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光の聖女編
10.ある傍観者の使命(後編)
コンラット・エイベルが心身の調子を崩し退学するという事実は、真偽不詳の噂を纏いながら、あっというまに学園に広まった。
神妙な顔をしたメイジーがサイラスの教室を訪ねたのは、その日から一週間が経ってからのことだった。
「あの、サイラスさま」
ひさしぶりに現れた光の聖女が、少し前まで追いかけ回していたハロルドではなくサイラスを呼んだことに、教室の空気はひっそりと騒めいている。
だが、メイジーはまったく気がつかない様子で、とうとつと言い募った。
「その……、少しよろしいでしょうか」
「かまいませんが」
ちらりとハロルドを窺ったものの、彼はなにの反応も見せなかった。騒めきにも光の聖女にもいっさいの興味を示さず、静かに読書をする横顔。
あいかわらず、彼の周囲には薄いベールがあるかのようだ。メイジーに視線を戻し、席を立つ。
どのような話かは知らないが、少なくとも教室でする類のものではないだろう。
「移動しましょう」
「すみません、お昼に」
恐縮したふうに頭を下げたメイジーは、到着した裏庭でぽつりと訳を話した。
「ただ、最近はあまり裏庭にいらっしゃらなかったので。お昼ならお会いできるかと」
「それはかまいませんが、どうされたのですか」
ここ最近、裏庭に顔を出さなかったことは事実だが、毎日会う約束をしていたわけではない。
それに、メイジーの「失せもの探し」は、ジェラルドが改めて大々的に彼女に感謝を伝えたことで一段落をしたはずだ。
彼が言った「大切に思っていることをわかってもらわないと」を実践した結果に違いない。さらりと流したサイラスを見つめ、メイジーは華奢な手を握りしめた。
「コンラットさまのことです。ジェラルドさまは私が気にすることではないと仰るばかりで教えてくださいませんでしたので」
「ジェラルド殿下がそう仰るのなら、知る必要のないことなのでしょう」
「ですが」
「光の聖女が気に留めることではないとお考えなのではないでしょうか」
「ですが」
繰り返した直後、メイジーはすっと息を吐いた。意思を宿した瞳で、はっきりと問い質す。
「サイラスさまはわかっていらっしゃるはずです。あのときのコンラットさまはふつうではなかった」
「買い被りです」
真剣さの中に探る色をはらんだ緑を、まっすぐにサイラスは見返した。
「私はあなたほど精霊を視る力はありません。もちろん、コミュニケーションを取る力も」
家付きの精霊と最低限のコミュニケーションを取る力があることは少なくはあるが、希少なことではない。現に、自分の父も、兄も行使している。光の庭を生み出すハロルドもそうだろう。ただ、メイジーだけが違うのだ。
「メイジーさまは私よりよほどご存じと思いますが、精霊は善き隣人とは限りません。あなたがふつうではなかったと言うのなら、精霊の気にあてられたのやもしれませんね」
「サイラスさま」
「もちろん、ただの推測ではありますし、そういった気がなければ、表出することもなかったとは思いますが」
にこりとほほえんだサイラスと裏腹に、メイジーは固い表情を崩さなかった。
令嬢らしからぬ天真爛漫さで心のうちの感情を隠さない彼女が見せた硬質な――ともすれば攻撃的な態度を、サイラスはもう一度笑った。なんだ、そんな顔もできるのではないか。
「サイラスさまは、そのようにお習いになりましたか。精霊が精神の弱気に影響を与えると」
「そうですね。我が家にいるのは闇の精霊ですから。弱みを見せれば呑まれます」
淡々とサイラスは事実を伝えた。
「おのれを律するように、とは厳しく言われ育ちました。ですが、当然のことであると思います」
生き物の本能として彼らは気まぐれだが、力のあるものに逆らうことはない。つまり、明確なパワーバランスを維持することが叶えば、従属させることはできるのだ。それが、家付きの精霊。だから、自分は、弱みを持つことはしない。
