夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第十三話

75.

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 十月の十五日って空いてますか。
 メールの文面を眺めて、少ししてから得心する。なんだ、代表に復帰したのか。
 十四日に日本代表の親善試合が東京である。そのことは知ってはいたが、誰が招集されるのかまでは認知していなかった。日本にいるころから、折原は早々とA代表デビューを果たしていたが、ここしばらくは故障の影響で招集されていなかったはずだ。

 ――そうか。帰ってくるのか。

 会うのは三ヶ月ぶりだ。

 ――と言っても、そんなに時間もないだろうけど。

 それはまるで期待し過ぎないために言い聞かせているようで、苦笑が漏れる。
 十五日は日曜日だ。サッカー部の試合の予定もないし、グラウンドには特別なことがなければ顔を出すつもりはなかった。時間はつくれる。
 大丈夫と返して、スケジュール帳にもしるしを付ける。
 日本代表の試合を、大学生だった当時に一度だけ見に行ったことがあった。再会して間もないころ。折原から渡されたチケットで、栞たちと。
 思えば、あのときにやっと高校生だったころとは違うと認識できたのかもしれない。
 もう、子どもじゃない、と。

 ――でも、そうか。

 好きだと言ってから、こうやって顔を合わせるのは、ほぼ初めてではないだろうか。五月は、ドイツに飛んで、またすぐに戻ってきた折原と会ったけれど、これだけ間が空いてからは初めてだ。


 テレビで見ると、やっぱり変な感じだな。見るともなしに付いていた夜のニュースだ。

『海外でプレーをしている選手も明後日の親善試合を前に続々と帰国しており――』

 スタジオから空港に場面が切り替わる。リアルタイムではないだろうが、夕方くらいだろうか。どこで聞きつけて駆けつけるのか、若い女性を主とした出迎えの列が出来上がっているところに、長身が現れる。見知った顔のはずなのに知らない顔にも見えた。愛想良くファンサービスに応じている横顔を最後に、また画面がスタジオに戻る。

 ――なんだ。もう戻ってるのか。

 本人からより先にメディアを通して知るのもなんだと思わなくもないが、明日には代表に合流するだろうから、実家に顔を出すなりすることもあるだろう。

『久しぶりの代表復帰ですが、相変わらず折原選手は若い女の子から大人気ですね』
『ねぇ、本当に。自分が恋愛対象になるわけがないって分かっていても、追いかけちゃうのかね。彼女たちは』

 これはまた炎上しそうな発言を、と思いながらテレビを消す。別に見ていたわけでもない。

 ――と言うか、顔で好きになってる人間が全員じゃねぇだろ、全員じゃ。アイドルじゃねぇんだぞ。

 折原は自分の与り知らぬところで何を言われても気にもしないのかもしれないが。それとは別問題で、俺が気になるし、腹も立つ。
 身内のことを適当に噂されれば癇に障る、と言う感覚に近いのかもしれない。

 ――帰ってくるのなら、なんかしておいてやった方が良かったか?

 今更ながらではあるが、そう思い至ったのは、結局一度もあの鍵を使用していないからだった。
 今まで妹が合鍵を持っていたと言うことは、折原が戻ってくる前には手を入れてやっていたのだろうし、とそこまで考えて、いや、と思わず頭を振る。

 ――って、通い妻か何かのつもりか。

 自分でした想像に辟易する。この「そうじゃない」感は、俺のプライドの成せる業なのだろうか。
 折原もそう言うことを期待はしていたわけではないのだろうが、じゃあそうかと言って、どう使えば良かったのか。タイミングを逃したまま、ここまで来てしまっているのは確かだった。
 そもそも自分の家以外の鍵を預かること自体が初めてのことで。昔、本当に何も考えないまま折原に合鍵を渡したことがあったが、逆の立場になって見ると痛感する。扱い方に困る上に、重いな、と。
 まぁ、でも、と。思う。家族だったらばともかく、家主のいない家に立ち入る方がおかしい……はずだ。
 そのあたりも含めて、一度メールをするくらいはしても良いかもしれない。そう決めて、携帯電話に手を伸ばしたのと、ほぼ同時にチャイムが鳴った。集金か勧誘か。無視しようかとも考えたが、どこか控えめな調子で三度目が鳴った時点で諦めた。

「はい、どちらさま……――」

 ドアを開けて目の前に立つ人物を視認した瞬間、言葉が途切れた。

「こんばんは」

 日本に降り立てば、空港に出待ちが殺到するような有名人のくせに。何の変装もしないで、やたらと嬉しそうな顔で見つめてくる長身。
 会うのが久しぶりだなんて感じさせない雰囲気のまま、また何か喋ろうとしていた折原の腕を、はっとして掴む。そのまま内側に引き込んでドアを閉めて、改めて見上げる。
 折原だった。

「すみません、突然」
「家は?」

 予想外の訪問に驚いたらしい頭からは、そんな質問しか出てこなかった。

「え、家。家って俺の? それとも実家ですか?」
「どっちも」
「そんなに毎回、顔を出すようなことでもないですよ。なんだかんだで三ヶ月前にも顔を合わせましたから」

 そう言うものなのだろうか。当人がそう言うのだから、良いのか、別に。
 まじまじと見上げる先の中心で、困ったようにその顔が笑む。

「と言うか、インターフォンとかないんですか、この家」
「あるような家に見えるか?」
「なかったとしても、ドアスコープで確かめるとか」
「折原」

 顔を見て、言葉を交わす。それだけのことが、じんわりと沁み渡っていく。帰ってきたのだなと言う実感が。

「お帰り」

 やっと零れ落ちた言葉に、折原が照れくさそうに微笑う。

「――帰りました」

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