夢の続きの話をしよう

木原あざみ

文字の大きさ
9 / 98
第二話

8.

しおりを挟む
【夢の続きの話をしよう:2】


 大学に入ってすぐ始めた個人指導塾の講師のアルバイトも、講習で戦争のようになる二度目の夏が、学生が新学期に突入することによって、ようやく通常のリズムに落ち着き始めていた。

「佐野せんせー、さよーならー」
「もう暗いから気を付けて帰れよ、また来週な」

 大学の講義の関係もあるから、基本的に週に三回。遅めの時間帯を埋めさせて貰っている。必然的に生徒は高校生や中学生が主だが、年齢が近い所為か、それなりには懐いてくれているように思えるから可愛い。
 今日の最後のコマの生徒を玄関まで見送って、そのまま講師用の休憩室へ戻るつもりだったのだけれど。

「山藤さん?」

 視線を感じた先にいたのは、高校生の女子生徒だった。俺が担当しているわけではないが、この子が通塾している時間帯と俺が出勤している時間が重なることが多いから、お互い顔と名前は一致している。
 けれど、特に今まで積極的に会話をしたような覚えはなかったし、この子も密なコミュニケーションを求めるタイプではなかったと思っていたのだが。

「どうかした? 授業の質問だったら、まだ武内先生いると思うから、呼んでこようか」
「あ、えと、違うんですけど……ちょっと佐野先生に聞きたいことがあって」
「俺に?」

 なんだろうと視線を合わせると、「あのね」と他の生徒が近くにいないのを確認してから、こそりと問いかけてきた。
 その内容に、気が付かないふりをしておけば良かったと後悔する羽目に陥ったのだけれど。

「見てたの、山藤さん」
「見てたって言うか、ちょうどうちのすぐ傍だったんですよ。先生が車から降りたのが。で、たまたま運転席が見えたって言うか……、あの人、折原選手ですよね。佐野先生、折原さんとお友達なんですか?」

 その瞳は、期待で輝いていた。
 なんであいつはあんなに無駄に目立つんだ。そんな八つ当たりじみたことを考えながら、なんと言おうかも思案して、――結局、止めた。

「高校の時の後輩。今日はたまたま会って、話してたらこっちに遅刻しそうになって。だから送ってもらったんだ。でも、それだけで普段は全然会わないよ」

 他の生徒がいるところで聞いてこなかっただけ、配慮してくれてありがたいと思わないといけないのかもしれない。
 そしてその配慮をしてくれた子なら、やんわりと暗に「なにを頼まれても無理なのだ」と訴えるだけで大丈夫だと思った。判断は当たりだったらしい。
 山藤さんは落胆した表情を浮かべてはいたけれど、「そうなんですか」と応じただけで、それ以上の追及はしてこなかった。
 出方を窺うような沈黙を振り切って「気を付けてね、また来週」と生徒向けの常套句で送り出す。

「ありがとうございました」

 と少しきまり悪そうな笑みを浮かべた彼女を、講師用の愛想を蓄えた笑みで手を振って見送りきる。
 硝子戸が閉まり、制服姿が自転車置き場へ消えていったのを見届けてから、隠しきれない溜息を零してしまった。


 ――やっぱ、送らすんじゃなかったな。

 まさかこんなにタイミング良く見られるなんて、予想外だったけれど。
 勘づかれたくはないから、と距離のある場所で降りたのが見事に災いした間の悪さである。

 昔から目立つ奴ではあったけれど、当たり前だがこんなことはなかった。今はもう、次元が違う。

 あのころは、少なくとも勝手に写真を撮られたりしなかった。
 なにかしでかしたとしても、それは監督に雷を落とされたら終わるものだった。

 でも、今はそうじゃない。

 それなのに、あいつは、なにをまた血迷ってるんだか。


 ――俺は先輩のこと、そういう意味で好きでしたよ。たぶん、今も、ずっと。

 そう言った折原の声が、苦しそうな眼が、勝手に頭の中で何度も何度も再生される。
 今更だ、と思う。それは本当に。
 もう失くしたと思っていた。終わったと思っていたし、会うことはないだろうと、そうずっと。

 馬鹿じゃねぇのとは言うことはできても、俺は嫌いだとは言えなかった。
 おまえなんか好きじゃないと言えなかった。
 そう言うべきだと、理解していたはずなのに。

 もう本当に馬鹿だと、どうしようもないとしか思えなくて――それ以外の言葉を見つけたくなくて、嫌になる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕

hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。 それは容姿にも性格にも表れていた。 なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。 一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。 僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか? ★BL&R18です。

ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子 孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。 行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、 8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります

黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~

ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。 転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。 朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。 生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。 どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。 忙しい大人の甘いオフィスラブ。 フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。

わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される

水ノ瀬 あおい
BL
 若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。  昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。  年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。  リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。  

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...