もつかないだろう醜いとどろを巻いた感情を。
大嫌いだ。自分と同じオメガのくせに、生まれた家が違うというだけで、恵まれて育ってきた人間が。自分たちのような生き物の存在を知らないだろう高慢さが。虫唾が走るという言葉では足りないほどに、本当に、心の底から、大嫌いだ。
そんな世界があることを知らないことは、ある意味で幸福な人間ではあるのだろうが。
僕とは、違う。なにもかもが、僕とは違う。けれど、僕を理解できる人間は、果たしてこの世界に存在しているのだろうか。
惨めだった世界を離れ、煌びやかな世界に触れるようになった今、そんなふうに思う瞬間がある。
*
12
あなたにおすすめの小説
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—
水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。
幼い日、高校、そして大学。
高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。
運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる