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第三話
13.
しおりを挟む――夢を見ていると、夢の中なのになぜか分かっていた。
けれど、夢を操作できている、と言うわけではない。あくまで俺は、夢の中で巻き起こることを頭上から傍観しているような、そんな感覚。
自分ではどうにもならない、変わるわけがない過去を見つめるのは、あまり好きではないけれど。
夢は、現実を整理するために過去の事象を並べ替え得ているものだと聞いたことがある。
だとしたら今俺が見ているこれは何を整理したくて行われているのか。
いくらそう考えたところで、意識が浮上しない限り夢は醒めないしコントロールも利かない。ただ忠実に記憶を映し出していく。
高校生の俺と、折原がいる。
覚えている。これは実際に体験した過去で、記憶だ。俺が高二で折原が高一。夏の大会が終わった頃の映像だった。
サッカー部の寮に置いてある古いママチャリは、寮生たちご用達の買い出し機だった。
俺たちが在籍していた深山学園は住宅街から少し離れた小高い坂の上にあった。寮も学園の敷地内にあり、一番近いコンビニまで行こうと思うと、徒歩でなら十五分はかかってしまうような、そんな立地だった。
だからよく夏場になると、冷たいものを求めて、チャリで寮を抜け出していた。買い出しの担当を決めるのは、じゃんけんだったり、ゲームの勝ち負けだったりと様々だったのだけれど。そのとき、何で負けたのかは忘れてしまったが、買い出し担当になったのが俺だった。
面倒くささを感じながらも仕方ないな、と寮の玄関でサンダルに足を突っ込んだところで、折原が「俺も一緒に行きます」と、くっついてきたんだ、確か。
「なら、おまえ俺の代わりに行ってこいよ」と押し付けようとしたら、拗ねたような顔で「先輩と一緒に行きたいだけなんで、代わりに一人では行かないっすからね」と例によって反応に困ることを言っていた気がする。
今から思うと、高等部に進学した頃から、折原のこういった言動は増えてきていた。
「その代わり、チャリは俺が漕ぎますよ」と笑った折原に、まぁ楽できるしいいかと了承して。
チャリの荷台に座ったまま、蒸し暑い夏の夜道を下る。
夏のうちだけでも何度かそんなことがあった。これは、そのなかの一つの記憶だった。
【3】
冷房がキンキンに効いていたコンビニから一歩外に踏み出した途端、纏わりつく湿度に思わず顔をしかめた。折原は少しも苦でもなんでもなさそうに、のんきそうな顔をしていたけれど。
かなり錆びてきているチャリの籠に、買い出しで膨らんだビニール袋を突っ込んで、自分の分だけ手元に残す。二人乗りだと、両手が自由に使えるから気楽だ。
運転席に腰かけたまま、一連の動作を見ていた折原が小さく笑った。寮の中や、部活中に見せる馬鹿笑いとは違う、それ。
「先輩、暑いの嫌いですよねー、俺わりと平気なんすけど」
「……おまえは年中、元気じゃねぇか」
「そうかもしんないっすね、言われてみれば」
荷台に跨って、手に残していたアイスの封を切る。途端、折原が「それ、背中に付けないで下さいよ」と牽制してきた。
服に付いたら最後、面倒なことになるのは経験論だ。
「つけねぇよ、おまえが急ブレーキかけなかったら」
「って、前回のも俺のせいっすか。しかもあれ、先輩がぼーっとしてただけでしょ、俺そんな急にかけてないっすよ。……っつか戻ってから一緒に食ったらいいのに」
どことなく拗ねたように言うのを、一蹴して漕げと言わんばかりに足を浮かせる。
何故か柔らかく苦笑した折原が、「じゃあ帰りますか」とペダルをゆっくり踏み込んだ。
運動部に所属する学生として当たり前と言ってしまえばそれまでなのだけれど、二人乗りをしていると言う事実を脇に退ければ、安全運転を心がけている。
イメージだけで言えば、下り坂をぶっ飛ばす漕ぎ方をしそうだが、そんなところを少なくとも俺は見たことがないし、しないだろうと確信している。
折原は、そう言う選手で、後輩だった。
ゆっくり進む風を感じながら、そっと闇夜を仰いだ。星は見えない。
調子に乗りそうだから、口にしたことはないし、今後も言うつもりはない。けれど、俺は確かに、この帰り道が好きだった。
「あれ、折原じゃん」
あともう少しで、上り坂に差し掛かるところだった。
かけられた声に、折原が「止めますからね」と宣言してから、ブレーキを静かにかけた。
こいつ相当この間のこと根に持ってんなと思いながら、視線を動かす。折原の同級生なんだろう、顔も知らない女の子が二人、立っていた。
後ろに乗っていた俺に気がついたらしく、別にいいのに「こんばんは」と頭まで下げられてしまった。
「サッカー部だ。ホント仲いいねぇ、コンビニ?」
「違うっつうの。サッカー部じゃなくて、俺と先輩が仲良いの」
「うっわ、ホモだホモだ」
「そうだよー、俺、先輩好きだもん」
きゃぁっと笑った彼女たちは、折原のリップサービスだとしか思わなかったのだろうけれど。気が気じゃなかったのは俺だった。
後頭部に一発いれて、「早く行け」と催促する。折原は「ひどい、先輩」と笑いながら、同級生に手を振って、また自転車をこぎ出した。
さっきまで感じていた心地良さが霧散してしまうと、途端、蒸し暑い湿気が気になりだしてくる。
眉間に寄りかける皺を、アイスを舐めることで取り成そうとしたけれど、頭の中は先ほどの折原の台詞が充満していた。
どこかで蝉が鳴いているのが分かった。夏の熱気で、あっという間にアイスは溶け出しはじめていた。
それを見つめながら、なぜかふと、来年の夏もまだこんなことを俺はしているのだろうかと、考えてしまった。
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