夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第四話

26.

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「佐野も来てくれたか」

 久しぶりに会う監督は、昔の面影そのままだった。
 と言ったら、「たった三年で老けたらかなわん」とぼやかれて、それはそうだと笑ってしまった。
 あのころなら、こんな風に話せなかったかもしれないが、今は違う。
 そう言う意味では、俺も少しは大人になったんだろう。


 視界の先では、折原が楽しそうに後輩たちを前に何か話していた。
 特別なことを話さなくたって、彼らにとって折原は間違いなくヒーローそのものだ。現役Jリーガー。最年少日本代表。稀代のエースストライカー。
 あいつが持っている肩書は果して片手で足りるだろうか、と考えて、いやでも、と思い直す。

 そんな肩書がなくても、なぜか昔から折原は人を引き付ける。

「佐野は、どうだ」
「どうって、別にちゃんと大学生してますよ。真面目に」
「そうか」

 グラウンドのフェンスの傍。設置されているベンチにもたれ掛るように腰を下ろしたまま応じる。
 中等部と高等部では、監督は異なっていたから、この人の指導を直接受けたのは二年ほどの間だった。
 理不尽なことを言うでもなく、依怙贔屓をすることもない。
 さまざまな指導者を見てきたが、この人に巡り合えたことは、幸運な部類だったんだろうと分かっている。
 中途半端に、逃げ出してしまったけれど。

「そうか」

 もう一度、繰り返した監督が、唇に微笑を刻んだのが気配で知った。

「こんなことを言うのは、酷かもしれんが、怪我で駄目になった選手を、何人も見てきた。だが、慣れるものじゃないな。そのたびに、どうにもならなかったのかとも悔やむ」
「俺は、……」
「もちろん、いろんな場合があるがな。それと同時に、これからの長い先をどう歩んでいくのかと、老婆心ながら心配もする。――おまえは、ずっとこれ一筋だったしな、タイミングもおまえにとって辛いものだったとも」

 俺が辞めてからも、この人は何人もの卵を育てているんだろう。
 その中で、今、思い出しただけだとしても、覚えていてくれるのは、素直に嬉しいと思えた。
 そして、そう思うことが出来た自分に少し驚いた。

 耳に後輩の興奮を隠せない声が飛び込んできて、折原がなにか技を披露したらしいことがうかがえた。もっと見とけよ、盗めよ、と思ってしまうくらいには、俺はサッカーが好きだし、この学校が好きだったらしい。

「でもな、……いや、だから、か。顔を見て少し安心したよ、佐野」

 その言葉に、小さく息を呑む。なにを言えばいいのか、分からなかった。

「悪い顔じゃない。とびきり良い顔でもないかもしれないが、悪い顔じゃない」

 分からなかったから、曖昧に口元に笑みを浮かべることしかできなかった。

「これから、いくつもの選択肢があって、数えきれない未来があるんだ、おまえにも」

 そうなのだろうか、とそっと顔を伏せる。そうなると自ずと視線に入ってくるのは、グラウンドで。
 あのころと変わらない。でも、もうあのころとは違う。

 きっと監督に比べたら、選択肢はあるのだろうと思う。
 まだ自分は大人じゃない。大人じゃないということは、制限された自由の中にいると言うことだ。
 けれど、掴めなくなるものが年々増えていくことも、知っている。諦めることも、知っていく。

 ――折原は、どうなんだろうな。

 無数の選択肢があると、自分が信じてやまない後輩の笑顔は、いつも屈託がない。
 ときたま苦しそうに無理して笑ってみせるのは、いつだって自分が傷つけた時なのだ。

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