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第十三話
72.
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「あぁ、分からなくはないですよ、それ」
そう言えば、そんなことを言われたのだと。話の流れで口にしたのは、結婚式を終えた二日後のことだった。スカイプの繋がった先で、折原はあっさりと請け負った。
もちろん、どんなことを言ってそう言われたかの詳細は、伝えていないけれど。
「だって、先輩、基本的にものすごく受け身じゃないですか。考え方が」
「……まぁ、そうだな」
「いや、べつに、その、だから何をどうと言うわけじゃないですからね。と言うか、私的なことでなければ、そこまで後ろ暗い考え方はしてないと思いますし」
何のフォローだとは思わなくもなかったが、とりあえず、主体性がないを通り越して、後ろ暗いとまで思われていたらしいことはよく分かった。
――まぁ、それで一番、割を食ってたのって、こいつだろうしな。
「でも、結婚式って、栞さんだったんですよね。どうでした? また写真送って下さいよ」
「おまえ覚えてるの、あいつの顔」
「あぁ、まぁ。一回、こっちにも来てくれてましたし」
「ドイツに?」
そんな話、聞いたことがあっただろうか、と。記憶を辿ってみたが、やはりない。
――と言うか、ドイツまで行くって、どんな追っかけだ。
「結構前ですけどね。移籍してしばらくしてくらいの頃に、日本にいたときのチームのサポーターさんたちが試合を観に来るツアーがあったみたいで。そのときに」
「……へぇ」
「と言っても、べつに俺からは何も聞いたり言ったりしてないですからね? その、当時どうだったかとかそう言うのは」
愛想のない返答をどう解釈したのか、釈明してくれたが、俺もそこを気にした訳ではない。
そもそもとして、折原はそう言うことを言わないだろうとの確信はあった。富原に言うのは、また別の問題だろうし、そのことをとやかく言うつもりもないのだけれど。
「そう言ったことはさておいても、覚えてますし、感謝もしてますよ」
それが、どう言うことを言っているのかはすぐに分かった。
「栞さんが、あの日、先輩を連れてきてくれなかったら、先輩にもう一度逢いに行く決心が付かないままだったかもしれない」
逢いたいと思う意志さえあれば、いくらでも方法はあったのだろうとは思う。ただ、その踏ん切りがいつ着いたかは分からない。
――俺はきっと、自分からは動けなかった。
折原はどうだったのだろう。けれど、きっかけはどうであれ、手を伸ばしてくれたのは折原だった。今のこの関係を結ぶことができたのも、間違いなく、そのおかげで。
――だからこそ、任せてばかりではいられないとも、やっと思うようになったのだけれど。
「どうでした? 先輩は」
「きれいだと思ったよ、月並みだけど。二人とも幸せそうで」
「まぁ、晴れの日ですものね」
「俺もそんな年かとも思ったけどな」
就職して、結婚して。と言う世間の波に、同世代が乗り始めているのだなと言う意味では。職場でも、ご祝儀貧乏だ、なんて言葉を聞くことがある。あと数年はそんな状態なのだろう。
「先輩は結婚とかしたいって思うんですか」
あまりにもさらりと尋ねられて、一瞬、何を言われたのか分からなかった。ドイツって同姓婚が合法化されているんだったか、と斜め上なことが脳裏を駈け廻って、いや、そう言う話じゃないな、との結論に落ち着く。
「思わない」
「そうですか。でも、女の人ならともかく、男はまだその年じゃ少ないでしょ、結婚って。俺、自分の同世代の男の結婚式にはあんまり出てないな」
年上の同僚ばっかりです、と。ただの世間話の調子で話が続く。
「……まぁ、折原の年だったら、そうかもな」
「あ、その言い方。そんなこと言っても、一つしか変わらないんですからね」
学生の頃は大きかった年の差は、社会人になれば気にならなくなる。実際、分からなくもないと思った。折原に関してだけのことで言えば、ある意味で俺より三年も早く社会に出ているわけで。俺には想像もできないような苦労もあったと思うし、俺よりもずっとしっかりとしていると感じることはいくらでもある。
それでも、距離が変わらないのは、出逢った当初の環境が体育会系の色が濃い場所だったからか。あるいは、ずっとその記憶に引きずられているからか。
「そうだな」
溜まった何かを一緒に吐き出したような声になっていたかもしれない。それに気が付いていたとしても、折原は何も言わない。遠慮をしていると言えば良いのか、予防線を張られているのか。どう言えば良いのか分からない薄い膜があるような、そんな感覚。
――でも、それも。
最後に直接、画面越しではなく顔を見たのは、夏になる前の話だ。いくら手段があっても、そして、分かり切っていたことではあるけれど、遠いとは思う。
何かあったときにすぐに顔を見ることができる距離にいたままなら、あるいは、こんなことを思うこともなかったのかもしれないけれど。
次に顔を見るのは、いつになるのだろう。三年前。大学生だったころだ。結局、傷つけることしかできなかった「付き合い」をしていたころ。
俺は、俺の都合で、会うことが――それ以上を踏み込んで戻れなくなることが怖くて、連絡を絶っていたことがあった。
その行動で、折原が何をどう感じるかなんて、考える余裕は一切なく。
連絡も取れない状態はさすがに心配だ、と言われたときも、富原が家に来たときも。感じたのは罪悪感と言うよりかは、苛立ちの方が強かった気がする。
おまえがその調子なら、折原が不安を感じても仕方ないだろう。そう、富原に言われたときも、実感は湧き切らなかった。
――こう言うこと、なのだろうか。
何を考えているのか分からなければ不安で、会えないと寂しいようにも思う。
以前だったらば、考えられなかった感情。
それが進歩なのかと問われれば、悩みたくなる。けれど、変化であることに間違いはない。
――富原は、あぁ言ったけど。
いや、昔から折原が俺にだけは弱いところを見せようとしないとも言っていたか。
どちらにせよ、それが俺にとっての普通であるのがおかしい、と言うことで。
――分かってる、けど。
自分で思う通りにならない感情は、性質が悪い。
そう言えば、そんなことを言われたのだと。話の流れで口にしたのは、結婚式を終えた二日後のことだった。スカイプの繋がった先で、折原はあっさりと請け負った。
もちろん、どんなことを言ってそう言われたかの詳細は、伝えていないけれど。
「だって、先輩、基本的にものすごく受け身じゃないですか。考え方が」
「……まぁ、そうだな」
「いや、べつに、その、だから何をどうと言うわけじゃないですからね。と言うか、私的なことでなければ、そこまで後ろ暗い考え方はしてないと思いますし」
何のフォローだとは思わなくもなかったが、とりあえず、主体性がないを通り越して、後ろ暗いとまで思われていたらしいことはよく分かった。
――まぁ、それで一番、割を食ってたのって、こいつだろうしな。
「でも、結婚式って、栞さんだったんですよね。どうでした? また写真送って下さいよ」
「おまえ覚えてるの、あいつの顔」
「あぁ、まぁ。一回、こっちにも来てくれてましたし」
「ドイツに?」
そんな話、聞いたことがあっただろうか、と。記憶を辿ってみたが、やはりない。
――と言うか、ドイツまで行くって、どんな追っかけだ。
「結構前ですけどね。移籍してしばらくしてくらいの頃に、日本にいたときのチームのサポーターさんたちが試合を観に来るツアーがあったみたいで。そのときに」
「……へぇ」
「と言っても、べつに俺からは何も聞いたり言ったりしてないですからね? その、当時どうだったかとかそう言うのは」
愛想のない返答をどう解釈したのか、釈明してくれたが、俺もそこを気にした訳ではない。
そもそもとして、折原はそう言うことを言わないだろうとの確信はあった。富原に言うのは、また別の問題だろうし、そのことをとやかく言うつもりもないのだけれど。
「そう言ったことはさておいても、覚えてますし、感謝もしてますよ」
それが、どう言うことを言っているのかはすぐに分かった。
