75 / 98
第十三話
73.
しおりを挟む
「おまえ、最近、折原を避けてないか?」
中学の最後の年だ。疑問形で尋ねながらも、富原の中でそれが確信になっているのは間違いなかった。寮の部屋で課題を解いていた手を止めて、顔を上げる。
「なんで?」
「なんでも何も、避けてるように見えるから。キャプテンとして聞いているんだが?」
「……」
「おい、黙り込むな。佐野」
困ったように言われてしまったが、答えようがない。答えようがない、と言うか、言えるわけがない。
――上級生を殴った理由を聞きに行ったはずが、なぜか俺がキスをしそうになっただとか。絶対、言えるわけがない。
むしろ、白状して物理的に距離を置いた方が良いのだろうかとも思ったが保留にする。さすがに内容が内容だ。反応を見るのが怖い。
「べつに、何をどうってわけでもないけど」
「何をどうと言うわけでもないが、なんだ。折原も折原で、やたらおまえに気を使っているように見えるんだが」
「ちょっと。その、……喧嘩をしたわけでもないんだけど」
「おまえとあいつだったら、喧嘩にならんだろう。体罰になる」
ごもっともだ。もっと古風なところに比べれば、なんてことのない部類だろうが、それでも体育会系だ。おまけに、サッカー部寮で居住している。ある程度以上、絶対的な上下の関係はある。
――と言うことは、いや、あれも、一種の、ハラスメントじゃ。
違う意味で溜息を吐きたくなってきたが、俺よりずっと吐きたいのは富原であり、折原だろう。
「大丈夫」
だから、そうとしか言いようがなかった。
「もし、あれだったら、一回、ちゃんと話すし」
「そうか?」
「うん。だから、大丈夫」
「……おまえがそう言うなら、それはそれで任せるが」
推し量るように俺を見ていた富原が、一拍置いて了承する。
「まぁ、折原は佐野に一番懐いてるから」
だから、大丈夫だろうと言いたいのか。だからこそ、なんとかしろ、と言われているのか。
分かった、と頷いて、やる気の削がれたまま、ノートに視線を戻す。
――それにしても、と思う。
それにしても、なんで、あんなことをしたんだろうな、と。
あんなこと。我に返るのがあと少しでも遅かったら、キスしていた。間違いなく。
――俺、ホモでもなんでもないと思ってたんだけど。
今まで生きてきた中で、そんな風に思ったことはなかったはずだ。もし揶揄ったと言うだけなら、自分でもどうかと思う。けれど、ではそうでなければなんなのだと問われれば、答えられない。
――何をやってんだろうな、本当に。
部活中に態度に出しているつもりはない。となれば、寮内での話なのだろうが、……そうだな、と俺は言い訳を諦めた。
確かに、この一週間ほど、折原と寮で話をしていない気がする。それは今までの俺たちからすれば、疑問に思われても不思議ではないことだった。
とは言え、わざわざ蒸し返してまで、弁明するのも、なぁ。
余計な藪を突いてしまうことになりそうで憚られる。……と、思うのもまた、言い訳なのかもしれないが。
――と言うか、普通って、そもそも、なんだ?
ぐるぐると考えてしまうと、もう末期だ。止めた。半ば面倒になってきて、思考を放棄する。
――どうせ、あいつは俺の言うことにも決めたことにも、文句言わないし。
そんな傲慢なことを、考えていた。
あるいは、当時から根拠のない妙な自信があったのかもしれない。どんな感情なのかはともかく、折原は俺のことを好きだと言う、そんな刷り込み。
結局、その後、どうしたかと言えば、たった一言、交わしただけだ。
――何もなかったよな。
それだけだ。今と変わらず、自分のことしか考えていないそれだったと思う。と言っても、当時はそこまで思えてすらいなかった。
折原は、最終的には何も言わなかった。何かを言いそうな雰囲気を感じ取ってはいたけれど。それを良しとしなかったのは俺で、呑み込んだのは折原だった。
分かってます、と言ったその顔を覚えている。けれど、徐々に、徐々に、滲み出す。
それに気が付かない振りをすることも、正すこともできなくなって、一線を越したのは、折原が高等部に入ってからだった。一年にも満たない時間だ。その一年にも満たなかった時間が、世界を変えた。
中学の最後の年だ。疑問形で尋ねながらも、富原の中でそれが確信になっているのは間違いなかった。寮の部屋で課題を解いていた手を止めて、顔を上げる。
「なんで?」
「なんでも何も、避けてるように見えるから。キャプテンとして聞いているんだが?」
「……」
「おい、黙り込むな。佐野」
困ったように言われてしまったが、答えようがない。答えようがない、と言うか、言えるわけがない。
――上級生を殴った理由を聞きに行ったはずが、なぜか俺がキスをしそうになっただとか。絶対、言えるわけがない。
むしろ、白状して物理的に距離を置いた方が良いのだろうかとも思ったが保留にする。さすがに内容が内容だ。反応を見るのが怖い。
「べつに、何をどうってわけでもないけど」
「何をどうと言うわけでもないが、なんだ。折原も折原で、やたらおまえに気を使っているように見えるんだが」
「ちょっと。その、……喧嘩をしたわけでもないんだけど」
「おまえとあいつだったら、喧嘩にならんだろう。体罰になる」
