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光の聖女編
5.ある乙女ゲームシナリオの異変(後編)
「聞きましたわよ、サイラスさま。なんでも光の聖女さまのお手伝いをしていらっしゃるのだとか」
早朝の寮の廊下に響いたオリヴィアの声に、眉根を寄せて立ち止まる。
食堂など共用のフロアはあるものの、居室のある棟は当然と男女で別れているのだ。オリヴィアがここにいる正当な理由はどこにもない。
「オリヴィア嬢」
振り返った先で、サイラスは溜息を呑み込んだ。案の定と言うべきか、オリヴィアは件の従者にぴとりと身を寄せている。この国では珍しい褐色の肌と藍色の長い髪を持つ、オリヴィアと同じ年の少年だ。
彼からオリヴィアに視線を移し、淡々とした声を出す。最低限の礼儀は整えたつもりだ。
「仮にも殿下の婚約者であるのなら、誤解を与える行動は慎むべきだと思うが」
「仮にもって、あいかわらず失礼な方。殿下も講堂で仰っていたでしょう。私以外を婚約者にするつもりはないと」
たしかに仰っていたが。納得しているかと問われると別の話である。
サイラスの沈黙をどう取ったのか、オリヴィアはにこりと笑みを深くした。首を傾げた角度に合わせ、きれいに巻かれた赤茶の髪が揺れる。
「それにレオは私の従者だもの。そばにいるのはあたりまえではなくて?」
ねぇ、と意味深長な流し目を従者に送り、これ見よがしにしなだれかかるさまは、婚約者のいる令嬢の行動としてまったく相応しいものではない。廊下に自分以外の寮生がいなかったことが最低限の幸いだった。
呆れた顔を隠さないサイラスの目前で、従者のひとつに束ねた毛先を指先で掬うと、オリヴィアはもう一度ほほえんだ。
――そんなふうだから、殿下には光の聖女がふさわしいという評判が立ったのだと思うが。
悪評を立ち消す対策を取らなかったことは事実だが、悪評自体はサイラスが流したものではない。すべて、オリヴィアの言動が生んだ結果だ。
苦言を受け入れるつもりのない態度に、サイラスはおざなりな対応に切り替えた。
「だったら、せめて、人気のないところでやってくれ」
「あら」
心外だとオリヴィアが瞳を丸くする。
「随分とご機嫌斜めですのね」
「こちらの機嫌がどうのこうのという話ではないだろう」
「そうかしら。そうだといいのですけれど。最近の学園は、さまざまな憶測が流れていますでしょう? サイラスさまのご気分で誤解をされたくはありませんの」
ご気分。誤解。随分と勝手な言い草だと思っていると、オリヴィアは「そう、そう」と声をひそめた。
「憶測、噂と言いますと、私の教室でも顕著ですのよ。なにせ、クラスメイトに光の聖女さまがいらっしゃいますから。サイラスさまはご存じですわよね。お手伝いをしていらっしゃるのですもの。光の聖女さまの『失せもの探し』」
「精霊のいたずらの後始末をされたいそうですよ」
「後始末。後始末でジェラルドさまの懐中時計まで」
くすくすと言葉尻を繰り返した赤い瞳が笑む。あいもかわらず従者に肩を寄せたまま。いかにも芝居がかった調子だった。
「僭越ながら、サイラスさま。こちらはご存じ? もっとも、噂ではなく、私が目にした事実ではありますが。ジェラルド第二王子殿下も、大切な懐中時計を探し出した光の聖女に特別に配慮していらっしゃいますわ」
「感謝を示されているだけでは? ジェラルド殿下もお優しい方だ」
「お優しい方?」
挑発する物言いを、サイラスは黙殺した。ふたつ年下で、オリヴィアたちと同学年の、ハロルドの実弟。幼少期は癇癪持ちだったが、年相応に落ち着いたと知っている。表面上の言動を優しいと評しても、なにも間違ってはいないはずだ。
――だが、たしかに、驚いていらっしゃったな。
メイジーが精霊たちの話を根気良く聞いて探し出した懐中時計を、彼に渡したときのことだ。純粋な好意だけで済めばいいのだがと案じていると、オリヴィアが再び口を開いた。
「もうひとつ、こちらは噂ですけれど。『失せもの探し』自体が、光の聖女さまの自作自演というものもありますが、ご存じでしたかしら」
「悪質な噂だろう」
なにせ、この一週間。サイラスは、メイジーが精霊と意思疎通を図るさまを幾度となく見ているのだ。精霊の気配を感じ取ることができない人間に真偽のほどは判別できないだろうが、自分は違う。
さらりと一蹴したサイラスに、オリヴィアはここぞとほほえんだ。
「悪質な噂と仰るのなら、それはそれで構いませんけれど。サイラスさまもお気をつけにならないと。光の聖女さまばかり見ていらっしゃると、さらなる殿下の不興を買いかねませんわよ」
さらなる不興。ちらりと視線を向けると、オリヴィアは労しげに眉根を寄せた。もっとも、薄い紅を塗った唇は笑みをかたどっていたが。その調子のまま、オリヴィアは幼いころの呼び名を使った。
