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第四話
27.
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またいつでも顔を見せに来い。
そう送ってくれた監督に辞して、母校の門を出たのは、夕方に差し掛かってからだった。
数時間前と同じように、折原が楽しそうに隣を歩いている。どことなく居心地が悪いように感じるのも事実だが、それよりも楽しそうにしていてくれるなら何よりだと思っているのも本音で。
再会してからこっち、折原が何を考えているのかが、俺にはいまひとつ分からないままだった。
あのころだったら分かるのかと言われれば、分かっていたような気がしていた、としか今となっては答えられないけれど。
ただひとつ、分かっていることがあるとしたら、昔の――高校生だったころの刷り込みが、未だにこいつの中に残っているのだろうと言うことだけだった。
「監督、全然変わってなかったっすね。先輩、なに話してたんですか?」
いっそ無邪気と評したくなる口調で、問いかけてきた折原に、「たいしたことじゃねぇよ」と小さく笑う。
「でも、なんか嬉しそうですよね」
「そんなこともねぇけど」
「なんでいちいち否定するんですか、いいじゃないっすか。楽しいのは良いことですよー。監督も、佐野先輩に会えて良かったと思うし」
自分の居ないところで折原と監督との間で自分の話題が持ち出されていた気配を嗅ぎ取ってしまったが、黙殺することに決めて、話題を変える。
どうせ、ろくなことじゃない。
「おまえのこと」
「へ? 俺がなんですか?」
眼を瞬かせた後輩の虚を突かれた顔に、からかってやりたくなる気が逸るのだから、我ながら良い性格だ。
「俺よりもおまえの方が崩れそうで怖かったってよ。馬鹿じゃねぇの」
俺が、深山を辞めた後の話だ。
聞きたいと思ったこともなかったし、聞く機会もなかったから、俺は知ろうとしていなかった。
俺が居なくなっても、その穴を埋める優秀な選手は間違いなく居た。だから組織としては変わらなかったはずだ。
現に、折原は三年連続で県代表として選手権に出場していたはずだ。国立のピッチに立ったのは、一年時とこいつが三年の時、だったか。
知りたくもなかったのに、ニュースで母校のサッカー部の音が流れた瞬間、ブラウン管を見てしまったのだから、仕方がない。
「思い上がんなよ、おまえ。俺が怪我したのは、誰の所為でもないだろうが」
見据えた先で、折原が微かに視線を外した。
変なところで正直だよなと苦く笑う。
「ぜんぶ、今更だけどな」
監督も、時効だと判断したから、俺に過去の話題の一つとして提供したんだろう。
俺が退部してからしばらく折原がやたらと不調だったと監督は言っていた。
表面上はあっけらかんとして見せているのに、明らかにプレイの質が変わっていたと。
そして富原が相談してきたと言う内容まで聞かされてしまって、俺は一瞬、昔の話だと割り切ろうとしているくせに、本気で腹が立った。
「……しょうがないじゃないっすか」
困ったように、ほんの少し不貞腐れたように、折原が息を吐いた。
「あのころの俺にとって、あんたはそう言う存在だった」
「そうか」
「でも、今は……」
今は、と。現在までも紡ごうとした折原の声が不意に途切れた。俺の背中越しに送られた視線を辿って首を巡らす。
遠巻きに折原を見ていたらしい女子高生が、こちらに向かってこようと足を踏み出した、瞬間。
「っ、折原!」
手首を掴んだ折原の手を振り払おうとするより早く、折原に引っ張られられた足が走り出していた。
背後で上がった黄色い声に、何考えてるんだと口にしようとした文句が消えた。
「逃げるが勝ちって言うじゃないですか。俺、今日はからまれるの勘弁なんで」
悪戯に成功した子どもみたいな顔で笑った折原に、さっきまでみたいな影は消えていて。
坂道をつられるように下りながら、なにをしてるんだろう、と思う心は消えないけれど、でも、と思い浮かんだ記憶があった。
――あのころ、みたいだ。
