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第二話
8.
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【夢の続きの話をしよう:2】
大学に入ってすぐ始めた個人指導塾の講師のアルバイトも、講習で戦争のようになる二度目の夏が、学生が新学期に突入することによって、ようやく通常のリズムに落ち着き始めていた。
「佐野せんせー、さよーならー」
「もう暗いから気を付けて帰れよ、また来週な」
大学の講義の関係もあるから、基本的に週に三回。遅めの時間帯を埋めさせて貰っている。必然的に生徒は高校生や中学生が主だが、年齢が近い所為か、それなりには懐いてくれているように思えるから可愛い。
今日の最後のコマの生徒を玄関まで見送って、そのまま講師用の休憩室へ戻るつもりだったのだけれど。
「山藤さん?」
視線を感じた先にいたのは、高校生の女子生徒だった。俺が担当しているわけではないが、この子が通塾している時間帯と俺が出勤している時間が重なることが多いから、お互い顔と名前は一致している。
けれど、特に今まで積極的に会話をしたような覚えはなかったし、この子も密なコミュニケーションを求めるタイプではなかったと思っていたのだが。
「どうかした? 授業の質問だったら、まだ武内先生いると思うから、呼んでこようか」
「あ、えと、違うんですけど……ちょっと佐野先生に聞きたいことがあって」
「俺に?」
なんだろうと視線を合わせると、「あのね」と他の生徒が近くにいないのを確認してから、こそりと問いかけてきた。
その内容に、気が付かないふりをしておけば良かったと後悔する羽目に陥ったのだけれど。
「見てたの、山藤さん」
「見てたって言うか、ちょうどうちのすぐ傍だったんですよ。先生が車から降りたのが。で、たまたま運転席が見えたって言うか……、あの人、折原選手ですよね。佐野先生、折原さんとお友達なんですか?」
その瞳は、期待で輝いていた。
なんであいつはあんなに無駄に目立つんだ。そんな八つ当たりじみたことを考えながら、なんと言おうかも思案して、――結局、止めた。
「高校の時の後輩。今日はたまたま会って、話してたらこっちに遅刻しそうになって。だから送ってもらったんだ。でも、それだけで普段は全然会わないよ」
他の生徒がいるところで聞いてこなかっただけ、配慮してくれてありがたいと思わないといけないのかもしれない。
そしてその配慮をしてくれた子なら、やんわりと暗に「なにを頼まれても無理なのだ」と訴えるだけで大丈夫だと思った。判断は当たりだったらしい。
山藤さんは落胆した表情を浮かべてはいたけれど、「そうなんですか」と応じただけで、それ以上の追及はしてこなかった。
出方を窺うような沈黙を振り切って「気を付けてね、また来週」と生徒向けの常套句で送り出す。
「ありがとうございました」
と少しきまり悪そうな笑みを浮かべた彼女を、講師用の愛想を蓄えた笑みで手を振って見送りきる。
硝子戸が閉まり、制服姿が自転車置き場へ消えていったのを見届けてから、隠しきれない溜息を零してしまった。
――やっぱ、送らすんじゃなかったな。
まさかこんなにタイミング良く見られるなんて、予想外だったけれど。
勘づかれたくはないから、と距離のある場所で降りたのが見事に災いした間の悪さである。
昔から目立つ奴ではあったけれど、当たり前だがこんなことはなかった。今はもう、次元が違う。
あのころは、少なくとも勝手に写真を撮られたりしなかった。
なにかしでかしたとしても、それは監督に雷を落とされたら終わるものだった。
でも、今はそうじゃない。
それなのに、あいつは、なにをまた血迷ってるんだか。
――俺は先輩のこと、そういう意味で好きでしたよ。たぶん、今も、ずっと。
そう言った折原の声が、苦しそうな眼が、勝手に頭の中で何度も何度も再生される。
今更だ、と思う。それは本当に。
もう失くしたと思っていた。終わったと思っていたし、会うことはないだろうと、そうずっと。
馬鹿じゃねぇのとは言うことはできても、俺は嫌いだとは言えなかった。
おまえなんか好きじゃないと言えなかった。
そう言うべきだと、理解していたはずなのに。
