夢の続きの話をしよう

木原あざみ

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第十四話

77.

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【14】


「人が後輩にパシられてやってると言うのに、なんなんだ、その顔は」
「おまえこそ、何を堂々とパシられてんだ」

 郵送でもなんでもしてくれれば良かっただろう。速達だったら、何の問題もなく間に合ったはずだ。わざわざ仕事終わりに俺がホテル近くまでやってこなくとも。
 ご所望のチケットを渡してやるから取りに来いと、時間まで指定されたメッセージを富原から受け取ったときもなんなのだと思ったが、こうしてやってきている自分もなんなのだとしか言いようがないし、出会い頭に喧嘩を吹っ掛けてきているとしか思えない富原の言動もなんなのだ。

「仕方ないだろう。かわいい後輩が直接渡したいけど俺からは難しいんで富原さんお願いしますだなんだと言って押し付けて消えたんだ」
「すっぽかせよ、いっそ」
「仕方ないじゃないか。なんだかんだ言って可愛いんだ、折原が」
「ふざけんな」

 富原に当たっても仕方が無いとは思うが苛々が募って来て、運ばれてきたばかりの珈琲に口を付ける。なんでこんな時間にこいつと喫茶店でお茶を決め込まなければならないんだ。

「ふざけるなはこっちの台詞だと言いたいんだが、本当になんなんだ、おまえたちは」

 なんなんだ、なんてこっちが聞きたい。

「滅多に逢わないくせに。逢えば揉めないと気が済まないのか。ならいっそのこともう逢うな」
「……」
「なんだ、そこは黙るのか。えらく可愛くなったな」

 揶揄う色しかないそれに、煩い黙れと言う代わりに俺は考えた。ここまで来れば、もうどうでもいい。ついでに言えば、こいつも原因のひとつのはずだ。折原の口からやたらと富原の名前が出るのが良い証拠だ。

「なぁ、富原。乗り掛かった舟だと思って話すけど」
「おい。乗ってないぞ、俺は。止めてくれ。面倒臭そうな予感しかしない」
「ここに来た時点で分かり切ってた話だろ、面倒臭いことくらい」

 半ば以上八つ当たりの開き直りだ。聞きたくないと言うポーズを崩さない富原に向かって、俺はとつとつと先日の一件について語った。羞恥心は、無駄に悩んで不眠に陥りかけた時点で捨てた。

「と言うわけなんだが、どう思う?」

 遮ろうとする富原の挙動を一切無視で話し切った俺に、頭でも痛いのか富原は米神を押さえて唸った。

「そう言えば、そうだったな」
「なにが」
「いや、おまえは基本的に誰にも何も相談しないくせに、箍が外れるとそうだったなと思って」

 箍。外れたとしたら、何の箍だ。自制心か。

「まぁ、良い。もっと昔に違うことで相談して欲しかった気がしなくもないが、これもおまえが大人になったんだと思えば、感慨深いことがなくもない」
「おまえは俺の保護者か」
「中高時代の同室者で、まぁ、良いところ腐れ縁だな」

 しれっと応えて、富原が溜息交じりに続ける。

「相談しろと言ったのは俺だと言う記憶もあるから、それもまぁ良いんだが。それで、どうなんだ」

 どうなんだと言われても、今言ったことがすべてだ。あるいは、考えても分からないから困っている。

「なんなんだ、あいつは」

 逡巡の末、出たそれに、ポーズ抜きで富原は呆れきった笑みを浮かべた。

「俺が言うのもなんだとは思うが、逆切れするのが、さすがに早すぎないか」
「逆切れ?」
「だって、そうだろう。そもそもとして、今まで散々あいつに我慢させておいて、逆になった途端にこれじゃないか。いい年をした大人としてどうなんだ、それは。一応、年上だろう、おまえの方が」
「年上って、一つしか違わねぇだろ。社会人歴だったら、あいつの方が長い」
「そのたった一つがものを言う世界で何年も一緒に居たくせに良く言う……」

 運動部と言うのは、そんな狭い世界だ。確かに、その世界で一緒に過ごしたし、始まりはそこだった。そこから抜け出していないとも思った。

「今はそうじゃないだろ」
「それをおまえが言うのかとの嫌味はさておくとして。まぁ、そうだな」

 宥めるように笑って、続ける。

「なんだかんだ言って、おまえも横暴になり切れないわけだ」
「横暴?」
「どうせ、こうやって俺には言ってみせたところで、肝心の折原相手には良いところだんまりを決め込むだけだろう、おまえは」

 そんなことはないと言おうと思ったが、そう言われると、話し合う状態にすらならなかったのは、俺が退いたからなのだろうか。踏み込まずに。

 ――こう言う表現するのはどうかと思うけど、まぁ、何と言うか、びっくりしたんだろうな。

 そして、一応、反省もしたつもりではあるのだけれども。

「この年になっておまえたちのごたごたに巻き込まれるのはごめんだと言いたいのに、引き受けてしまう自分が可哀そうだ」
「可哀そうなのかよ」
「おまえたちがあんまりだから、手を引けないんだろう。これで試合に影響でも出せばまだ可愛げもあるって言うのに、あいつは昔からそのあたりのオンとオフが抜群に巧いから」
「いや、当たり前だろう、それは」
「その当たり前をおまえは出来ていたのか、選手だった当時」
「……だから、あいつは腹の立つ天才だって話だろ」
「懐かしいな、その言い草」

 言葉通り、懐かしそうに富原が眼を細める。懐かしい。その共通の懐かしさが、なんだか恐ろしかった。富原の眼にあのころの俺たちはどう映っているのだろうか。そして、今は。

 ――人間の本質なんて、そうそう変わらない、か。

 良くも、悪くも。

「たまには悩むのも悪いことじゃないだろう」
「そうか?」
「あるいは、今まで考えているようで考えていなかったツケだ」

 さらりと痛いところを突いてみせて、富原が立ち上がる。動きを眼で追っていると、その顔が苦笑に染まる。

「あまり遅くまでおまえを拘束していると、煩い奴がいるからな」
「何を考えてるんだ、あいつは」

 つい少し前と同じ台詞だったのに、同じだけの力が入っていないのは明白だった。呆れと、居た堪れない恥ずかしさと、あとは何だろう。

「おまえがどう思おうが、大事にしようと思うこと自体は、なんら責められることじゃないだろう」
「大事にって」
「性別も年齢も関係ないと言うだけの話だ」

 言い聞かせる調子で言って、ついでのように続ける。

「俺は、あいつが考えていることも分からなくはないが、俺が言うことじゃないしな」

 分かるのかよ、と言おうかと思って、止めた。なんだか釈然としない。

「話し合えば良いだけだ。途中で逆切れして逃げるなよ」
「逃げねぇよ」

 それはさすがにもうしないと決めたつもりだ。と言うか、本気で良く分からなくなったから聞いてみたつもりだったのに、結局、何の解決にもなっていない。

 ……いや、まぁ、ここで解決を図るようなものでもないのは、分かってるけど。

「それならなによりだ」

 あいつが帰るまでのあいだになんとかしておけよ、と最後に言って、富原は店を後にした。
 言われなくても、何をしてるんだろうなぁ、と思わなくもない。

 ――何を考えてんだろうな。

 あいつも、俺も。
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