20 / 98
第三話
19.
しおりを挟む
スコアレスドローの後半15分、交代の笛が鳴った。
あっと嬉しそうな声をあげた栞に教えられるまでもなく、俺も気がついていた。
折原だ。
流れたアナウンスに、会場内から折原のコールがわき起こる。
フォワードの仕事は点を取ること。それがチームのエースなら尚更だ。こいつならやってくれるんじゃないか。そんな雰囲気を、折原はいつも持っていて。
同じチームでプレーをしていた時、何度も励まされた。そしてもっと折原を輝かせたいと、いつだって俺は何故かそう願っていたような気がする。
パスは繋がるものの、なかなか得点に結びつかない時間が続く。
ずっと避け続けていたのが信じられないくらい、俺はフィールドを駆ける折原から目が離せなくなっていた。
隣で叫んでいる栞の声も、観客席から沸き起こる声援も、今はひどく遠い。
――折原、だ。
ふいに目の奥が熱くなって、誤魔化すようにして一度ゆっくりと瞬いた。それでも見下ろす先にある姿は変わらない。一緒にフィールドに立っていたころの折原じゃない。
日本を代表する選手になった折原がいる。これだけの熱気に包まれて、今そこにある。
それは、ずっと昔、夢想した、いつかの未来だった。
青いユニフォームを着て、いつか世界に羽ばたける。広い世界に続いているその道をただ歩んでくれればいい。
なんにでもなれる。どこへでも行ける。
まるで――。
そう、まるで。なれるはずのない自分の分の未来まで託すように、そう、祈っていた。
それがどれだけ傲慢なのかも、分かっていて、でもそれでも、と。
――俺は、先輩が、そこにいないのは嫌だ。
あのとき、折原はそう言った。もうそれで十分だと思った。十分すぎる。十分すぎた。
ペナルティエリアに抜け出した折原の足元にボールが飛び込んできた。吸いつくようなボールさばきでふわりと浮いた球が、そのままゴールネットに突き刺さる。
「―――――!」
観客席が地響きのように揺れて、歓声が鳴り響いていた。抱き着いてきた栞に応えることもできないまま、俺はただ息を詰めてフィールドを見下ろしていた。
ゴールを決めた折原は、駆け寄ってくる仲間にではなく、確かにこちらに向かって笑った。
これだけの人がいる中、見えているわけがない。俺がそこにいると分かっているわけがない。
でも。
いつもゴールを決めると真っ先に俺を探して飛びついてきていた。いつも、いつも。
同じチームにいる間、それは、ずっと。
フィールドでは得点を奪い取ったエースが仲間にもみくちゃにされていた。スクリーンには折原の笑顔が大写しになっている。
そしてそれを俺はここから見ている。
それは――ひどく奇妙な感覚で、けれど何かがすとんと胸に堕ちてきた。
「すごかったねぇ! また決めちゃった! って、あれ……、佐野? ちょ、佐野!」
「え、あ……悪ぃ、なに?」
揺れる観客席で届くように声を張り上げると、栞はきょとんとした顔で俺を指さした。
「なんか、いやにすっきりした顔しちゃって、どうしたの?」
「……え?」
「うん、そりゃそうだよね、ごめん! 変なこと言った! 決まったねぇ、よし残りあと5分! 勝ちきれー!」
抱き着いてきていた腕を外して、栞はまたフィールドに向かって声援を送り出す。その興奮した横顔を見つめながら、俺は「そうだな」と小さく呟いた。
このざわめきの中、誰にも聞こえない本音を。
「すっきり、な」
そうだ。俺は何を血迷っていたんだろう。
俺が知っているのは高校生の頃までの折原で。今ここにいる折原とは全然違うのに。
あの狭い世界の中で、俺に触れてきた子どもじゃない。
あっと嬉しそうな声をあげた栞に教えられるまでもなく、俺も気がついていた。
折原だ。
流れたアナウンスに、会場内から折原のコールがわき起こる。
フォワードの仕事は点を取ること。それがチームのエースなら尚更だ。こいつならやってくれるんじゃないか。そんな雰囲気を、折原はいつも持っていて。
同じチームでプレーをしていた時、何度も励まされた。そしてもっと折原を輝かせたいと、いつだって俺は何故かそう願っていたような気がする。
パスは繋がるものの、なかなか得点に結びつかない時間が続く。
ずっと避け続けていたのが信じられないくらい、俺はフィールドを駆ける折原から目が離せなくなっていた。
隣で叫んでいる栞の声も、観客席から沸き起こる声援も、今はひどく遠い。
――折原、だ。
ふいに目の奥が熱くなって、誤魔化すようにして一度ゆっくりと瞬いた。それでも見下ろす先にある姿は変わらない。一緒にフィールドに立っていたころの折原じゃない。
日本を代表する選手になった折原がいる。これだけの熱気に包まれて、今そこにある。
それは、ずっと昔、夢想した、いつかの未来だった。
青いユニフォームを着て、いつか世界に羽ばたける。広い世界に続いているその道をただ歩んでくれればいい。
なんにでもなれる。どこへでも行ける。
まるで――。
そう、まるで。なれるはずのない自分の分の未来まで託すように、そう、祈っていた。
それがどれだけ傲慢なのかも、分かっていて、でもそれでも、と。
――俺は、先輩が、そこにいないのは嫌だ。
あのとき、折原はそう言った。もうそれで十分だと思った。十分すぎる。十分すぎた。
ペナルティエリアに抜け出した折原の足元にボールが飛び込んできた。吸いつくようなボールさばきでふわりと浮いた球が、そのままゴールネットに突き刺さる。
「―――――!」
観客席が地響きのように揺れて、歓声が鳴り響いていた。抱き着いてきた栞に応えることもできないまま、俺はただ息を詰めてフィールドを見下ろしていた。
ゴールを決めた折原は、駆け寄ってくる仲間にではなく、確かにこちらに向かって笑った。
これだけの人がいる中、見えているわけがない。俺がそこにいると分かっているわけがない。
でも。
いつもゴールを決めると真っ先に俺を探して飛びついてきていた。いつも、いつも。
同じチームにいる間、それは、ずっと。
フィールドでは得点を奪い取ったエースが仲間にもみくちゃにされていた。スクリーンには折原の笑顔が大写しになっている。
そしてそれを俺はここから見ている。
それは――ひどく奇妙な感覚で、けれど何かがすとんと胸に堕ちてきた。
「すごかったねぇ! また決めちゃった! って、あれ……、佐野? ちょ、佐野!」
「え、あ……悪ぃ、なに?」
揺れる観客席で届くように声を張り上げると、栞はきょとんとした顔で俺を指さした。
「なんか、いやにすっきりした顔しちゃって、どうしたの?」
「……え?」
「うん、そりゃそうだよね、ごめん! 変なこと言った! 決まったねぇ、よし残りあと5分! 勝ちきれー!」
抱き着いてきていた腕を外して、栞はまたフィールドに向かって声援を送り出す。その興奮した横顔を見つめながら、俺は「そうだな」と小さく呟いた。
このざわめきの中、誰にも聞こえない本音を。
「すっきり、な」
そうだ。俺は何を血迷っていたんだろう。
俺が知っているのは高校生の頃までの折原で。今ここにいる折原とは全然違うのに。
あの狭い世界の中で、俺に触れてきた子どもじゃない。
5
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。
ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~
芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子
孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。
行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、
8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります
黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~
ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。
転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。
朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。
生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。
どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。
忙しい大人の甘いオフィスラブ。
フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。
わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される
水ノ瀬 あおい
BL
若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。
昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。
年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。
リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる