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光の聖女編
6.ある転生者の告白(前編)
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――本当に、殿下は、オリヴィアのどこがいいのだろうな。
舌足らずにハロルドお兄さま、サイラスお兄さまと呼んでいた昔を知るよしみで、大目に見ているのだろうか。
たしかに幼少期のオリヴィアは素直で愛らしかったが、と回想したところで、サイラスは思い直した。諦め半分で。
冷たく見えるだけで、ハロルドは情に厚いところのある人だ。年下のオリヴィアを庇護すべき相手と認識し、変わらずにかわいがっているのかもしれない。
まぁ、べつに、子憎たらしくなった現在も、まったくかわいくないわけではないのだが。
放課後、鬱々と裏庭に続く道を進んでいたサイラスは、感知した気配に歩をゆるめた。
柔らかであたたかな光とはほど遠い、身体になじんだ静かな気配。家の精霊に連なる小さなものが、こめかみのあたりをチカチカと浮遊している。
小さく頷いたタイミングで、石畳を踏むかすかな音が響いた。メイジーだ。足を止め、表情を切り替える。
どんどんと近づいてくる足音に、今はじめて気がついたというていで、サイラスは穏やかな微笑を向けた。
「サイラスさま。――あら」
目が合い、にこりとほほえんだメイジーの視線が、サイラスの頭上へと動く。きらきらとした瞳に、サイラスは困ったふうに眉を垂らした。
「申し訳ありません、うちの精霊です」
「サイラスさまも精霊と言葉を交わすことが……?」
仲間を見つけたと言わんばかりのわくわくとした雰囲気に、ゆるりと頭を振る。
光の聖女の誘惑に負けて彼女のほうに寄ることなく、小さきものは気配を消した。その事実に安堵を覚えつつ、サイラスは言い添えた。
「まさか。自分の家と契約をしている精霊であれば、契約の範囲で意思の疎通をできるという程度です。――ですが、よろしければ、このことはご内密に」
メイジーの緑の瞳が不思議に染まる。だが、彼女は追及しないことを選んだようだった。
「わかりましたわ。誰にも言いません」
「助かります」
控えめな笑みを返し、サイラスはもうひとつを問いかけた。もともと、メイジーとは裏庭で会う予定でいたのだ。
「メイジーさまは、なにか御用でも?」
「あ、いえ。……その、恥ずかしい話なのですが、あまりこのあたりで感じない精霊の気配がしたもので、つい」
「なるほど」
闇の精霊の気配を感知してやってきたと知り、サイラスは頷いた。さすが光の聖女というべきか、少々面倒というべきか。
今後は言伝を受ける場所を寮の自室に限ったほうがよさそうだ。結論づけ、「行きましょうか」とメイジーを裏庭に誘う。集まる場所は一定にしておいたほうが、なにかと都合が良い。
「はい」
素直に応じてくるりとワンピースの裾を翻したメイジーが、改めてという調子で口火を切った。
「あの、サイラスさま。今日も本当にありがとうございます。少しずつではあるのですが、クラスのみなさまとまたお話をできるようになりまして」
「そうですか」
よかったですね、と目元を笑ませる。サイラスにとっても、光の聖女の面目が保たれることは願ってもないことだ。
「メイジーさまが真摯に行動をされた結果と思いますが」
「ありがとうございます。もちろん、精霊のことを理解していただけたことも一因と思うのですが、実はジェラルドさまにも助けていただいて」
「ジェラルドさまに」
「はい。同じクラスとは言え、以前はお話をさせていただく機会は少なかったのですが。ジェラルドさまの懐中時計をお渡しして以来、とても気にかけてくださって」
クラスのみなさんに、ジェラルドさまがお話してくださったのです、とメイジーがはにかむ。その一件からクラスの空気が変わったのだと。
