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悪役令嬢編
15.謀(前編)
「前世? げーむ? サイラス、おまえはいったいなにを言っている」
頭の中にずっとある、おぼろげな記憶。自分の中に、自分の知らない世界が散見する理由がわからず、幼いサイラスは戸惑っていた。
このまま放っておけば、頭がごちゃごちゃになってしまいそうで、だから、一番身近だった二番目の兄に相談することを決めたのだ。
一番上の兄は当時すでに王立学園に入学して家を離れており、父と母はこんなことを相談できる相手ではなかったからだ。厳しいけれど、ローガンは、いつも自分とハロルドを見守っていてくれた。
だから、聞く耳を持ってくれるのではないかと期待をした。だが、ローガンは怪訝な顔を隠さなかった。
不快に眉をひそめて息を吐き、いかにもしかたないという態度で声音を和らげる。幼い弟に言い聞かせるというよりは、言い包める調子だった。
「いいか、サイラス。頭がおかしいと思われたくなければ、その話は今後いっさい誰にもしないことだ」
「ですが」
「とくに殿下には」
「……ですが」
「殿下のおそばにいることが叶わなくなったら、おまえも困るだろう?」
頭がおかしいと判断をされたら、今の立場を奪われる。その恐怖で、サイラスは反論を呑み込んだ。
よくわからない記憶で頭がぐちゃぐちゃになることは嫌だった。けれど、ハロルドと一緒にいることができなくなることは、もっと、ずっと嫌だった。
小さく「はい」と頷いたサイラスの頭を、次兄の手のひらが撫でる。めったとない接触だったせいか、犬猫を撫でるような調子だった。
だが、そんなふうに思うことができるようになったのも、ハロルドのおかげなのだ。ハロルドが優しく自分に触れるからこそ、兄に無条件に愛されているわけではないと知ることができた。
自分に価値があるのは、兄が自分を構うのは、自分が第一王位継承者のハロルドの近くにいるからだ。だが、その価値を知る兄だからこそ、間違いはないとわかった。
兄の言うとおりにしよう。サイラスは自分に言い聞かせた。兄の言うことを守っていれば、ハロルドのそばにいることができるのであれば。それでいい。だから。
優しい彼が「なにか悩みごとでもあるのか」と気にかけてくれたときも、サイラスは事実を明かすことを選ばなかった。
「まぁ、素敵。ですが、本当によろしいのですか?」
弾んだメイジーの声に呼応するように、きらきらと光が瞬く。比喩ではなく、物理的な現象の話である。視界を過った眩しさに、サイラスは光源に視線を向けた。
学内にあるカフェテリアのオープンテラスの一角で、メイジーとジェラルドがテーブルを挟んでいる。珍しいことに、エズラの姿はない。これは、デートというやつなのだろうか。
――乙女ゲームには、さまざまなエンディングがあるんです。プレイする人間の選択によって、ヒロインのルートが分岐していくということなのですが。そう思うと、人生となにも変わりませんね。
そうサイラスに言ったのは、「失せもの探し」中だったメイジーだ。自分と異なり、詳細に前世を覚えているらしい彼女は、現世も楽しいが前世の話を共有できることも楽しいのだと笑い、サイラスが尋ねた事象に快活な答えを返した。
王道と称されるハッピーエンドは王子と結ばれるものだが、彼以外にも攻略対象者と呼ばれる男子生徒が複数おり、そちらと結ばれるルートもあるということ。そうして、そちらのルートには――。
「あら、サイラスさま」
唐突に振り向いたメイジーに笑顔で呼ばれてしまい、サイラスは控えめにほほえんだ。
メイジーには申し訳ないが、ジェラルドの機嫌を損ねると面倒なことになる。会釈ひとつで立ち去るつもりだったのだが、予想外にジェラルドが「ちょっといいかな」とサイラスを引き留めた。
頭の中にずっとある、おぼろげな記憶。自分の中に、自分の知らない世界が散見する理由がわからず、幼いサイラスは戸惑っていた。
このまま放っておけば、頭がごちゃごちゃになってしまいそうで、だから、一番身近だった二番目の兄に相談することを決めたのだ。
一番上の兄は当時すでに王立学園に入学して家を離れており、父と母はこんなことを相談できる相手ではなかったからだ。厳しいけれど、ローガンは、いつも自分とハロルドを見守っていてくれた。
だから、聞く耳を持ってくれるのではないかと期待をした。だが、ローガンは怪訝な顔を隠さなかった。
不快に眉をひそめて息を吐き、いかにもしかたないという態度で声音を和らげる。幼い弟に言い聞かせるというよりは、言い包める調子だった。
「いいか、サイラス。頭がおかしいと思われたくなければ、その話は今後いっさい誰にもしないことだ」
「ですが」
「とくに殿下には」
「……ですが」
「殿下のおそばにいることが叶わなくなったら、おまえも困るだろう?」
頭がおかしいと判断をされたら、今の立場を奪われる。その恐怖で、サイラスは反論を呑み込んだ。
よくわからない記憶で頭がぐちゃぐちゃになることは嫌だった。けれど、ハロルドと一緒にいることができなくなることは、もっと、ずっと嫌だった。
小さく「はい」と頷いたサイラスの頭を、次兄の手のひらが撫でる。めったとない接触だったせいか、犬猫を撫でるような調子だった。
だが、そんなふうに思うことができるようになったのも、ハロルドのおかげなのだ。ハロルドが優しく自分に触れるからこそ、兄に無条件に愛されているわけではないと知ることができた。
自分に価値があるのは、兄が自分を構うのは、自分が第一王位継承者のハロルドの近くにいるからだ。だが、その価値を知る兄だからこそ、間違いはないとわかった。
兄の言うとおりにしよう。サイラスは自分に言い聞かせた。兄の言うことを守っていれば、ハロルドのそばにいることができるのであれば。それでいい。だから。
優しい彼が「なにか悩みごとでもあるのか」と気にかけてくれたときも、サイラスは事実を明かすことを選ばなかった。
「まぁ、素敵。ですが、本当によろしいのですか?」
弾んだメイジーの声に呼応するように、きらきらと光が瞬く。比喩ではなく、物理的な現象の話である。視界を過った眩しさに、サイラスは光源に視線を向けた。
学内にあるカフェテリアのオープンテラスの一角で、メイジーとジェラルドがテーブルを挟んでいる。珍しいことに、エズラの姿はない。これは、デートというやつなのだろうか。
――乙女ゲームには、さまざまなエンディングがあるんです。プレイする人間の選択によって、ヒロインのルートが分岐していくということなのですが。そう思うと、人生となにも変わりませんね。
そうサイラスに言ったのは、「失せもの探し」中だったメイジーだ。自分と異なり、詳細に前世を覚えているらしい彼女は、現世も楽しいが前世の話を共有できることも楽しいのだと笑い、サイラスが尋ねた事象に快活な答えを返した。
王道と称されるハッピーエンドは王子と結ばれるものだが、彼以外にも攻略対象者と呼ばれる男子生徒が複数おり、そちらと結ばれるルートもあるということ。そうして、そちらのルートには――。
「あら、サイラスさま」
唐突に振り向いたメイジーに笑顔で呼ばれてしまい、サイラスは控えめにほほえんだ。
メイジーには申し訳ないが、ジェラルドの機嫌を損ねると面倒なことになる。会釈ひとつで立ち去るつもりだったのだが、予想外にジェラルドが「ちょっといいかな」とサイラスを引き留めた。
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