幼く未熟だった時分、呑まれそうになったサイラスを救ってくれたあの人に、そう誓ったのだ。
「メイジーさま。これはあなたを批判する意図はないことですが、家付きの精霊は、契約精霊です。お友達ではない。誰も彼もがあなたのような接し方をできるわけではありません。また、行うべきとも思いません」
「サイラスさま」
「だからこそ、あなたは光の聖女なわけですが。それだけのことです」
自分とはまったく違う。だが、そこに妬みなどと言った感情は皆無だ。同時に、彼女に理解を求めているわけでもない。
目元を笑ませ、サイラスは話の終わりを告げた。
コンラットのことは、メイジーは巻き込まれただけだ。ジェラルドはちょうどいいとメイジーを大切と公言した。そうである以上、今、このタイミングで、第一王子と近しいとされている自分が、彼女に接近をすることは外聞の良い話ではない。
それに、彼女は、前世の記憶を持っている。よほどの悪手を打たない限り、正しい選択をするだろう。
ほんの数週間前までハロルドを運命と信じ、追いかけていたように。彼女が選ぶ相手が、ジェラルドになることはないはずだ。
「それでは」
静かにほほえみ、サイラスは踵を返した。メイジーの声がかかることはなかったが、抗議を代行するように小さな光がふたつ、みっつと自分の周囲をちかちかと浮遊している。追い払うことはせず、サイラスは歩みを進めた。
自分の家の精霊とは異なる、光の聖女のおつきの精霊だ。そそのかして操るような陰湿な真似はするまい。
案の定、少し歩いたところで光は後方に舞い戻った。メイジーが呼び戻したのかもしれない。
――光の聖女、か。
この国に幸いをもたらし、ハロルドを幸福に導く存在。だからこそ、聖女らしく在り続けてもらわないと困るのだ。
素朴で清く正しい心を持ち、彼の心を溶かす聖女。自分には死んでもできない芸当だ。
最後に彼の自然な表情を見たのは、いつだっただろうか。ほんの少し冷たさの薄らいだ春の風が、不吉と称される黒い髪を揺らしていく。視界に過った色に、サイラスはそっと息を吐いた。
この色は、嫌いだ。
神妙な顔をしたメイジーがサイラスの教室を訪ねたのは、その日から一週間が経ってからのことだった。
「あの、サイラスさま」
ひさしぶりに現れた光の聖女が、少し前まで追いかけ回していたハロルドではなくサイラスを呼んだことに、教室の空気はひっそりと騒めいている。
だが、メイジーはまったく気がつかない様子で、とうとつと言い募った。
「その……、少しよろしいでしょうか」
「かまいませんが」
ちらりとハロルドを窺ったものの、彼はなにの反応も見せなかった。騒めきにも光の聖女にもいっさいの興味を示さず、静かに読書をする横顔。
あいかわらず、彼の周囲には薄いベールがあるかのようだ。メイジーに視線を戻し、席を立つ。
どのような話かは知らないが、少なくとも教室でする類のものではないだろう。
「移動しましょう」
「すみません、お昼に」
恐縮したふうに頭を下げたメイジーは、到着した裏庭でぽつりと訳を話した。
「ただ、最近はあまり裏庭にいらっしゃらなかったので。お昼ならお会いできるかと」
「それはかまいませんが、どうされたのですか」
ここ最近、裏庭に顔を出さなかったことは事実だが、毎日会う約束をしていたわけではない。
それに、メイジーの「失せもの探し」は、ジェラルドが改めて大々的に彼女に感謝を伝えたことで一段落をしたはずだ。
彼が言った「大切に思っていることをわかってもらわないと」を実践した結果に違いない。さらりと流したサイラスを見つめ、メイジーは華奢な手を握りしめた。
「コンラットさまのことです。ジェラルドさまは私が気にすることではないと仰るばかりで教えてくださいませんでしたので」
「ジェラルド殿下がそう仰るのなら、知る必要のないことなのでしょう」
「ですが」
「光の聖女が気に留めることではないとお考えなのではないでしょうか」
「ですが」
繰り返した直後、メイジーはすっと息を吐いた。意思を宿した瞳で、はっきりと問い質す。