ごもっともだ。もっと古風なところに比べれば、なんてことのない部類だろうが、それでも体育会系だ。おまけに、サッカー部寮で居住している。ある程度以上、絶対的な上下の関係はある。
――と言うことは、いや、あれも、一種の、ハラスメントじゃ。
違う意味で溜息を吐きたくなってきたが、俺よりずっと吐きたいのは富原であり、折原だろう。
「大丈夫」
だから、そうとしか言いようがなかった。
「もし、あれだったら、一回、ちゃんと話すし」
「そうか?」
「うん。だから、大丈夫」
「……おまえがそう言うなら、それはそれで任せるが」
推し量るように俺を見ていた富原が、一拍置いて了承する。
「まぁ、折原は佐野に一番懐いてるから」
だから、大丈夫だろうと言いたいのか。だからこそ、なんとかしろ、と言われているのか。
分かった、と頷いて、やる気の削がれたまま、ノートに視線を戻す。
――それにしても、と思う。
それにしても、なんで、あんなことをしたんだろうな、と。
あんなこと。我に返るのがあと少しでも遅かったら、キスしていた。間違いなく。
――俺、ホモでもなんでもないと思ってたんだけど。
今まで生きてきた中で、そんな風に思ったことはなかったはずだ。もし揶揄ったと言うだけなら、自分でもどうかと思う。けれど、ではそうでなければなんなのだと問われれば、答えられない。
――何をやってんだろうな、本当に。
部活中に態度に出しているつもりはない。となれば、寮内での話なのだろうが、……そうだな、と俺は言い訳を諦めた。
確かに、この一週間ほど、折原と寮で話をしていない気がする。それは今までの俺たちからすれば、疑問に思われても不思議ではないことだった。
とは言え、わざわざ蒸し返してまで、弁明するのも、なぁ。
余計な藪を突いてしまうことになりそうで憚られる。……と、思うのもまた、言い訳なのかもしれないが。
――と言うか、普通って、そもそも、なんだ?
ぐるぐると考えてしまうと、もう末期だ。止めた。半ば面倒になってきて、思考を放棄する。
――どうせ、あいつは俺の言うことにも決めたことにも、文句言わないし。
そんな傲慢なことを、考えていた。
あるいは、当時から根拠のない妙な自信があったのかもしれない。どんな感情なのかはともかく、折原は俺のことを好きだと言う、そんな刷り込み。
結局、その後、どうしたかと言えば、たった一言、交わしただけだ。
――何もなかったよな。
それだけだ。今と変わらず、自分のことしか考えていないそれだったと思う。と言っても、当時はそこまで思えてすらいなかった。
折原は、最終的には何も言わなかった。何かを言いそうな雰囲気を感じ取ってはいたけれど。それを良しとしなかったのは俺で、呑み込んだのは折原だった。
分かってます、と言ったその顔を覚えている。けれど、徐々に、徐々に、滲み出す。
それに気が付かない振りをすることも、正すこともできなくなって、一線を越したのは、折原が高等部に入ってからだった。一年にも満たない時間だ。その一年にも満たなかった時間が、世界を変えた。
4
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。
ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~
芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子
孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。
行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、
8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります
黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~
ひなた翠
BL
小野寺真弥31歳。
転職して三か月。恋人と同じ職場で中途採用の新人枠で働くことに……。
朝から晩まで必死に働く自分と、真逆に事務所のトップ2として悠々自適に仕事をこなす恋人の小林豊28歳。
生活のリズムも合わず……年下ワンコ攻め小林に毎晩のように求められてーー。
どうしたらいいのかと迷走する真弥をよそに、熱すぎる想いをぶつけてくる小林を拒めなくて……。
忙しい大人の甘いオフィスラブ。
フジョッシーさんの、オフィスラブのコンテスト参加作品です。
わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される
水ノ瀬 あおい
BL
若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。
昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。
年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。
リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる