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第二話
9.
しおりを挟むアルバイト先から帰宅して、携帯電話で新着を確認する。一件、受信有。それは折原からのものだった。
「聞いてもいいんなら今教えてください。ほら読み込ませてください!」と。
まるで今を逃したら、なかったことにされると確信しているようだった車内で半ば無理矢理交換させられた、登録したての、名前。
微かな躊躇いの後、メール本文を開示させる。中高生の頃は、ずっと寮で一緒に生活をしていたのだから、メールのやりとりなんてほとんどしていなかった。
折原と交わしたメールの記憶と言えば、帰省していた正月に律儀に寄越される年賀メールくらいのものだった。
賑やかなそれを見て、折原らしいと思ったのも、覚えているけれど。
俺は、返信したことがもしかしたら、一度もなかったかもしれない。
「今日はいきなり押し掛けてすみませんでした。
でも俺は、久しぶりに佐野先輩に会えて、すごく嬉しかったし、また会いたいって、やっぱり思いました。
試合見に来てくれると嬉しいです」
機械的な文字にざっと目を通して、画面を閉じる。「友達と一緒でも、富原さんたちと一緒でも良いんで、だから見に来てください」と押しつけられた観戦チケットの重みが急に増した気がした。
今週末に日本である、国際Aマッチの観戦チケット。
スタメンは当然まだ不明だが、折原は召集されているはずだ。前回の国際試合の折、決勝弾を決めたのは折原だった。所属クラブも上位で、コンスタントに良いプレイを続けているらしい。
できるだけ見ないようにしているから、クラブでの活躍云々は、栞からの受け売りではあるのだけれど。
出場するんだろうな、と思った。
折原が一歩フィールドに踏み込むと空気が変わる。昔から折原はそういう存在だった。天性のエースストライカー。
それを俺が観客席から見るということが、悔しいわけじゃない。あのころからずっと思い知っていたことだ。俺と折原じゃ次元が違う。辿り着けるところが違う。
でも、なにを思って、あいつは俺に見に来てほしいと、見ていてほしいと言うのだろう。
単純で天真爛漫なようでいて、折原は割に空気を読むし、人の感情の機微にも聡い。それは昔から突出した才能を持っていたあいつが、同世代や先輩と上手くやっていくために身につけた処世術なのかもしれないけれど。
よく分からない。
あのころと変わらないような笑顔で、「先輩」と追いかけてくる折原も。
それを満更でもなく思っている、俺のプライドも。
「俺は先輩に会いたかった」と、そう言ったきり黙り込んだ折原に、俺はどう応じればいいのか分からなかった。
立ち止まっている間にも、俺たちにちらちら視線を送ってくる学生に、このままでいいわけがないと再度腹をくくった。もうここまで来たら、しょうがないだろう。
この後輩は、俺のことをなんでも「はいはい」と聞く癖に、そのくせ自分が絶対に意思を曲げないと決めたこととなれば、絶対に折れないのだ。
「場所。ちょっとは考えろよ」
おまえは目立つんだよ。深山のころとは違うんだよ。言おうかと思ったけれど、言えそうになくて、呑みこむ。
折原は、強張っていた表情を、無理やり緩めて「車なんです、俺」と提案してきた。
「用事あるんだったら、そこまで、俺、送りますけど」
その声もまだ固かったけれど。掴まれたままの手に視線を落として、俺は自分自身を納得させるために、溜息の様な吐息を吐き出した。
ここまでくれば、ただのポーズにしかならなかった。
「時間、あんまりないからな」
了承すると、折原はほっとしたように笑った。
折原は決めたことを曲げない。ここで離せと抗議したところで押し問答になるだけだ。
言い訳はいくらでもできる。
でも、それも全部後付の理屈なのかもしれないと思う。
俺は結局、折原の言葉を断ることが出来ないままなのだと、痛感してしまった。
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