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第七話
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それじゃあ折原はよろしく頼むな。そう言い残して上機嫌の監督が車から降りたのは、11時を指そうとしている頃だった。
明日の日曜日、深山の練習メニューに早朝練習は含まれていない。あと一人、家に送り届けたところで手間でもなんでもない。言い聞かせるように内心で頷いて、カーラジオのボリュームをわずかに上げる。
「おまえ、今、どこに泊まってんの?」
助手席から視線を外したまま問いかける。確かドイツに渡航する以前はクラブの寮にいたと記憶しているが、それだって3年以上前の話だ。
実家は確か隣県だったはずだが、監督との話の雰囲気ではずっとそこにいるわけでもないのだろう。
「あー、実はマンション買ったんです」
たまに帰ってきたとき用ってことで。折原が告げた場所は、ここから3駅も離れていないところだった。就職後移り住んだ俺のアパートからも2駅も離れていない。
知らなければよかったな、と思った。
「先輩は? 前住んでたところにまだいるんですか?」
「いや、卒業するときに引っ越した」
「へぇ、確かにあそこから深山までちょっと距離ありますもんね」
「そうだな」
折原からすれば、運転者に気を使って取り留めもない世間話をふっているだけだろうに、やたらと左側に意識がいきかけるのを気にしないといけなかった。
折原と、こんな風に車内で二人きりになったのは、深山にいたころはなかったことだった。
だから、それはあの日が最後で、――。
「――、先輩?」
「あ、……悪い。なに?」
「先輩が深山で先生してるとは思わなかったんで、ちょっとびっくりしましたって言っただけです」
回想を引き摺り下ろして失笑する。「似合わねぇ?」
「それはないかな。先輩、昔から面倒見良かったし。大学の頃も家庭教師のバイトしてましたよね、確か」
「よく覚えてんな、そんなこと」
「まぁ先輩のことですしね。意外だったのは、深山で先生してたとこ、ですかね。先輩はあそこにはもう戻りたくないのかと思ってたから、俺」
「――なんで」
そう思ったのだろう。問いかけた声は、感情とは裏腹に平淡なものだった。折原は「なんででしょうね」と微かに笑ったようだった。
宝物と言えば、間違いなく誇張だ。もう取り戻せないものだから美化されていると言っていい。けれど、心の奥底に沈めさせていた大切な記憶であることにも間違いはない。
けれど確かに同時に、思い出したくない、戻りたくないとどこかで相反して思ってもいたのかもしれない。
「私学出身者が、そこに教員で戻ってくるのは珍しいことじゃないから」
外した応えを指摘するでもなく折原は「先輩が付いててくれるのはラッキーだと思いますけどね」と言っただけだった。
「少なくとも俺はそれだけでなんでもできるような気がしていましたから」
「……、折原」
「今は大変そうですね。俺、あの監督があれだけ育成に悩んでんの初めて見ましたよ。ま、俺らの代が楽だったのは確かなんでしょうけど」
確かにやんちゃそうでしたね、と。折原が指しているのは、佐倉のことなのだろう。今日、折原が実際に接していた生徒たちよりも、生まれ持ったもので言うのならば、才を秘めた存在。
あのころの折原にも劣らないものを持っているはずだと評していたのは監督ではあるけれど。
「そうだったのかもしれないな」
当時は、ただ必死だったような気がしている。けれど恵まれていたことだけは間違いがないのだろう。かけがえのない記憶であるのは部活動での結果が優れていたからだけではない。気の知れた仲間がいて、信頼できる友人がいて、そして折原がいたから、なのだと思う。
監督に、もし折原ではなく佐倉だったらと問われた際に、なかなか想像することが出来なかった原因は、間違いなくそれだった。
あの日々を、疎んだことはない。
無かったことにしたいとも、思わない。
あるとしたら、俺自身の引き際の甘さへの不甲斐なさだけだ。
明日の日曜日、深山の練習メニューに早朝練習は含まれていない。あと一人、家に送り届けたところで手間でもなんでもない。言い聞かせるように内心で頷いて、カーラジオのボリュームをわずかに上げる。
「おまえ、今、どこに泊まってんの?」
助手席から視線を外したまま問いかける。確かドイツに渡航する以前はクラブの寮にいたと記憶しているが、それだって3年以上前の話だ。
実家は確か隣県だったはずだが、監督との話の雰囲気ではずっとそこにいるわけでもないのだろう。
「あー、実はマンション買ったんです」
たまに帰ってきたとき用ってことで。折原が告げた場所は、ここから3駅も離れていないところだった。就職後移り住んだ俺のアパートからも2駅も離れていない。
知らなければよかったな、と思った。
「先輩は? 前住んでたところにまだいるんですか?」
「いや、卒業するときに引っ越した」
「へぇ、確かにあそこから深山までちょっと距離ありますもんね」
「そうだな」
折原からすれば、運転者に気を使って取り留めもない世間話をふっているだけだろうに、やたらと左側に意識がいきかけるのを気にしないといけなかった。
折原と、こんな風に車内で二人きりになったのは、深山にいたころはなかったことだった。
だから、それはあの日が最後で、――。
「――、先輩?」
「あ、……悪い。なに?」
「先輩が深山で先生してるとは思わなかったんで、ちょっとびっくりしましたって言っただけです」
回想を引き摺り下ろして失笑する。「似合わねぇ?」
「それはないかな。先輩、昔から面倒見良かったし。大学の頃も家庭教師のバイトしてましたよね、確か」
「よく覚えてんな、そんなこと」
「まぁ先輩のことですしね。意外だったのは、深山で先生してたとこ、ですかね。先輩はあそこにはもう戻りたくないのかと思ってたから、俺」
「――なんで」
そう思ったのだろう。問いかけた声は、感情とは裏腹に平淡なものだった。折原は「なんででしょうね」と微かに笑ったようだった。
宝物と言えば、間違いなく誇張だ。もう取り戻せないものだから美化されていると言っていい。けれど、心の奥底に沈めさせていた大切な記憶であることにも間違いはない。
けれど確かに同時に、思い出したくない、戻りたくないとどこかで相反して思ってもいたのかもしれない。
「私学出身者が、そこに教員で戻ってくるのは珍しいことじゃないから」
外した応えを指摘するでもなく折原は「先輩が付いててくれるのはラッキーだと思いますけどね」と言っただけだった。
「少なくとも俺はそれだけでなんでもできるような気がしていましたから」
「……、折原」
「今は大変そうですね。俺、あの監督があれだけ育成に悩んでんの初めて見ましたよ。ま、俺らの代が楽だったのは確かなんでしょうけど」
確かにやんちゃそうでしたね、と。折原が指しているのは、佐倉のことなのだろう。今日、折原が実際に接していた生徒たちよりも、生まれ持ったもので言うのならば、才を秘めた存在。
あのころの折原にも劣らないものを持っているはずだと評していたのは監督ではあるけれど。
「そうだったのかもしれないな」
当時は、ただ必死だったような気がしている。けれど恵まれていたことだけは間違いがないのだろう。かけがえのない記憶であるのは部活動での結果が優れていたからだけではない。気の知れた仲間がいて、信頼できる友人がいて、そして折原がいたから、なのだと思う。
監督に、もし折原ではなく佐倉だったらと問われた際に、なかなか想像することが出来なかった原因は、間違いなくそれだった。
あの日々を、疎んだことはない。
無かったことにしたいとも、思わない。
あるとしたら、俺自身の引き際の甘さへの不甲斐なさだけだ。
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