――それは、まぁ、ジェラルド殿下が、光の聖女の力を疑うなと仰った以上、表面上はみな肯定を示すだろうが。
あのジェラルド殿下が、とサイラスは内心で首をひねった。オリヴィアには「お優しい方」と言ったが、表面上の言動を指しただけである。
一見すると冷たく見える兄と違って穏やかで人好きのするタイプだが、内面は真逆とサイラスは思っている。その彼が、兄が拒絶した光の聖女を打算なしに庇い立てをするだろうか。
疑問はあったが、王族である彼をそんなふうに評することなどできるはずもない。サイラスはもう一度「よかったですね」とほほえんだ。「はい」とメイジーが表情をほころばせる。
「お兄さまでいらっしゃるハロルド殿下に失礼なことをしてしまったので、嫌われているのではないかと思っていたのですが。ジェラルドさまもとても優しい方ですね」
そこまで言ってから、あ、とメイジーは慌てた顔で言い足した。
「もちろん、私の行いがすべての原因ではあるのですが。本当に言い訳にもなりませんが、入学した当初の私は浮かれていたのです。その調子で、殿下の光の庭に足を踏み入れてしまって」
「光の庭」
「ええ。ときたま精霊が生み出すことのある空間なのですが。あれほど立派なものを見たのははじめてで、つい、精霊に誘われるがまま」
まだあったのか、とサイラスは驚いた。誰にでも視えるわけではなく、誰でも招かれるわけではない、秘密の空間。自分が最後に足を踏み入れたのは、いったいいつだっただろうか。
「プライベートな空間に。お恥ずかしい限りです。本当にどうかしていたのですわ」
言葉のとおり恥じるように、メイジーは頬を薄く染めた。
はじめて裏庭で言葉を交わした際も、彼女は自分の言動を心底反省している様子だった。講堂でハロルドにはっきりと拒絶され、我に返ったのだろうか。
あのときの彼女は随分と取り乱した様子だったが、と思い返したところで、サイラスは引っかかりを覚えた。
そういえば、彼女はあのときおかしなことを言っていた。この国に生きる人間が、知るはずのない言葉。
舌足らずにハロルドお兄さま、サイラスお兄さまと呼んでいた昔を知るよしみで、大目に見ているのだろうか。
たしかに幼少期のオリヴィアは素直で愛らしかったが、と回想したところで、サイラスは思い直した。諦め半分で。
冷たく見えるだけで、ハロルドは情に厚いところのある人だ。年下のオリヴィアを庇護すべき相手と認識し、変わらずにかわいがっているのかもしれない。
まぁ、べつに、子憎たらしくなった現在も、まったくかわいくないわけではないのだが。
放課後、鬱々と裏庭に続く道を進んでいたサイラスは、感知した気配に歩をゆるめた。
柔らかであたたかな光とはほど遠い、身体になじんだ静かな気配。家の精霊に連なる小さなものが、こめかみのあたりをチカチカと浮遊している。
小さく頷いたタイミングで、石畳を踏むかすかな音が響いた。メイジーだ。足を止め、表情を切り替える。
どんどんと近づいてくる足音に、今はじめて気がついたというていで、サイラスは穏やかな微笑を向けた。
「サイラスさま。――あら」
目が合い、にこりとほほえんだメイジーの視線が、サイラスの頭上へと動く。きらきらとした瞳に、サイラスは困ったふうに眉を垂らした。
「申し訳ありません、うちの精霊です」
「サイラスさまも精霊と言葉を交わすことが……?」
仲間を見つけたと言わんばかりのわくわくとした雰囲気に、ゆるりと頭を振る。
光の聖女の誘惑に負けて彼女のほうに寄ることなく、小さきものは気配を消した。その事実に安堵を覚えつつ、サイラスは言い添えた。
「まさか。自分の家と契約をしている精霊であれば、契約の範囲で意思の疎通をできるという程度です。――ですが、よろしければ、このことはご内密に」
メイジーの緑の瞳が不思議に染まる。だが、彼女は追及しないことを選んだようだった。