もう本当に馬鹿だと、どうしようもないとしか思えなくて――それ以外の言葉を見つけたくなくて、嫌になる。
大学に入ってすぐ始めた個人指導塾の講師のアルバイトも、講習で戦争のようになる二度目の夏が、学生が新学期に突入することによって、ようやく通常のリズムに落ち着き始めていた。
「佐野せんせー、さよーならー」
「もう暗いから気を付けて帰れよ、また来週な」
大学の講義の関係もあるから、基本的に週に三回。遅めの時間帯を埋めさせて貰っている。必然的に生徒は高校生や中学生が主だが、年齢が近い所為か、それなりには懐いてくれているように思えるから可愛い。
今日の最後のコマの生徒を玄関まで見送って、そのまま講師用の休憩室へ戻るつもりだったのだけれど。
「山藤さん?」
視線を感じた先にいたのは、高校生の女子生徒だった。俺が担当しているわけではないが、この子が通塾している時間帯と俺が出勤している時間が重なることが多いから、お互い顔と名前は一致している。
けれど、特に今まで積極的に会話をしたような覚えはなかったし、この子も密なコミュニケーションを求めるタイプではなかったと思っていたのだが。
「どうかした? 授業の質問だったら、まだ武内先生いると思うから、呼んでこようか」
「あ、えと、違うんですけど……ちょっと佐野先生に聞きたいことがあって」
「俺に?」
なんだろうと視線を合わせると、「あのね」と他の生徒が近くにいないのを確認してから、こそりと問いかけてきた。
その内容に、気が付かないふりをしておけば良かったと後悔する羽目に陥ったのだけれど。
「見てたの、山藤さん」
「見てたって言うか、ちょうどうちのすぐ傍だったんですよ。先生が車から降りたのが。で、たまたま運転席が見えたって言うか……、あの人、折原選手ですよね。佐野先生、折原さんとお友達なんですか?」
その瞳は、期待で輝いていた。
なんであいつはあんなに無駄に目立つんだ。そんな八つ当たりじみたことを考えながら、なんと言おうかも思案して、――結局、止めた。
「高校の時の後輩。今日はたまたま会って、話してたらこっちに遅刻しそうになって。だから送ってもらったんだ。でも、それだけで普段は全然会わないよ」
他の生徒がいるところで聞いてこなかっただけ、配慮してくれてありがたいと思わないといけないのかもしれない。
そしてその配慮をしてくれた子なら、やんわりと暗に「なにを頼まれても無理なのだ」と訴えるだけで大丈夫だと思った。判断は当たりだったらしい。
山藤さんは落胆した表情を浮かべてはいたけれど、「そうなんですか」と応じただけで、それ以上の追及はしてこなかった。
出方を窺うような沈黙を振り切って「気を付けてね、また来週」と生徒向けの常套句で送り出す。
「ありがとうございました」
と少しきまり悪そうな笑みを浮かべた彼女を、講師用の愛想を蓄えた笑みで手を振って見送りきる。
硝子戸が閉まり、制服姿が自転車置き場へ消えていったのを見届けてから、隠しきれない溜息を零してしまった。
――やっぱ、送らすんじゃなかったな。
まさかこんなにタイミング良く見られるなんて、予想外だったけれど。
勘づかれたくはないから、と距離のある場所で降りたのが見事に災いした間の悪さである。
昔から目立つ奴ではあったけれど、当たり前だがこんなことはなかった。今はもう、次元が違う。
あのころは、少なくとも勝手に写真を撮られたりしなかった。
なにかしでかしたとしても、それは監督に雷を落とされたら終わるものだった。
でも、今はそうじゃない。
それなのに、あいつは、なにをまた血迷ってるんだか。
――俺は先輩のこと、そういう意味で好きでしたよ。たぶん、今も、ずっと。
そう言った折原の声が、苦しそうな眼が、勝手に頭の中で何度も何度も再生される。
今更だ、と思う。それは本当に。
もう失くしたと思っていた。終わったと思っていたし、会うことはないだろうと、そうずっと。
馬鹿じゃねぇのとは言うことはできても、俺は嫌いだとは言えなかった。
おまえなんか好きじゃないと言えなかった。
そう言うべきだと、理解していたはずなのに。
もう本当に馬鹿だと、どうしようもないとしか思えなくて――それ以外の言葉を見つけたくなくて、嫌になる。
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