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第二話
10.
しおりを挟む何年ぶりになるのか分からない後輩と、狭い車内で二人きり、と言うのも気づまりだなと懸念していた。けれどいざ乗ってしまえば、折原は持ち前の愛想の良さで懸念は回避されてしまう。
俺が返答に困らない適当な話題を提供してくれる折原のおかげで、嫌な沈黙が落ちることもなければ、妙な緊張感が生じることもない。
変わらないな、と懐かしくなるのと同じくして、昔から折原の傍は居心地が良かったことを思い出してしまった。
アルバイト先は個人塾だと口を滑らせた瞬間、「先輩が先生っすか」と笑った折原だったが、「あぁでも先輩、面倒見良いですもんね。合ってそう」と一人で納得して、また小さな笑みを零していた。
「別に面倒見、良くはねぇよ、俺は」
「そうですか? 俺、先輩にはお世話になったなぁって本当思ってますけど」
「俺にそんなこと言うのはおまえくらいだって。大体面倒見良いのはどう考えたって富原だろ」
「まぁ富原さんは富原さんで。先輩はまた富原さんとは違う角度って言うか……。なんか難しいですね、説明するの」
そりゃ、思い当たることがないってことじゃないのか、と。突っ込みそうになったが、それはいくらなんでも自虐がきついように思えて、口を噤む。
そのまま窓の外へと視線を転じさせる。あと五分もかからないうちに、目的地に到着するだろう。
「そういえば、先輩」
けれど結局、沈黙はあっという間に霧散した。
「先輩、なんでサッカー下手だって言われてたんですか」
世間話の延長だ。その問いかけに「あの話か」と折原と再会した日の栞の反応を思い起こした。
たいした理由では本当に無かったのだけれど、なんとなく運転席に視線を戻しづらくて、流れる車窓に視線を固定したまま、苦笑する。
「久しぶりだったから。感覚狂って強く蹴りすぎただけ」
「フットサルでしたっけ。場外ホームランにでもなりました?」
なんでこいつがそんなこと知ってるのか、疑問が湧いてきたが、どうせ富原か、そうでなければ栞だろうと当たりがすぐについた。
フットサルのサークルに入会届を出したのは、入学後すぐ一緒に行動することが多くなった庄司に半ば強引に連れて行かれたからだった。
サークルと言うだけあって、練習や試合に強制参加させられるわけでもなし。飲み会が多い、所謂飲みサーだとも話を聞いたから、ならまぁいいか、と。消極的な理由で籍を残しているだけではあるのだが。
その話を一度漏らしたてしまったとき、富原はやたら嬉しそうだったから、深山の集まりの中で、話題に出していてもおかしくはない。
「いや、味方の顔面にぶち当てて、そいつその日、駄目になったから」
一年生だった時の話だ。出るつもりは一切なかったのだけれど、お義理で試合の観戦に庄司達と足を向けた時のことだ。
着いて早々、ドタキャンが相次いで、試合に出る人数が足りなくなったと拝み倒されて、いきなりコートに放り込まれた。
変な、感覚だった。あのころしていたサッカーとは、コートの広さも、中でプレイしている選手の能力も違う。
それなのに。足元にボールが飛んできた瞬間、世界が過去に戻った気がした。
「うっわ、痛かったでしょうね、そりゃ。佐野先輩のボール、サッカーやってない奴からしたら飛んでくる凶器っすよ」
でも勿体ないな良い球だったんだろうにと、見てもいない癖に折原が笑った。
俺だったら絶対決めるのに、と。そう付け加えたのを、おまえだったらそりゃどんな球でも決めてるんだろよと思った。それは単純に、事実だ。
……と言うか、俺は馬鹿なことにパスを要求された瞬間、何故か高校生のときの試合のような錯覚に陥っていた。だから思いっきり蹴ってしまったのだ。折原に、届くように。
実際にはあの頃のような球威ではなかったと思う。それでもあんな狭いフットサルのコートでろくに練習もしていない相手に送るパスではなかった。
鼻血が出たことによって、試合に出られなくなったそいつと、見に来ていたメンバーに「おまえはもう蹴るな」だの「このノーコン」だのとからかわれた現場を見ていた栞は「佐野は下手」と認識したらしい。
憐れに思ったらしい庄司が何度か、栞に「いや別に佐野、下手じゃないよ」と訂正を試みてくれていたが、思い込みの激しい栞の記憶を上書きすることができないまま、今に至って、この間の会話に繋がっているのだった。
「でも、先輩、サッカーまたやり始めたんですよね」
「サッカーじゃねぇけど」
「うん、でも、なんかちょっとだけ、ほっとしました」
そう言った折原がどんな表情をしていたのかは、知らない。窓の外の流れる住宅街に視線を残したまま、俺は何も答えられなかった。
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