「わかりましたわ。誰にも言いません」
「助かります」
控えめな笑みを返し、サイラスはもうひとつを問いかけた。もともと、メイジーとは裏庭で会う予定でいたのだ。
「メイジーさまは、なにか御用でも?」
「あ、いえ。……その、恥ずかしい話なのですが、あまりこのあたりで感じない精霊の気配がしたもので、つい」
「なるほど」
闇の精霊の気配を感知してやってきたと知り、サイラスは頷いた。さすが光の聖女というべきか、少々面倒というべきか。
今後は言伝を受ける場所を寮の自室に限ったほうがよさそうだ。結論づけ、「行きましょうか」とメイジーを裏庭に誘う。集まる場所は一定にしておいたほうが、なにかと都合が良い。
「はい」
素直に応じてくるりとワンピースの裾を翻したメイジーが、改めてという調子で口火を切った。
「あの、サイラスさま。今日も本当にありがとうございます。少しずつではあるのですが、クラスのみなさまとまたお話をできるようになりまして」
「そうですか」
よかったですね、と目元を笑ませる。サイラスにとっても、光の聖女の面目が保たれることは願ってもないことだ。
「メイジーさまが真摯に行動をされた結果と思いますが」
「ありがとうございます。もちろん、精霊のことを理解していただけたことも一因と思うのですが、実はジェラルドさまにも助けていただいて」
「ジェラルドさまに」
「はい。同じクラスとは言え、以前はお話をさせていただく機会は少なかったのですが。ジェラルドさまの懐中時計をお渡しして以来、とても気にかけてくださって」
クラスのみなさんに、ジェラルドさまがお話してくださったのです、とメイジーがはにかむ。その一件からクラスの空気が変わったのだと。
――それは、まぁ、ジェラルド殿下が、光の聖女の力を疑うなと仰った以上、表面上はみな肯定を示すだろうが。
あのジェラルド殿下が、とサイラスは内心で首をひねった。オリヴィアには「お優しい方」と言ったが、表面上の言動を指しただけである。
一見すると冷たく見える兄と違って穏やかで人好きのするタイプだが、内面は真逆とサイラスは思っている。その彼が、兄が拒絶した光の聖女を打算なしに庇い立てをするだろうか。
疑問はあったが、王族である彼をそんなふうに評することなどできるはずもない。サイラスはもう一度「よかったですね」とほほえんだ。「はい」とメイジーが表情をほころばせる。
「お兄さまでいらっしゃるハロルド殿下に失礼なことをしてしまったので、嫌われているのではないかと思っていたのですが。ジェラルドさまもとても優しい方ですね」
そこまで言ってから、あ、とメイジーは慌てた顔で言い足した。
「もちろん、私の行いがすべての原因ではあるのですが。本当に言い訳にもなりませんが、入学した当初の私は浮かれていたのです。その調子で、殿下の光の庭に足を踏み入れてしまって」
「光の庭」
「ええ。ときたま精霊が生み出すことのある空間なのですが。あれほど立派なものを見たのははじめてで、つい、精霊に誘われるがまま」
まだあったのか、とサイラスは驚いた。誰にでも視えるわけではなく、誰でも招かれるわけではない、秘密の空間。自分が最後に足を踏み入れたのは、いったいいつだっただろうか。
「プライベートな空間に。お恥ずかしい限りです。本当にどうかしていたのですわ」
言葉のとおり恥じるように、メイジーは頬を薄く染めた。
はじめて裏庭で言葉を交わした際も、彼女は自分の言動を心底反省している様子だった。講堂でハロルドにはっきりと拒絶され、我に返ったのだろうか。
あのときの彼女は随分と取り乱した様子だったが、と思い返したところで、サイラスは引っかかりを覚えた。
そういえば、彼女はあのときおかしなことを言っていた。この国に生きる人間が、知るはずのない言葉。
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