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第四話
29.
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沈黙を破ったのは、苦笑とも溜息とも言い難い、折原の声だった。
「ねぇ、先輩。先輩はさ、俺に待ってっるって言ってほしかった?」
いつだって、俺には分からないけれど、こいつ自身が持つ軸によって行動している折原にしては、珍しい、自嘲じみた、揺れる声。
「俺は待ってるから、治して追いついてって、そんなこと、あの時の俺に言ってほしかった?」
何を今更言っているのかと、俺は見下ろしてくる折原を凝視してしまっていた。
できるだけ見ないようにしようと思っていた後輩の顔は、逆光でよく見えなかった。どこかほっとするのと同時に、想像だけで嫌な風に膨らんでしまう思考がたまらなかった。
あの日も、最後に一人、見送りに来たこいつも、そんな顔をしていたのだろうか。
――治らない、とは医者は言わなかった。
時間はかかることは間違いがなかった。あの時期に一年以上もの時間が失われるのは、大変なロスだけれど、それでも俺が本気で治してもう一度プロを目指したいと言ったのなら、無理だとは言われなかったかもしれない。
……可能性はとても低かったかもしれないが、ゼロではなかったのもまた間違いじゃない。
「俺、言えなかった。そんな無責任なこと言って、それで先輩、縛んのが怖かった」
高等部に上がる時も、俺には他にも選択肢があった。例えば――他の強豪校に移ることもそうだろうし、サッカーをやめるのもまたそうだった。
でも、やめなかったのは。そのまま内部進学を選んでサッカー部に残ったのは、折原が当たり前みたいな顔で言ったからだった。
あと一年待っててくださいね、と。また一緒にサッカーやりましょうね、とそう言ったからだった。
これ以上先は、ないけれど。
「俺、先輩が勉強してんの知ってたし、もしかして先輩、サッカーは高校で最後にする気なのかなともちょっと思ってた。勿体ないって俺は、思ったけど、でもそれは先輩が決めることだ知って、でも」
そこで迷うように折原が微かに視線を伏せた。けれどすぐにまっすぐに俺を射抜く。
「でも、今でも思うんだ。ねぇ、先輩、もしあのとき俺が待ってるって言ってたら、先輩は今と違ってた?」
俺の傍にいたかと聞かれているみたいだった。
何を言っているんだと思うのに、心はひどく凪いでいた。あの日、会いたくないと言ったのは俺だ。それにーー。
「おまえが何言ったって、俺は俺で決めてたよ、たぶんな」
「……知ってるけど、先輩はそうだと思うけど、でも」
「折原」
静かに遮って、言い聞かせるように折原を見つめ返した。意志の強い目だと思う。初めて会ったころからそうだった。けれどあのころの方がもっと無邪気で傲慢だったかもしれない。
折原は良くも悪くも、折原藍と言う選手の才能をよく分かっている。
「俺は、おまえが俺とのサッカーが好きだったって言ってくれて、十分だって思った」
嬉しかったのは、本当だった。
「先輩」
折原がまっすぐに俺を見ていた。あのころと同じような気がする、屈託のない力強い瞳で。
「好きです」
「折、」
「好きなんだ、ずっと。……ずっと」
だからそれは、思い込みだと。この期に及んで、いや……この期だからなのかもしれないけれど、言えなかった。
じくじくと、浸食されていくのは、間違いなく毒なのに。
たまらなく、甘い。
――なにをやっているんだと、思った。
けれど、思うだけだ。これだって、何度思ったかしれない。
俺は、終わらせるために、ここにいるんじゃないのか。
なのに、なんで口にできないんだ。
回っているのは、世界でも未来でもなんでもない。
ただ繰り返すように、過去が巡っていると、思った。
「ねぇ、先輩。先輩はさ、俺に待ってっるって言ってほしかった?」
いつだって、俺には分からないけれど、こいつ自身が持つ軸によって行動している折原にしては、珍しい、自嘲じみた、揺れる声。
「俺は待ってるから、治して追いついてって、そんなこと、あの時の俺に言ってほしかった?」
何を今更言っているのかと、俺は見下ろしてくる折原を凝視してしまっていた。
できるだけ見ないようにしようと思っていた後輩の顔は、逆光でよく見えなかった。どこかほっとするのと同時に、想像だけで嫌な風に膨らんでしまう思考がたまらなかった。
あの日も、最後に一人、見送りに来たこいつも、そんな顔をしていたのだろうか。
――治らない、とは医者は言わなかった。
時間はかかることは間違いがなかった。あの時期に一年以上もの時間が失われるのは、大変なロスだけれど、それでも俺が本気で治してもう一度プロを目指したいと言ったのなら、無理だとは言われなかったかもしれない。
……可能性はとても低かったかもしれないが、ゼロではなかったのもまた間違いじゃない。
「俺、言えなかった。そんな無責任なこと言って、それで先輩、縛んのが怖かった」
高等部に上がる時も、俺には他にも選択肢があった。例えば――他の強豪校に移ることもそうだろうし、サッカーをやめるのもまたそうだった。
でも、やめなかったのは。そのまま内部進学を選んでサッカー部に残ったのは、折原が当たり前みたいな顔で言ったからだった。
あと一年待っててくださいね、と。また一緒にサッカーやりましょうね、とそう言ったからだった。
これ以上先は、ないけれど。
「俺、先輩が勉強してんの知ってたし、もしかして先輩、サッカーは高校で最後にする気なのかなともちょっと思ってた。勿体ないって俺は、思ったけど、でもそれは先輩が決めることだ知って、でも」
そこで迷うように折原が微かに視線を伏せた。けれどすぐにまっすぐに俺を射抜く。
「でも、今でも思うんだ。ねぇ、先輩、もしあのとき俺が待ってるって言ってたら、先輩は今と違ってた?」
俺の傍にいたかと聞かれているみたいだった。
何を言っているんだと思うのに、心はひどく凪いでいた。あの日、会いたくないと言ったのは俺だ。それにーー。
「おまえが何言ったって、俺は俺で決めてたよ、たぶんな」
「……知ってるけど、先輩はそうだと思うけど、でも」
「折原」
静かに遮って、言い聞かせるように折原を見つめ返した。意志の強い目だと思う。初めて会ったころからそうだった。けれどあのころの方がもっと無邪気で傲慢だったかもしれない。
折原は良くも悪くも、折原藍と言う選手の才能をよく分かっている。
「俺は、おまえが俺とのサッカーが好きだったって言ってくれて、十分だって思った」
嬉しかったのは、本当だった。
「先輩」
折原がまっすぐに俺を見ていた。あのころと同じような気がする、屈託のない力強い瞳で。
「好きです」
「折、」
「好きなんだ、ずっと。……ずっと」
だからそれは、思い込みだと。この期に及んで、いや……この期だからなのかもしれないけれど、言えなかった。
じくじくと、浸食されていくのは、間違いなく毒なのに。
たまらなく、甘い。
――なにをやっているんだと、思った。
けれど、思うだけだ。これだって、何度思ったかしれない。
俺は、終わらせるために、ここにいるんじゃないのか。
なのに、なんで口にできないんだ。
回っているのは、世界でも未来でもなんでもない。
ただ繰り返すように、過去が巡っていると、思った。
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