「サイラスさまはわかっていらっしゃるはずです。あのときのコンラットさまはふつうではなかった」
「買い被りです」
真剣さの中に探る色をはらんだ緑を、まっすぐにサイラスは見返した。
「私はあなたほど精霊を視る力はありません。もちろん、コミュニケーションを取る力も」
家付きの精霊と最低限のコミュニケーションを取る力があることは少なくはあるが、希少なことではない。現に、自分の父も、兄も行使している。光の庭を生み出すハロルドもそうだろう。ただ、メイジーだけが違うのだ。
「メイジーさまは私よりよほどご存じと思いますが、精霊は善き隣人とは限りません。あなたがふつうではなかったと言うのなら、精霊の気にあてられたのやもしれませんね」
「サイラスさま」
「もちろん、ただの推測ではありますし、そういった気がなければ、表出することもなかったとは思いますが」
にこりとほほえんだサイラスと裏腹に、メイジーは固い表情を崩さなかった。
令嬢らしからぬ天真爛漫さで心のうちの感情を隠さない彼女が見せた硬質な――ともすれば攻撃的な態度を、サイラスはもう一度笑った。なんだ、そんな顔もできるのではないか。
「サイラスさまは、そのようにお習いになりましたか。精霊が精神の弱気に影響を与えると」
「そうですね。我が家にいるのは闇の精霊ですから。弱みを見せれば呑まれます」
淡々とサイラスは事実を伝えた。
「おのれを律するように、とは厳しく言われ育ちました。ですが、当然のことであると思います」
生き物の本能として彼らは気まぐれだが、力のあるものに逆らうことはない。つまり、明確なパワーバランスを維持することが叶えば、従属させることはできるのだ。それが、家付きの精霊。だから、自分は、弱みを持つことはしない。
幼く未熟だった時分、呑まれそうになったサイラスを救ってくれたあの人に、そう誓ったのだ。
「メイジーさま。これはあなたを批判する意図はないことですが、家付きの精霊は、契約精霊です。お友達ではない。誰も彼もがあなたのような接し方をできるわけではありません。また、行うべきとも思いません」
「サイラスさま」
「だからこそ、あなたは光の聖女なわけですが。それだけのことです」
自分とはまったく違う。だが、そこに妬みなどと言った感情は皆無だ。同時に、彼女に理解を求めているわけでもない。
目元を笑ませ、サイラスは話の終わりを告げた。
コンラットのことは、メイジーは巻き込まれただけだ。ジェラルドはちょうどいいとメイジーを大切と公言した。そうである以上、今、このタイミングで、第一王子と近しいとされている自分が、彼女に接近をすることは外聞の良い話ではない。
それに、彼女は、前世の記憶を持っている。よほどの悪手を打たない限り、正しい選択をするだろう。
ほんの数週間前までハロルドを運命と信じ、追いかけていたように。彼女が選ぶ相手が、ジェラルドになることはないはずだ。
「それでは」
静かにほほえみ、サイラスは踵を返した。メイジーの声がかかることはなかったが、抗議を代行するように小さな光がふたつ、みっつと自分の周囲をちかちかと浮遊している。追い払うことはせず、サイラスは歩みを進めた。
自分の家の精霊とは異なる、光の聖女のおつきの精霊だ。そそのかして操るような陰湿な真似はするまい。
案の定、少し歩いたところで光は後方に舞い戻った。メイジーが呼び戻したのかもしれない。
――光の聖女、か。
この国に幸いをもたらし、ハロルドを幸福に導く存在。だからこそ、聖女らしく在り続けてもらわないと困るのだ。
素朴で清く正しい心を持ち、彼の心を溶かす聖女。自分には死んでもできない芸当だ。
最後に彼の自然な表情を見たのは、いつだっただろうか。ほんの少し冷たさの薄らいだ春の風が、不吉と称される黒い髪を揺らしていく。視界に過った色に、サイラスはそっと息を吐いた。
この色は、嫌いだ。
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