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第十七話
85.
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「クリスマスパーティー?」
職員室に日誌を持ってきた女生徒二人がいかにも楽しそうに「そう!」と頷いた。期末テストも終わって、残すは終業式ばかり。終業式が終わった後に、クラスの人間と集まるのだと言う。出張でいない担任の代わりに日誌を受け取って、形式的な注意だけは施す。
「分かってるとは思うけど、酒だけは飲むなよ」
あと、煙草とか、クスリとか。さすがにそんなものに手を出すような生徒はいないと思いたいのだが。分かっているのかいないのか、生徒たちは笑うだけだ。近くに年配の教師陣がいないからか、気楽そうに話し続けている。
「先生は来ない?」
「行くわけがない」
「デート?」
「仕事だ、仕事」
「大変なんだね、先生って」
本当にそう思ってくれているなら、頼むから呼び出しがかかるような案件を起こさないでほしい、とはさすがに言わないけれど。
「サッカー部もクリスマスも活動あるんだっけ?」
「二十五日って平日だよな。だったらあるけど、なんで?」
「この子の好きな男子がサッカー部なの。それで、クリスマスパーティーに来てくれるか怪しいから気にしてるの」
「あ、誰かは言わないからね!」
聞きたかったのはそれだったらしい。隠しきれなかった苦笑が漏れたが、全く頓着せず二人でなにやら楽し気に顔を見合わせている。
――二十五日か。
相手が誰だかは知らないが、寮生だったらば、そもそもとして外出届か外泊届が必要になる気がするのだが。そこまでして出ていくかどうかは甚だ怪しいとも思ったけれど、それもあえて言うようなことでもない。
「サッカー部と言えば、先生、次はいつ折原さん来るの?」
「言うと思うか?」
「ってことは、来る予定あるんだ! いいなぁ、会いたい、話したい」
「仮に来たとしても、サッカー部以外に顔は出さないからな」
この年頃の生徒たちの話題がころころと変わるのも今更ではあるが、どこからそんな微妙に古い情報が出てきたかなぁと思いながら、釘を刺す。あいつ、まだ女子高生にも人気あるのか。
「でも、サッカー部には顔出してくれるんでしょ。いいなぁ。あたしも写真とか撮りたかったぁ」
「携帯電話の持ち込みは禁止されてるはずだけど」
「持ってきてない、持ってきてないからね」
分が悪いと踏んだのか、勢いよく否定するなり後退る。高い声が木霊しながら遠ざかっていくのを、若さだなぁと半ば以上感心しながら日誌を開く。十歳近く離れているのだから当然かもしれないが、なんだか別次元の生き物のように見えることがある。
今の調子でこうだと、十年後はどうなっているのだろうか。監督は年が近いから相談相手にもなりやすい、だなんて言ってくれていたけれど、期待に添えている自信が全くない。まぁ、ないならないで工夫してやっていくしかない訳だけれど。零れた溜息に、前の席で静観を決め込んでいた美作先生が笑った。明らかに面白がっている。
「あれは佐野ちゃんが、その折原選手の直の先輩だって知ったら、もっと殺到してくるな」
「……頼みますから止めてください」
「でも、ちょっと年齢を考えたら分からないかね。あぁ、まぁ、同じサッカー部だったって言うイメージがそもそもとして沸かないか」
それはそうだ。そして、そうであるほうがありがたい。どちらにせよ、過去の話だ。
「昔から」
「え?」
「昔から、面倒なんですよ。あいつ、目立つんで。紹介しろ、紹介しろって」
中学高校と、幾度、同学年の女子にせっつかれたか分からない。そのたびに面白くないような、あるいは、どうせあいつは嫌がるだけだと思うことで得る優越感のようなものを抱いていたことも。
「でも、仲良しなんでしょ?」
微妙に含みのある物言いに、日誌から顔を上げる。
「言ってたよ、うちのクラスのサッカー部の連中」
この人のクラスと言えば、ほとんどが一軍の生徒だ。浮かぶ顔に、誰が言っていたのかはなんとなく見当がついた。
「見てたら分かる距離感ってのは、あるもんだよ。特にあのくらいの子たちって、よく見てるしね」
「はぁ、まぁ、そうですね」
「理屈というか、直観的なもので」
それも、そうかもしれない。子どもの目というのは、案外と侮れないものだ。あの年頃を子どもと言い切ると、それはそれで語弊があるかもしれないが。
「だからどうというわけじゃないけど、気を付けたいなら気を付けな」
まぁ、大前提として、あいつがゲイだって知れ渡ってるからなぁ、と思いながら、応じる。とりとめもないことを。
「年末年始は久しぶりに帰ってくるらしくて」
「へぇ、そうなんだ。忙しいだろうにマメなことで。でも、そうか。年越しくらいは落ち着いて地元で過ごしたいか」
「そうなんじゃないですか。マメはマメですけどね」
「佐野ちゃんは真面目そうなふりして、案外とずぼらだけどね」
「否定はしないですけど」
小さく笑って、付け加える。なんでもないことのようなふりで。
「空港まで迎えには行く予定です」
「それは」
言葉が一瞬途切れて、苦笑ともとれない吐息とともに続く。
「まぁ、お気をつけて」
「そうします」
「人の口に戸は立てられないから、大変だね」
吹聴するようなことではない。けれど同時に、何が何でも隠し通さなければならないものでもない。最近、半ば開き直りのようにそう思っている。
頑なに秘密にしなければならないと考えるよりも、そのほうが健全だと思うということも、そう開き直った理由の一つではあるけれど、もう一つのほうが占める割合としては大きいかもしれなかった。
たぶん、折原が、そう俺が考えているほうが、気が楽だろうと思うからだ。
――俺は、そんなことで駄目になるつもりなんてないですよ。
初めてその台詞を聞いたのは、まだ大学生だったころだった。折原も、まだ日本にいた。馬鹿なことばかり言ってるなよ、と。そう思ったことを覚えている。何もそんな茨の道を行くことをないだろう、と。
それがどれだけ意味のない心配だったかも、年月を重ねて知った。証明したのもまた折原自身だったけれど。
「そうですね」
ただ、結局、どんな道も、平坦な保障なんてないのだろうとも思う。踏み出した先がどう繋がっていくかは進んでみないことには分からない。だから、決めるべきなのは、足を踏み出す覚悟で、それもまた、折原が言ってくれていたことだった。
職員室に日誌を持ってきた女生徒二人がいかにも楽しそうに「そう!」と頷いた。期末テストも終わって、残すは終業式ばかり。終業式が終わった後に、クラスの人間と集まるのだと言う。出張でいない担任の代わりに日誌を受け取って、形式的な注意だけは施す。
「分かってるとは思うけど、酒だけは飲むなよ」
あと、煙草とか、クスリとか。さすがにそんなものに手を出すような生徒はいないと思いたいのだが。分かっているのかいないのか、生徒たちは笑うだけだ。近くに年配の教師陣がいないからか、気楽そうに話し続けている。
「先生は来ない?」
「行くわけがない」
「デート?」
「仕事だ、仕事」
「大変なんだね、先生って」
本当にそう思ってくれているなら、頼むから呼び出しがかかるような案件を起こさないでほしい、とはさすがに言わないけれど。
「サッカー部もクリスマスも活動あるんだっけ?」
「二十五日って平日だよな。だったらあるけど、なんで?」
「この子の好きな男子がサッカー部なの。それで、クリスマスパーティーに来てくれるか怪しいから気にしてるの」
「あ、誰かは言わないからね!」
聞きたかったのはそれだったらしい。隠しきれなかった苦笑が漏れたが、全く頓着せず二人でなにやら楽し気に顔を見合わせている。
――二十五日か。
相手が誰だかは知らないが、寮生だったらば、そもそもとして外出届か外泊届が必要になる気がするのだが。そこまでして出ていくかどうかは甚だ怪しいとも思ったけれど、それもあえて言うようなことでもない。
「サッカー部と言えば、先生、次はいつ折原さん来るの?」
「言うと思うか?」
「ってことは、来る予定あるんだ! いいなぁ、会いたい、話したい」
「仮に来たとしても、サッカー部以外に顔は出さないからな」
この年頃の生徒たちの話題がころころと変わるのも今更ではあるが、どこからそんな微妙に古い情報が出てきたかなぁと思いながら、釘を刺す。あいつ、まだ女子高生にも人気あるのか。
「でも、サッカー部には顔出してくれるんでしょ。いいなぁ。あたしも写真とか撮りたかったぁ」