手放しの未来をまだ信じていた、幼かった頃。
折原と二人で自転車に乗って下った、夜の坂道。
そう送ってくれた監督に辞して、母校の門を出たのは、夕方に差し掛かってからだった。
数時間前と同じように、折原が楽しそうに隣を歩いている。どことなく居心地が悪いように感じるのも事実だが、それよりも楽しそうにしていてくれるなら何よりだと思っているのも本音で。
再会してからこっち、折原が何を考えているのかが、俺にはいまひとつ分からないままだった。
あのころだったら分かるのかと言われれば、分かっていたような気がしていた、としか今となっては答えられないけれど。
ただひとつ、分かっていることがあるとしたら、昔の――高校生だったころの刷り込みが、未だにこいつの中に残っているのだろうと言うことだけだった。
「監督、全然変わってなかったっすね。先輩、なに話してたんですか?」
いっそ無邪気と評したくなる口調で、問いかけてきた折原に、「たいしたことじゃねぇよ」と小さく笑う。
「でも、なんか嬉しそうですよね」
「そんなこともねぇけど」
「なんでいちいち否定するんですか、いいじゃないっすか。楽しいのは良いことですよー。監督も、佐野先輩に会えて良かったと思うし」
自分の居ないところで折原と監督との間で自分の話題が持ち出されていた気配を嗅ぎ取ってしまったが、黙殺することに決めて、話題を変える。
どうせ、ろくなことじゃない。
「おまえのこと」
「へ? 俺がなんですか?」
眼を瞬かせた後輩の虚を突かれた顔に、からかってやりたくなる気が逸るのだから、我ながら良い性格だ。
「俺よりもおまえの方が崩れそうで怖かったってよ。馬鹿じゃねぇの」
俺が、深山を辞めた後の話だ。
聞きたいと思ったこともなかったし、聞く機会もなかったから、俺は知ろうとしていなかった。
俺が居なくなっても、その穴を埋める優秀な選手は間違いなく居た。だから組織としては変わらなかったはずだ。
現に、折原は三年連続で県代表として選手権に出場していたはずだ。国立のピッチに立ったのは、一年時とこいつが三年の時、だったか。
知りたくもなかったのに、ニュースで母校のサッカー部の音が流れた瞬間、ブラウン管を見てしまったのだから、仕方がない。
「思い上がんなよ、おまえ。俺が怪我したのは、誰の所為でもないだろうが」
見据えた先で、折原が微かに視線を外した。
変なところで正直だよなと苦く笑う。
「ぜんぶ、今更だけどな」
監督も、時効だと判断したから、俺に過去の話題の一つとして提供したんだろう。
俺が退部してからしばらく折原がやたらと不調だったと監督は言っていた。
表面上はあっけらかんとして見せているのに、明らかにプレイの質が変わっていたと。
そして富原が相談してきたと言う内容まで聞かされてしまって、俺は一瞬、昔の話だと割り切ろうとしているくせに、本気で腹が立った。
「……しょうがないじゃないっすか」
困ったように、ほんの少し不貞腐れたように、折原が息を吐いた。
「あのころの俺にとって、あんたはそう言う存在だった」
「そうか」
「でも、今は……」
今は、と。現在までも紡ごうとした折原の声が不意に途切れた。俺の背中越しに送られた視線を辿って首を巡らす。
遠巻きに折原を見ていたらしい女子高生が、こちらに向かってこようと足を踏み出した、瞬間。
「っ、折原!」
手首を掴んだ折原の手を振り払おうとするより早く、折原に引っ張られられた足が走り出していた。
背後で上がった黄色い声に、何考えてるんだと口にしようとした文句が消えた。
「逃げるが勝ちって言うじゃないですか。俺、今日はからまれるの勘弁なんで」
悪戯に成功した子どもみたいな顔で笑った折原に、さっきまでみたいな影は消えていて。
坂道をつられるように下りながら、なにをしてるんだろう、と思う心は消えないけれど、でも、と思い浮かんだ記憶があった。
――あのころ、みたいだ。
手放しの未来をまだ信じていた、幼かった頃。
折原と二人で自転車に乗って下った、夜の坂道。
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