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光の聖女編
8.ある転生者の告白(後編)
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本心からの謝意と伝わったのか、メイジーは気恥ずかしそうに目元を染めた。その彼女がなにかを言おうとしたタイミグで朗らかな声が響いた。
「おや、メイジー嬢。こんなところにいたのか」
「ジェラルドさま。……エズラさまも」
「授業が終わってすぐにどこかに行ってしまったから気になってね。裏庭にはよく?」
ハロルドに似た青い瞳がメイジーだけを捉え、優しげにほほえむ。彼に付き従う金髪の長身はジェラルド第二王子と近しい伯爵家のエズラ・ロバーツだ。
ジェラルドのみならず一学年上のエズラとも面識があるらしく、「ええ」と笑顔で応じたメイジーが一歩踏み出そうとした、正にそのとき。彼女の周囲が一挙に慌ただしくなった。小さな光が集まって点滅し、鳥に似た甲高い声がわんわんと脳内で反響をする。精霊の警告。
その警告は、メイジーの遥か頭上、倉庫となっている建物の屋上に向かっている。
見上げた上空で捉えた落下物に、内ポケットから得物を取り出そうして、だが、サイラスは伸ばす手の方向を変えた。弾けば破片がいっそう周囲に飛びかねないというのは建前で、ジェラルドとエズラの目に留めたくなかったのだ。
驚きで立ち竦むメイジーを、強引に引き寄せる。直後、彼女が先ほどまでいた場所に、両手で抱えるほどの大きさの植木鉢が落下した。
屋上から落ちたそれは、粉々に砕け散っている。固まっているメイジーを離し、サイラスは問いかけた。警告を発していた精霊は、犯人の逃走経路を示すように光の点となって空に続いている。
「申し訳ありません、大丈夫ですか」
「え? え、今のは……」
「植木鉢ですね」
おまけに、しっかりと中に土まで詰まった。精霊が犯人を承知している以上、庇護すべき人間を置いてまで、入り組んだ倉庫群に踏み入る理由はない。
青い顔で植木鉢を凝視していたメイジーの視線が、ゆっくりと上を向く。光の軌跡を辿る動きに、犯人に続く道しるべになっていることをサイラスは確信した。
共犯者がいないらしいことも、小さきものが屋上に対する興味を失った事実で明らかだ。そして。
――狙いは彼女だったな。
万が一、当たっていたらどうなっていたのかという想像が、どこまで正確にできていたかは知らないが。
加えて言うならば、ジェラルドが居合わせたことは、最悪の偶然だったに違いない。
「メイジー嬢、怪我は……」
「ジェラルド殿下、近づかれないほうが」
「いえ。もう立ち去ったかと」
近づこうとしたジェラルドと、彼を制したエズラに向かい、やんわりと進言をする。
あからさまに不審な瞳を返したエズラと違い、ジェラルドは王族らしい優雅な所作で首を傾げた。
「サイラス。心当たりでも?」
「心当たりはありませんが、彼女の精霊が教えてくれるのではないかと」
その言葉にはっとしたように、メイジーがサイラスを見る。だが、サイラスがそれ以上を言う気がないと悟ると、ジェラルドに向き直った。
ジェラルドもエズラも精霊の気配を感知する力はあるのだろうが、現状の言動から察するに軌跡を目視することはできていないらしい。
こういった場面で、光の聖女の存在は絶大だ。むろん、彼女の能力を信じている者に限る話ではあるのだが。
「サイラスさまの仰るとおりです。精霊が警告と、――今は、道しるべを」
「なるほど。では、メイジー嬢が示す道をたどれば、手を滑らせた不届きものに行き当たると。そういうことかな」
「はい。おそらくは。あの建物には、もう誰もいませんわ」
自分が狙われた事実に恐怖を覚えているのか、あるいは、犯人を予想しているのか。沈痛な表情で目を伏せたメイジーに代わり、サイラスは申し出た。
「ジェラルドさま。そちらは私が」
「そうだね」
サイラスを一瞥し、ジェラルドは納得した顔で頷いた。
「こういった仕事は、たしかにきみが適任だ」
「ええ、まったく仰るとおりです。なにせ、ノット家は、『悪魔の血』を引き継いでいらっしゃる」
「『悪魔の血』……ですか?」
「光の聖女さまが気にするようなことでは。――まぁ、もし、ご不安を覚えるようでしたら、お近づきにならないこともひとつかと思いますが」
いつものことと慇懃無礼なエズラの言を黙殺し、サイラスはジェラルドにもうひとつも申し出た。
「王立騎士団にも私から」
「ローガンか」
王立騎士団に所属する次兄の名前を呟いたジェラルドは、そうだね、とゆったりと了承を示した。
「よろしく頼むよ、サイラス」
「では、ジェラルドさま。学園のほうには私から」
「そうだね、エズラ。よろしく頼む。もし、万が一、光の聖女を狙ったというのであれば、許しがたいことだよ」
重大なことだと周知する調子で、ジェラルドの瞳が憂いだ青になる。メイジーはそっと彼を見つめ、芝居がかった仕草でエズラが同意を示す。