「お慕いするお兄さまたちが仲違いするところなど、私は見たくありませんもの」
早朝の寮の廊下に響いたオリヴィアの声に、眉根を寄せて立ち止まる。
食堂など共用のフロアはあるものの、居室のある棟は当然と男女で別れているのだ。オリヴィアがここにいる正当な理由はどこにもない。
「オリヴィア嬢」
振り返った先で、サイラスは溜息を呑み込んだ。案の定と言うべきか、オリヴィアは件の従者にぴとりと身を寄せている。この国では珍しい褐色の肌と藍色の長い髪を持つ、オリヴィアと同じ年の少年だ。
彼からオリヴィアに視線を移し、淡々とした声を出す。最低限の礼儀は整えたつもりだ。
「仮にも殿下の婚約者であるのなら、誤解を与える行動は慎むべきだと思うが」
「仮にもって、あいかわらず失礼な方。殿下も講堂で仰っていたでしょう。私以外を婚約者にするつもりはないと」
たしかに仰っていたが。納得しているかと問われると別の話である。
サイラスの沈黙をどう取ったのか、オリヴィアはにこりと笑みを深くした。首を傾げた角度に合わせ、きれいに巻かれた赤茶の髪が揺れる。
「それにレオは私の従者だもの。そばにいるのはあたりまえではなくて?」
ねぇ、と意味深長な流し目を従者に送り、これ見よがしにしなだれかかるさまは、婚約者のいる令嬢の行動としてまったく相応しいものではない。廊下に自分以外の寮生がいなかったことが最低限の幸いだった。
呆れた顔を隠さないサイラスの目前で、従者のひとつに束ねた毛先を指先で掬うと、オリヴィアはもう一度ほほえんだ。
――そんなふうだから、殿下には光の聖女がふさわしいという評判が立ったのだと思うが。
悪評を立ち消す対策を取らなかったことは事実だが、悪評自体はサイラスが流したものではない。すべて、オリヴィアの言動が生んだ結果だ。
苦言を受け入れるつもりのない態度に、サイラスはおざなりな対応に切り替えた。
「だったら、せめて、人気のないところでやってくれ」
「あら」
心外だとオリヴィアが瞳を丸くする。
「随分とご機嫌斜めですのね」
「こちらの機嫌がどうのこうのという話ではないだろう」
「そうかしら。そうだといいのですけれど。最近の学園は、さまざまな憶測が流れていますでしょう? サイラスさまのご気分で誤解をされたくはありませんの」
ご気分。誤解。随分と勝手な言い草だと思っていると、オリヴィアは「そう、そう」と声をひそめた。
「憶測、噂と言いますと、私の教室でも顕著ですのよ。なにせ、クラスメイトに光の聖女さまがいらっしゃいますから。サイラスさまはご存じですわよね。お手伝いをしていらっしゃるのですもの。光の聖女さまの『失せもの探し』」
「精霊のいたずらの後始末をされたいそうですよ」
「後始末。後始末でジェラルドさまの懐中時計まで」
くすくすと言葉尻を繰り返した赤い瞳が笑む。あいもかわらず従者に肩を寄せたまま。いかにも芝居がかった調子だった。
「僭越ながら、サイラスさま。こちらはご存じ? もっとも、噂ではなく、私が目にした事実ではありますが。ジェラルド第二王子殿下も、大切な懐中時計を探し出した光の聖女に特別に配慮していらっしゃいますわ」
「感謝を示されているだけでは? ジェラルド殿下もお優しい方だ」
「お優しい方?」
挑発する物言いを、サイラスは黙殺した。ふたつ年下で、オリヴィアたちと同学年の、ハロルドの実弟。幼少期は癇癪持ちだったが、年相応に落ち着いたと知っている。表面上の言動を優しいと評しても、なにも間違ってはいないはずだ。
――だが、たしかに、驚いていらっしゃったな。
メイジーが精霊たちの話を根気良く聞いて探し出した懐中時計を、彼に渡したときのことだ。純粋な好意だけで済めばいいのだがと案じていると、オリヴィアが再び口を開いた。
「もうひとつ、こちらは噂ですけれど。『失せもの探し』自体が、光の聖女さまの自作自演というものもありますが、ご存じでしたかしら」
「悪質な噂だろう」
なにせ、この一週間。サイラスは、メイジーが精霊と意思疎通を図るさまを幾度となく見ているのだ。精霊の気配を感じ取ることができない人間に真偽のほどは判別できないだろうが、自分は違う。
さらりと一蹴したサイラスに、オリヴィアはここぞとほほえんだ。
「悪質な噂と仰るのなら、それはそれで構いませんけれど。サイラスさまもお気をつけにならないと。光の聖女さまばかり見ていらっしゃると、さらなる殿下の不興を買いかねませんわよ」
さらなる不興。ちらりと視線を向けると、オリヴィアは労しげに眉根を寄せた。もっとも、薄い紅を塗った唇は笑みをかたどっていたが。その調子のまま、オリヴィアは幼いころの呼び名を使った。
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