41 / 98
第七話
39.
しおりを挟む
【第三部】
サッカー部専用グラウンドからは、十年前と変わらない生徒たちの白球を追う声が響き渡っていた。
寮は少し前に改修があったらしく、内部は自分たちが過ごしていたころからすると信じられないくらい綺麗になっていたが、生徒の質は――中には例外もいるが――あまり変わっていないように思う。
中・高時代を過ごした深山に新任採用され、高等部で教鞭をとるようになってから二回目の春だった。
レギュラー陣が紅白戦に勤しんでいる専用グラウンドの隣では、まだ体が出来上がっていない一年生の集団がストレッチに取り組んでいた。
監督から整理してくれと渡された仮入部の届出書は百近くありそうだったが、一か月後の本入部の際は半分も残っていないんだろうな、と目を細める。
続けることだけが正解ではないと、今は心の底からそう思える。特にこの子達のように選択肢の幅が広がっている時期なら、なおさら。
「あ、先生!」
フェンス越しに練習を見つめていると、紅白戦の終了の笛が鳴った。俺に気が付いたらしい時枝が愛想よく近づいてきた。
「今日は? 練習入んないの?」
「今から職員会議。終わり掛けに間に合うか怪しいから今日はなしだって、朝言っただろ」
「そうだったっけ、忘れた」
新体制になって以来キャプテンを一任されている時枝は、おおらかでチームメイトからも信を得ている選手だ。
監督の主将選びの基準が俺たちのころから変わっていないのか、ゴールキーパーとはどこか皆共通した空気を持っているのか。どことなく富原を連想させるところがあって、それが少し微笑ましくも懐かしい。
今では富原も日本代表に名前を連ねることもある著名な選手だ。
「時枝。あいつは?」
「えー、なんだ。会議までの合間に様子見に来てくれたと思ったら、そっち?」
「おまえら全員見に来てんだよ。足りなかったから聞いただけだ」
不貞腐れたポーズを消した時枝が「佐倉なら無断欠席だって、今日も」と肩をすくめた。
「またか、あいつ」
「だから「また」なんだって。何が不満なのか俺には分かりませんけど」
「……」
「天才様が考えてることは俺にはさっぱりなんですけど。頼むから出場停止になるような問題起こさないで欲しいんだけどなー……って、げっ。噂をすれば」
嫌そうに顔をしかめた時枝の視線を追って振り返ると、ちょうど校舎から件の人物が出てきたところだった。と言っても、着崩した制服姿は、練習に加わると言う気はなさそうではある。
「上手いから監督もなんだかんだで甘目に見てるし。あいつ、ホント、訳分かんねぇ。俺だったら、あれだけ才能あったらもっともっと打ち込むのに」
吐き出された時枝の愚痴は、このフィールド上にいる選手たちの本音だろう。
佐倉はちらりともグラウンドを見ることもなく、校門へと向かっていく。才能だけは一級品。協調性にやや難あり。
それが二年前、深山学園高等部に編入してきた折の佐倉の前評判だった。
「才能がある奴からしたら、必死に練習に打ち込んでる俺らが馬鹿に見えんのかな、あれ」
「……時枝」
「でも先生もさ、思わなかった? 先生ってウチのOBでしょ。しかもウチの全盛期の一軍メンバー。いたでしょ、天才」
含みのある時枝の台詞に否応なしに思い出されるのは、一人の後輩だった。
十年に一人の逸材。
深山の歴史の中でも、間違いなく1番か2番に名前が挙がるだろう名選手。
――折原、藍。
「ま、そら、いたな。でも大丈夫だ、時枝。安心していい。努力してしがみ付ける奴の方が強いよ」
本当に怖いのは、努力を積み重ねることができる不屈の天才だと思う。
それこそ、あの当時の折原のような。
ほんの少し安心したように笑んで、時枝はチームメイトたちの元へと戻っていった。
その長身が輪の中に入り込むのを見届けて、背を向ける。
いつか時枝も大人になって、この時間を、仲間たちを、懐かしく思い出すようになるんだろう。
そのときに胸に閊えるものが少しでも少なければいいのにと、思う。
それは、――佐倉もだ。
切れ長の黒い瞳に、いつも詰まらなさそうな色を点している問題児のことを考えるのは、教師としてなかなかに頭が痛いものではあるのだけれど。
あいつに、ライバルになるような、理解者になれるような選手がいれば違ったのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えながら会議室へと向かう最中、ふと思い出したのは、昔、あの後輩が漏らしていたものだった。
――俺は、佐野先輩がいなかったらサッカーが嫌いになっていたかもしれない。
そんなことあるわけがないと当時は一蹴していたし、今もそうだと思っている。
けれど、――と、思うのだ。
俺には理解できない、「天才」であったあいつの葛藤はそこにあったのかもしれない。
と言っても、それもすべて昔の話ではあるのだけれど。
サッカー部専用グラウンドからは、十年前と変わらない生徒たちの白球を追う声が響き渡っていた。
寮は少し前に改修があったらしく、内部は自分たちが過ごしていたころからすると信じられないくらい綺麗になっていたが、生徒の質は――中には例外もいるが――あまり変わっていないように思う。
中・高時代を過ごした深山に新任採用され、高等部で教鞭をとるようになってから二回目の春だった。
レギュラー陣が紅白戦に勤しんでいる専用グラウンドの隣では、まだ体が出来上がっていない一年生の集団がストレッチに取り組んでいた。
監督から整理してくれと渡された仮入部の届出書は百近くありそうだったが、一か月後の本入部の際は半分も残っていないんだろうな、と目を細める。
続けることだけが正解ではないと、今は心の底からそう思える。特にこの子達のように選択肢の幅が広がっている時期なら、なおさら。
「あ、先生!」
フェンス越しに練習を見つめていると、紅白戦の終了の笛が鳴った。俺に気が付いたらしい時枝が愛想よく近づいてきた。
「今日は? 練習入んないの?」
「今から職員会議。終わり掛けに間に合うか怪しいから今日はなしだって、朝言っただろ」