その光景に、サイラスはどこか冷めた心地で立ち会った。ハロルドよりも少し濃い銀色の髪が風に揺れ、ジェラルドはぐるりと裏庭を見渡した。そうして、彼は宣言をする。
「兄さまの思惑はともあれ、私は光の聖女をとても大切に思っている。そのことを、もっとみなにわかってもらわないとならないね」
「おや、メイジー嬢。こんなところにいたのか」
「ジェラルドさま。……エズラさまも」
「授業が終わってすぐにどこかに行ってしまったから気になってね。裏庭にはよく?」
ハロルドに似た青い瞳がメイジーだけを捉え、優しげにほほえむ。彼に付き従う金髪の長身はジェラルド第二王子と近しい伯爵家のエズラ・ロバーツだ。
ジェラルドのみならず一学年上のエズラとも面識があるらしく、「ええ」と笑顔で応じたメイジーが一歩踏み出そうとした、正にそのとき。彼女の周囲が一挙に慌ただしくなった。小さな光が集まって点滅し、鳥に似た甲高い声がわんわんと脳内で反響をする。精霊の警告。
その警告は、メイジーの遥か頭上、倉庫となっている建物の屋上に向かっている。
見上げた上空で捉えた落下物に、内ポケットから得物を取り出そうして、だが、サイラスは伸ばす手の方向を変えた。弾けば破片がいっそう周囲に飛びかねないというのは建前で、ジェラルドとエズラの目に留めたくなかったのだ。
驚きで立ち竦むメイジーを、強引に引き寄せる。直後、彼女が先ほどまでいた場所に、両手で抱えるほどの大きさの植木鉢が落下した。
屋上から落ちたそれは、粉々に砕け散っている。固まっているメイジーを離し、サイラスは問いかけた。警告を発していた精霊は、犯人の逃走経路を示すように光の点となって空に続いている。
「申し訳ありません、大丈夫ですか」
「え? え、今のは……」
「植木鉢ですね」
おまけに、しっかりと中に土まで詰まった。精霊が犯人を承知している以上、庇護すべき人間を置いてまで、入り組んだ倉庫群に踏み入る理由はない。
青い顔で植木鉢を凝視していたメイジーの視線が、ゆっくりと上を向く。光の軌跡を辿る動きに、犯人に続く道しるべになっていることをサイラスは確信した。
共犯者がいないらしいことも、小さきものが屋上に対する興味を失った事実で明らかだ。そして。
――狙いは彼女だったな。
万が一、当たっていたらどうなっていたのかという想像が、どこまで正確にできていたかは知らないが。
加えて言うならば、ジェラルドが居合わせたことは、最悪の偶然だったに違いない。
「メイジー嬢、怪我は……」
「ジェラルド殿下、近づかれないほうが」
「いえ。もう立ち去ったかと」
近づこうとしたジェラルドと、彼を制したエズラに向かい、やんわりと進言をする。
あからさまに不審な瞳を返したエズラと違い、ジェラルドは王族らしい優雅な所作で首を傾げた。
「サイラス。心当たりでも?」
「心当たりはありませんが、彼女の精霊が教えてくれるのではないかと」
その言葉にはっとしたように、メイジーがサイラスを見る。だが、サイラスがそれ以上を言う気がないと悟ると、ジェラルドに向き直った。
ジェラルドもエズラも精霊の気配を感知する力はあるのだろうが、現状の言動から察するに軌跡を目視することはできていないらしい。
こういった場面で、光の聖女の存在は絶大だ。むろん、彼女の能力を信じている者に限る話ではあるのだが。
「サイラスさまの仰るとおりです。精霊が警告と、――今は、道しるべを」
「なるほど。では、メイジー嬢が示す道をたどれば、手を滑らせた不届きものに行き当たると。そういうことかな」
「はい。おそらくは。あの建物には、もう誰もいませんわ」
自分が狙われた事実に恐怖を覚えているのか、あるいは、犯人を予想しているのか。沈痛な表情で目を伏せたメイジーに代わり、サイラスは申し出た。
「ジェラルドさま。そちらは私が」
「そうだね」
サイラスを一瞥し、ジェラルドは納得した顔で頷いた。
「こういった仕事は、たしかにきみが適任だ」
「ええ、まったく仰るとおりです。なにせ、ノット家は、『悪魔の血』を引き継いでいらっしゃる」
「『悪魔の血』……ですか?」
「光の聖女さまが気にするようなことでは。――まぁ、もし、ご不安を覚えるようでしたら、お近づきにならないこともひとつかと思いますが」
いつものことと慇懃無礼なエズラの言を黙殺し、サイラスはジェラルドにもうひとつも申し出た。
「王立騎士団にも私から」
「ローガンか」
王立騎士団に所属する次兄の名前を呟いたジェラルドは、そうだね、とゆったりと了承を示した。
「よろしく頼むよ、サイラス」
「では、ジェラルドさま。学園のほうには私から」
「そうだね、エズラ。よろしく頼む。もし、万が一、光の聖女を狙ったというのであれば、許しがたいことだよ」
重大なことだと周知する調子で、ジェラルドの瞳が憂いだ青になる。メイジーはそっと彼を見つめ、芝居がかった仕草でエズラが同意を示す。
その光景に、サイラスはどこか冷めた心地で立ち会った。ハロルドよりも少し濃い銀色の髪が風に揺れ、ジェラルドはぐるりと裏庭を見渡した。そうして、彼は宣言をする。
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