夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第七話

42.

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 改札口から出てくる人波が途切れて、緊張していた肩から力が抜けた。
 携帯で時間を確認すると、まだ予定時間には十分ほど余裕がある。今の快速でないとしたら、次の普通電車かもしれない。
 土曜日の午後一時、少し前。駅の構内は人待ち風情の若者でにぎわっている。
 すれ違いにならないといいけどなと思うのは、俺が今、あいつの連絡先を知らないからだった。
 練習に顔を出す前に迎えに行ってやれ、と。俺に頼んだ監督がそんな状況を知っている由もないし、俺としても、そんな微妙な関係をさらけ出したくはなかったわけで。

 だとしても、あいつは、――折原は目立つだろうから、俺がぼけっとしていなければ問題はないはずだ。
 そう思うことにして、もう一度構内を見渡した時だった。

「佐倉?」

 人ごみの中でも埋もれない長身と、どこか人を阻む鋭い雰囲気は、見間違うはずもない。
 こんなところにいるはずではない生徒の姿だった。

「佐倉」

 もう一度強めに呼びかけて距離を詰めると、いかにもしぶしぶといった雰囲気で佐倉が振り向いた。
 可愛くねぇなと思ったけれども、素直に止まるだけ可愛い気があるんだろうと解釈することにする。
 近隣の女子高校生からは「一匹狼みたいでかっこいい」と評されている切れ長の瞳を面倒くさそうに佐倉が眇めた。

「なに、センセー」
「なにじゃねぇだろ。おまえ、監督に何が何でも今日は練習に顔出せって言われてなかったか?」

 煮詰まっている佐倉に刺激になればと監督が、折原の来校を考えていたのを知っているだけに無碍にはできない。
 と言っても、本人にその気がないのなら意味がないのかもしれないけれど。案の定、佐倉はやる気のない声で「あぁ」と頷いた。

「そういやそんなこと、言われたかも。すみませーん、俺、今日、急用で」
「佐倉。好きで口煩いこと言いたいわけじゃないけどな」
「あぁ、だろうね。先生、面倒なこと嫌いでしょ。なのにうっかり俺のこと見つけちゃったんだ、運悪ぃ」
「否定はしねぇけどな、監督はそんなこと思ってねえぞ」

 茶化すように笑った佐倉の科白は的を得ている。だがしかし、それは俺への評価だけであって、監督はそうではない。
 あの人は、なんだかんだと言って、生徒のことをしっかりと見ている。たった一人の本気からさえ背を向けた俺とは、違う。

「おまえが逃げてるのも、俺はおまえの自業自得だって言うけど、監督は言わないし、捨てない。だからおまえも人の本気とか善意に気が付かないふりをあんまり続けるなよ」

 後悔するのはおまえだ。
 そして、――……。
 脳裏に過りかけた記憶を、必要ないものだと打ち消して、教え子に視線を向けた瞬間。目に入ったのは、なぜか驚いたように目を瞬かせている佐倉の姿だった。
 俺を通り越して背後を見ている視線の正体は、振り返らなくても分かった。分かって、しまう。

「こんなところで何揉めてるんですか、先輩」

 肩におかれた掌の厚みも、耳になじむ声も。そのどちらもよく知っていたものだった。そして、俺自身の意思で切り捨てて置いてきたものだった。
 振り向かないといけない、平然とした顔で。生徒たちに向けるのと同じ、声で。
 改めて決意して振り返ろうとした矢先、佐倉の眉が眇められた。そして嫌そうに口を開く。

「げ、ホモだ」
「おい、佐倉!」

 反射的に口を突いた叱責は、果たして教師としてのものになっていたのだろうか。少なくとも、ざわりと血の気が引いた感じがしたのは、生徒の失言に対してではなかった。
 そんな俺の態度から何を読み取ったのかは知れない。佐倉は今度こそそのまま背を向けて、雑踏の波に消えていってしまった。
 振り返るタイミングを完全に脱した俺とは正反対の明るい声が響く。
 それは、間違いなく、昔からよく知っている後輩のものだった。

「うわ、俺、初対面の後輩にホモって言われたんですけど。帰国早々。ま、いいんですけど、事実だし」

 とりあえず、お久しぶりです、先輩。

 そう笑った声に導かれるように重い身体を反転させる。3年ぶりにこの目で直接見る、折原の姿だった。
 海外で揉まれてきたからだろうか。それとも時の流れが変えたのだろうか。
 浮かべる表情や声音は昔の名残が確かにあるのに、知らない「選手」に見えた。
 そして、――それが正解なのだろう。
 認知したくないところで、ずきんと何かが痛む。知らないふりでかつての後輩をそっと見上げた。

「久しぶり、折原」

 それでもすらりと言葉は出てきた。平然と。先ほどまでの躊躇などまるでないみたいに。

「変わらないですね、先輩は」

 絡んだ視線を先に外したのはどちらだっただろう。ふっと笑みをこぼした折原が告げたのは、折原が感じたそのままの事実だったのだろう。
 けれど俺にとってそれは呪いのようだった。

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