「栞さんが、あの日、先輩を連れてきてくれなかったら、先輩にもう一度逢いに行く決心が付かないままだったかもしれない」
逢いたいと思う意志さえあれば、いくらでも方法はあったのだろうとは思う。ただ、その踏ん切りがいつ着いたかは分からない。
――俺はきっと、自分からは動けなかった。
折原はどうだったのだろう。けれど、きっかけはどうであれ、手を伸ばしてくれたのは折原だった。今のこの関係を結ぶことができたのも、間違いなく、そのおかげで。
――だからこそ、任せてばかりではいられないとも、やっと思うようになったのだけれど。
「どうでした? 先輩は」
「きれいだと思ったよ、月並みだけど。二人とも幸せそうで」
「まぁ、晴れの日ですものね」
「俺もそんな年かとも思ったけどな」
就職して、結婚して。と言う世間の波に、同世代が乗り始めているのだなと言う意味では。職場でも、ご祝儀貧乏だ、なんて言葉を聞くことがある。あと数年はそんな状態なのだろう。
「先輩は結婚とかしたいって思うんですか」
あまりにもさらりと尋ねられて、一瞬、何を言われたのか分からなかった。ドイツって同姓婚が合法化されているんだったか、と斜め上なことが脳裏を駈け廻って、いや、そう言う話じゃないな、との結論に落ち着く。
「思わない」
「そうですか。でも、女の人ならともかく、男はまだその年じゃ少ないでしょ、結婚って。俺、自分の同世代の男の結婚式にはあんまり出てないな」
年上の同僚ばっかりです、と。ただの世間話の調子で話が続く。
「……まぁ、折原の年だったら、そうかもな」
「あ、その言い方。そんなこと言っても、一つしか変わらないんですからね」
学生の頃は大きかった年の差は、社会人になれば気にならなくなる。実際、分からなくもないと思った。折原に関してだけのことで言えば、ある意味で俺より三年も早く社会に出ているわけで。俺には想像もできないような苦労もあったと思うし、俺よりもずっとしっかりとしていると感じることはいくらでもある。
それでも、距離が変わらないのは、出逢った当初の環境が体育会系の色が濃い場所だったからか。あるいは、ずっとその記憶に引きずられているからか。
「そうだな」
溜まった何かを一緒に吐き出したような声になっていたかもしれない。それに気が付いていたとしても、折原は何も言わない。遠慮をしていると言えば良いのか、予防線を張られているのか。どう言えば良いのか分からない薄い膜があるような、そんな感覚。
――でも、それも。
最後に直接、画面越しではなく顔を見たのは、夏になる前の話だ。いくら手段があっても、そして、分かり切っていたことではあるけれど、遠いとは思う。
何かあったときにすぐに顔を見ることができる距離にいたままなら、あるいは、こんなことを思うこともなかったのかもしれないけれど。
次に顔を見るのは、いつになるのだろう。三年前。大学生だったころだ。結局、傷つけることしかできなかった「付き合い」をしていたころ。
俺は、俺の都合で、会うことが――それ以上を踏み込んで戻れなくなることが怖くて、連絡を絶っていたことがあった。
その行動で、折原が何をどう感じるかなんて、考える余裕は一切なく。
連絡も取れない状態はさすがに心配だ、と言われたときも、富原が家に来たときも。感じたのは罪悪感と言うよりかは、苛立ちの方が強かった気がする。
おまえがその調子なら、折原が不安を感じても仕方ないだろう。そう、富原に言われたときも、実感は湧き切らなかった。
――こう言うこと、なのだろうか。
何を考えているのか分からなければ不安で、会えないと寂しいようにも思う。
以前だったらば、考えられなかった感情。
それが進歩なのかと問われれば、悩みたくなる。けれど、変化であることに間違いはない。
――富原は、あぁ言ったけど。
いや、昔から折原が俺にだけは弱いところを見せようとしないとも言っていたか。
どちらにせよ、それが俺にとっての普通であるのがおかしい、と言うことで。
――分かってる、けど。
自分で思う通りにならない感情は、性質が悪い。
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