「携帯電話の持ち込みは禁止されてるはずだけど」
「持ってきてない、持ってきてないからね」
分が悪いと踏んだのか、勢いよく否定するなり後退る。高い声が木霊しながら遠ざかっていくのを、若さだなぁと半ば以上感心しながら日誌を開く。十歳近く離れているのだから当然かもしれないが、なんだか別次元の生き物のように見えることがある。
今の調子でこうだと、十年後はどうなっているのだろうか。監督は年が近いから相談相手にもなりやすい、だなんて言ってくれていたけれど、期待に添えている自信が全くない。まぁ、ないならないで工夫してやっていくしかない訳だけれど。零れた溜息に、前の席で静観を決め込んでいた美作先生が笑った。明らかに面白がっている。
「あれは佐野ちゃんが、その折原選手の直の先輩だって知ったら、もっと殺到してくるな」
「……頼みますから止めてください」
「でも、ちょっと年齢を考えたら分からないかね。あぁ、まぁ、同じサッカー部だったって言うイメージがそもそもとして沸かないか」
それはそうだ。そして、そうであるほうがありがたい。どちらにせよ、過去の話だ。
「昔から」
「え?」
「昔から、面倒なんですよ。あいつ、目立つんで。紹介しろ、紹介しろって」
中学高校と、幾度、同学年の女子にせっつかれたか分からない。そのたびに面白くないような、あるいは、どうせあいつは嫌がるだけだと思うことで得る優越感のようなものを抱いていたことも。
「でも、仲良しなんでしょ?」
微妙に含みのある物言いに、日誌から顔を上げる。
「言ってたよ、うちのクラスのサッカー部の連中」
この人のクラスと言えば、ほとんどが一軍の生徒だ。浮かぶ顔に、誰が言っていたのかはなんとなく見当がついた。
「見てたら分かる距離感ってのは、あるもんだよ。特にあのくらいの子たちって、よく見てるしね」
「はぁ、まぁ、そうですね」
「理屈というか、直観的なもので」
それも、そうかもしれない。子どもの目というのは、案外と侮れないものだ。あの年頃を子どもと言い切ると、それはそれで語弊があるかもしれないが。
「だからどうというわけじゃないけど、気を付けたいなら気を付けな」
まぁ、大前提として、あいつがゲイだって知れ渡ってるからなぁ、と思いながら、応じる。とりとめもないことを。
「年末年始は久しぶりに帰ってくるらしくて」
「へぇ、そうなんだ。忙しいだろうにマメなことで。でも、そうか。年越しくらいは落ち着いて地元で過ごしたいか」
「そうなんじゃないですか。マメはマメですけどね」
「佐野ちゃんは真面目そうなふりして、案外とずぼらだけどね」
「否定はしないですけど」
小さく笑って、付け加える。なんでもないことのようなふりで。
「空港まで迎えには行く予定です」
「それは」
言葉が一瞬途切れて、苦笑ともとれない吐息とともに続く。
「まぁ、お気をつけて」
「そうします」
「人の口に戸は立てられないから、大変だね」
吹聴するようなことではない。けれど同時に、何が何でも隠し通さなければならないものでもない。最近、半ば開き直りのようにそう思っている。
頑なに秘密にしなければならないと考えるよりも、そのほうが健全だと思うということも、そう開き直った理由の一つではあるけれど、もう一つのほうが占める割合としては大きいかもしれなかった。
たぶん、折原が、そう俺が考えているほうが、気が楽だろうと思うからだ。
――俺は、そんなことで駄目になるつもりなんてないですよ。
初めてその台詞を聞いたのは、まだ大学生だったころだった。折原も、まだ日本にいた。馬鹿なことばかり言ってるなよ、と。そう思ったことを覚えている。何もそんな茨の道を行くことをないだろう、と。
それがどれだけ意味のない心配だったかも、年月を重ねて知った。証明したのもまた折原自身だったけれど。
「そうですね」
ただ、結局、どんな道も、平坦な保障なんてないのだろうとも思う。踏み出した先がどう繋がっていくかは進んでみないことには分からない。だから、決めるべきなのは、足を踏み出す覚悟で、それもまた、折原が言ってくれていたことだった。
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