「そうだったっけ、忘れた」
新体制になって以来キャプテンを一任されている時枝は、おおらかでチームメイトからも信を得ている選手だ。
監督の主将選びの基準が俺たちのころから変わっていないのか、ゴールキーパーとはどこか皆共通した空気を持っているのか。どことなく富原を連想させるところがあって、それが少し微笑ましくも懐かしい。
今では富原も日本代表に名前を連ねることもある著名な選手だ。
「時枝。あいつは?」
「えー、なんだ。会議までの合間に様子見に来てくれたと思ったら、そっち?」
「おまえら全員見に来てんだよ。足りなかったから聞いただけだ」
不貞腐れたポーズを消した時枝が「佐倉なら無断欠席だって、今日も」と肩をすくめた。
「またか、あいつ」
「だから「また」なんだって。何が不満なのか俺には分かりませんけど」
「……」
「天才様が考えてることは俺にはさっぱりなんですけど。頼むから出場停止になるような問題起こさないで欲しいんだけどなー……って、げっ。噂をすれば」
嫌そうに顔をしかめた時枝の視線を追って振り返ると、ちょうど校舎から件の人物が出てきたところだった。と言っても、着崩した制服姿は、練習に加わると言う気はなさそうではある。
「上手いから監督もなんだかんだで甘目に見てるし。あいつ、ホント、訳分かんねぇ。俺だったら、あれだけ才能あったらもっともっと打ち込むのに」
吐き出された時枝の愚痴は、このフィールド上にいる選手たちの本音だろう。
佐倉はちらりともグラウンドを見ることもなく、校門へと向かっていく。才能だけは一級品。協調性にやや難あり。
それが二年前、深山学園高等部に編入してきた折の佐倉の前評判だった。
「才能がある奴からしたら、必死に練習に打ち込んでる俺らが馬鹿に見えんのかな、あれ」
「……時枝」
「でも先生もさ、思わなかった? 先生ってウチのOBでしょ。しかもウチの全盛期の一軍メンバー。いたでしょ、天才」
含みのある時枝の台詞に否応なしに思い出されるのは、一人の後輩だった。
十年に一人の逸材。
深山の歴史の中でも、間違いなく1番か2番に名前が挙がるだろう名選手。
――折原、藍。
「ま、そら、いたな。でも大丈夫だ、時枝。安心していい。努力してしがみ付ける奴の方が強いよ」
本当に怖いのは、努力を積み重ねることができる不屈の天才だと思う。
それこそ、あの当時の折原のような。
ほんの少し安心したように笑んで、時枝はチームメイトたちの元へと戻っていった。
その長身が輪の中に入り込むのを見届けて、背を向ける。
いつか時枝も大人になって、この時間を、仲間たちを、懐かしく思い出すようになるんだろう。
そのときに胸に閊えるものが少しでも少なければいいのにと、思う。
それは、――佐倉もだ。
切れ長の黒い瞳に、いつも詰まらなさそうな色を点している問題児のことを考えるのは、教師としてなかなかに頭が痛いものではあるのだけれど。
あいつに、ライバルになるような、理解者になれるような選手がいれば違ったのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えながら会議室へと向かう最中、ふと思い出したのは、昔、あの後輩が漏らしていたものだった。
――俺は、佐野先輩がいなかったらサッカーが嫌いになっていたかもしれない。
そんなことあるわけがないと当時は一蹴していたし、今もそうだと思っている。
けれど、――と、思うのだ。
俺には理解できない、「天才」であったあいつの葛藤はそこにあったのかもしれない。
と言っても、それもすべて昔の話ではあるのだけれど。
4
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。
ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~
芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子
孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。
行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、
8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります
黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~
ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。
転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。
朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。
生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。
どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。
忙しい大人の甘いオフィスラブ。
フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。
わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される
水ノ瀬 あおい
BL
若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。
昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。
年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。
リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる