運命じゃないエンドロール

木原あざみ

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光の聖女編

3.ある乙女ゲームシナリオの異変(前編)

 その瞬間まで、サイラスは傍観者のつもりでいた。
 真偽を確かめる術もない「前世の記憶」で、世界の秩序を乱してはならないと弁えていたからだ。

 従者と関係を持っていると評判の伯爵令嬢、オリヴィア・アレン。第一王子の婚約者としてふさわしくないのでは、という声が絶えることのない彼女の肩を、王子は優しく抱き寄せた。
 銀に近いプラチナブロンドの髪に深い青の瞳。氷のようと囁かれることもある怜悧な瞳が、騒ぎの元凶である光の聖女をしかと見据える。

「あなたがなにを思い違いをしているのかは知らないが、私はオリヴィアとの婚約を破棄するつもりはない」
「そういうことなの。ごめんなさいね、メイジーさま」

 立ち尽くす光の聖女に追い打ちをかける調子で、オリヴィアは優雅にほほえんだ。王子と立ち並ぶ姿は、一枚の絵画を思わす完璧な美しさを備えている。

「そんな……」

 か細い声で呟いた光の聖女はふらりと後退りをしたが、彼女の取り巻きもまた蒼白の顔色で立ち尽くすばかりだ。彼らを一瞥し、王子と婚約者は颯爽と踵を返した。
 新入生の入学一ヶ月を祝うはずだった講堂は、突然の事態に水を打ったように静まっている。

「そんな、ゲームでは、そんな……。ああ、私はなんてことを」

 呆然とした光の聖女の声は、徐々にあふれる騒めきに掻き消えていく。はっとして、サイラスは講堂を抜け出した。ふたりの背中を追いかける。理解ができなかったからだ。
 そうだ。そんなことがあっていいはずがない。自身に言い聞かす調子で、光の聖女の言葉を内心で繰り返す。
 かたちばかりの奔放な婚約者に愛想を尽かした王子が、数十年ぶりに現れた純朴な光の聖女を選ぶことが彼の唯一無二の幸福に繋がるのだから。そんなことがあっていいはずがないのだ。

「殿下」

 幼い子どものように廊下を駆け、捉えた背中に声をかける。

「ハロルド殿下」

 二度目の呼びかけにようやく足が止まり、ふたりは振り返った。王子に寄り添ったままサイラスを見、オリヴィアは勝気な赤い瞳を笑ませる。

「どうぞ。ごゆっくりお話になって。私は先に戻っておりますから」

 言葉のとおり、オリヴィアはひとり足を踏み出した。制服のワンピースが翻り、ヒールの音が一定の間隔で遠のいていく。一呼吸を置き、サイラスは改めて彼を見上げた。
 ハロルド・ブライアント。ブライアント王国の第一王位継承者であり、自分が唯一と定めた主君。黙っていると、いっそ恐ろしいほどの美貌である。

「なぜ、あのような」
「なぜ、か」

 絞り出した問いを、ハロルドはどこか面白そうに繰り返した。細められた青い瞳に、心臓が小さく跳ねる。彼がこういった表情を見せるとき、自分にとって良い事態は起きない、と。十七年の経験則で知っていた。
 王家の第一子である彼と、複数ある伯爵家の三男である自分。立場の違いははっきりとしていたものの、乳兄弟として育ったがために長い時間を共有していた。
 ある程度であれば、彼のことは知っていると自負できた程度には。

「サイラス、おまえは光の聖女というだけで、礼節を弁えない男爵令嬢が俺にふさわしいというのか? 幼馴染みのオリヴィアよりも」
「……それは」
「ひどい男だな」

 返す言葉はなかった。彼女を――この学園に現れた光の聖女を選ぶことが、あなたにとっての最良の未来に繋がるからだとは、さすがに言うことができなかったからだ。
 後先考えずに追いかけたことも、想定外のできごとに動転した結果でしかない。自身の未熟さに目を伏せると、こつりと足音が響いた。

「サイラス」

 伸びてきた指が顎を掴む。抗うことなく、サイラスは頤を傾けた。目が合う。

「余計なことはしなくていい」

 穏やかでいて、自分の言葉が絶対の命令になると承知している声。だが、実際にそのとおりなのだ。
 この人は、なにをどこまで承知しているのだろう。「礼節を弁えない」と彼が評した光の聖女の言動を、自分が窘めなかったことだろうか。もしくは、この学園における彼女の立場を確立しようと密かに手を回したことだろうか。
 それとも、彼の婚約者であるオリヴィアの悪評を立ち消さなかったことか。
 いくつもの可能性が頭を廻り、けれど、サイラスはただひとつ頷いた。

「仰せのとおりに」

 命に背き、彼に失望されたいわけではない。物心がついたころから、あるいは、生まれ落ちた瞬間からずっと。この人の存在が、自分のすべてだった。

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