運命じゃないエンドロール

木原あざみ

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光の聖女編

1.ある光の聖女の失墜(前編)

「ハロルド殿下に色目を使って追いかけ回して。婚約者であるオリヴィアさまから奪おうとして失敗するなんて。とんだ光の聖女もいたものね」

 つい先日までオリヴィアを「従者と淫らな関係を持つ尻軽」と噂した唇で、伯爵令嬢が優雅にほほえむ。

「本当ですわ。まったく嘆かわしいこと」
「やはり無理がありましたのよ。聖女と言えど、所詮は田舎の男爵家の出。殿下はお優しくいらっしゃいますから、彼女の入学から一月のあいだは『慣れぬこと』と多めに見ておいでだったのでしょうけれど。婚約者のいる殿方を追いかけ回すなんて信じられませんわ」

 取り巻きの子爵令嬢たちの囀りに、サイラス・ノットは王立高等学園の裏庭を歩んでいた足を止めた。
 三名とも、自分と同じ第三学年に在籍する令嬢である。入学して一月しか経っていない新入生をいじめでもしたのだろうか。
 振り返り確認した背中には、予想通り小さな光が集まろうとしていた。その点滅がちかちかと早くなる。光の聖女を馬鹿にされ、小さきものが腹を立てているのだ。
 一向に気がつく様子のない彼女たちに、サイラスはそっと息を吐く。

 ――あそこの伯爵家は、精霊の加護が弱いからな。

 上流貴族の大半は精霊を見ることはできずとも気配は感知するのだが、なにごとにも例外はあるということだ。子爵家の息女はもとより精霊とのかかわりが薄い。
 だからこそ、精霊の報復を恐れず、光の聖女を悪しざまに言うことができるのだろうが。
 髪飾りを紛失させる程度の「いたずら」であったとしても、目の前で無用な火種を放置することはできない。
 小さきものを見つめる視線に、サイラスは軽く力を込めた。視えているぞ、という単純な牽制。ノット伯爵家が代々契約を交わす強大な闇の精霊の気配を感じ取ったらしく、激しい明滅を最後に小さきものは姿を隠した。
 彼らは気まぐれだが、強大な力に逆らうことは良しとしない。その点にのみ着目すれば、人間よりも御しやすい存在だ。
 しばらく戻る気配のないことを確認し、彼女たちが歩いてきた方角に、サイラスは足を進め直した。
 
 
 ブライアント王国は、はるか昔に精霊の加護を受けて建国したという伝説の残る美しい島国だ。
 時代の流れとともに精霊を視ることのできる者が減少した現在も、王家や公爵家、伯爵家の一部は先祖が契約をした精霊の加護を受けており、気配を感知する者はいまだ多く現存している。
 ブライアント王国における上流階級の条件は、精霊の気配を感じ取ることと評されることもあるほどだ。
 だが、精霊と意思を交わし、使役することのできる人間は、現代のブライアント王国には存在しないとされていた。その前提を覆したのが、メイジー・ベルだ。

 裕福ではない田舎の男爵家で生まれた彼女は、幼いころから野山を駆け回り、さまざまな精霊とのだという。気配どころの話ではなく、姿かたちをはっきりと捉え、意思を交わしていたことになる。
 とんでもない事態であったものの、当人が当然のことと思い込んでいたために、長らく公になることはなかった。彼女が不治とされた領民の病気を治すまでは。
 奇跡の噂は王都に広がり、神殿が能力を認めるまでになる。「光の聖女」と呼ばれようになった彼女が、裕福な貴族の子息・令嬢が在籍する全寮制の王立高等学園に特例で入学を許可される運びとなったことは、当然の流れであった。

 光を集めて輝く金の髪に、美しく澄んだ緑の瞳。この学園に在籍する令嬢のほとんどは、嗜みとしてきれいに髪を結わえていたが、彼女はさらりと無造作に肩に垂らしていた。だが、その無頓着さえ、華美な服装を見飽きた令息には新鮮と映ったらしい。
 抜群に整った顔かたちをしているわけではないものの、愛嬌のある愛らしい表情と、なによりも彼女を包むあたたかで祝福をされた空気。
 新入生として入学を果たし、一ヶ月。彼女は「光の聖女」として一躍学内の有名人となっていた。物珍しさも含まれていたにせよ、それなり以上に好意的な目を向けられいたと言っていい。
 少なくとも、一昨日。その他大勢の生徒の前で、皇太子殿下に袖にされるまでは。
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