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悪役令嬢編
21.幕間(後編)
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「そうですね。昔から親しくはしているようですが、エズラさまはジェラルドさまと行動をともにされることが多いので。特別に親しいということはないのではないでしょうか」
まぁ、遊ぶことが好きな者同士、通じるところはあるのだろうが。最低限の分別があるあいだは、こちらが付き合いをやめろと強要できることではない。
「それはそうと、ジェラルドさまのパーティーはいかがでしたか。精霊を集めていらっしゃったようですが、ドレスの代わりを贈ることはお叶いになりましたか」
「ありがとうございます」
はにかんだ顔でメイジーはそっと両手を合わせた。彼女の周囲できらきらと美しい星が散る。ジェラルドにある程度以上の好意を持っていることを示すように。
「サイラスさまが仰ってくださったとおりで、お返しなんて求めていないと笑っておいででしたが、それでも、精霊の祝福のようだと喜んでくださいました」
にこりとした顔で言い、メイジーはいかにも大切そうに言葉を綴った。
「ジェラルド殿下には感謝しています。あの方がいらっしゃらなければ、私が再び認められることはなかったと思いますから」
それは、メイジーのことを光の聖女だ、と。自分にとっての大切な者なのだ、と。ジェラルドが宣言したことを指しているに違いなかった。
選ばなかった兄に対する対抗心に思えてしかたがないのだが、彼女にとっては正しく救いになってしまったのかもしれない。
うれしそうなメイジーを複雑な心境で見つめたまま、サイラスは「そうですか」と無難な相槌を繰り返した。
あのパーティーの夜も、ハロルドはメイジーにまったく興味のない様子だった。そうして、そのあとも。
ハロルドはなにも喋らず、自分もまた喋る言葉を持たなかった。彼の機嫌を損ねた理由を理解できないままの謝罪では、なにの意味もないとわかっていたからだ。
頑なと言っていい硬質な横顔を思い出しながら、ただ、とサイラスは思った。あのときの自分の言動のなにがそこまで彼の気に障ったのか、結局、今もわからないでいる。
「あら」
メイジーの声に、サイラスは視線を動かした。彼女の視線の先にいるのは、オリヴィアとレオだ。いつかのように身を寄せ合って歩いているわけではないものの、遠目でもオリヴィアの横顔は楽しげだった。あまりにも楽しげで、幼くすら見える。
――まだ、あんな顔もできたんだな。
大昔、オリヴィアが幼かったころは、自分たちの前でも無邪気な顔を見せることはあった。だが、年を重ねるにつれ、当然と貴族の令嬢然としたすまし顔が増えるようになった。
そういう意味では、本当にメイジーが異端なのだ。異端のくるくると変わる表情を、彼女はほほえましいものに染めた。
「オリヴィアさまだわ。レオさんも。サイラスさまはレオさんとも昔からのお知り合いなのですか? 馬車でご一緒させていただいたのですが、とても物静かな方ですね」
「彼は……」
オリヴィアが幼いころに拾った少年で、という事実を、サイラスは呑み込んだ。わざわざ彼女に言うようなことではない。
「オリヴィア嬢の専属の使用人でもありますから。オリヴィア嬢以外の人間とは、あまり会話はしないかもしれませんね」
「そうですのね。でも、オリヴィアさま、すごく楽しそう。あたりまえのことかもしれませんが、信頼をしていらっしゃるのでしょうね」
オリヴィアは両親との仲があまり良好ではない。その彼女にとっての屋敷での心の支えがレオであることは知っていた。
彼が現れたのは、オリヴィアが十になるころのことだったが、そのころからオリヴィアは目に見えて精神が安定するようになった。……まぁ、ついでに、随分と強かにもなったのだが。それはさておいても。
――従者とはそういうものなのだろうな。
信を得て、主のためにのみ尽くし、そして。傲慢な望みではあるのだろうが、主人の心の安らぐ場所になることのできるような人間。
今の自分が、そう在ることができている自信が、サイラスにはまったくと言っていいほどないのだが。
まぁ、遊ぶことが好きな者同士、通じるところはあるのだろうが。最低限の分別があるあいだは、こちらが付き合いをやめろと強要できることではない。
「それはそうと、ジェラルドさまのパーティーはいかがでしたか。精霊を集めていらっしゃったようですが、ドレスの代わりを贈ることはお叶いになりましたか」
「ありがとうございます」
はにかんだ顔でメイジーはそっと両手を合わせた。彼女の周囲できらきらと美しい星が散る。ジェラルドにある程度以上の好意を持っていることを示すように。
「サイラスさまが仰ってくださったとおりで、お返しなんて求めていないと笑っておいででしたが、それでも、精霊の祝福のようだと喜んでくださいました」
にこりとした顔で言い、メイジーはいかにも大切そうに言葉を綴った。
「ジェラルド殿下には感謝しています。あの方がいらっしゃらなければ、私が再び認められることはなかったと思いますから」
それは、メイジーのことを光の聖女だ、と。自分にとっての大切な者なのだ、と。ジェラルドが宣言したことを指しているに違いなかった。
選ばなかった兄に対する対抗心に思えてしかたがないのだが、彼女にとっては正しく救いになってしまったのかもしれない。
うれしそうなメイジーを複雑な心境で見つめたまま、サイラスは「そうですか」と無難な相槌を繰り返した。
あのパーティーの夜も、ハロルドはメイジーにまったく興味のない様子だった。そうして、そのあとも。
ハロルドはなにも喋らず、自分もまた喋る言葉を持たなかった。彼の機嫌を損ねた理由を理解できないままの謝罪では、なにの意味もないとわかっていたからだ。
頑なと言っていい硬質な横顔を思い出しながら、ただ、とサイラスは思った。あのときの自分の言動のなにがそこまで彼の気に障ったのか、結局、今もわからないでいる。
「あら」
メイジーの声に、サイラスは視線を動かした。彼女の視線の先にいるのは、オリヴィアとレオだ。いつかのように身を寄せ合って歩いているわけではないものの、遠目でもオリヴィアの横顔は楽しげだった。あまりにも楽しげで、幼くすら見える。
――まだ、あんな顔もできたんだな。
大昔、オリヴィアが幼かったころは、自分たちの前でも無邪気な顔を見せることはあった。だが、年を重ねるにつれ、当然と貴族の令嬢然としたすまし顔が増えるようになった。
そういう意味では、本当にメイジーが異端なのだ。異端のくるくると変わる表情を、彼女はほほえましいものに染めた。
「オリヴィアさまだわ。レオさんも。サイラスさまはレオさんとも昔からのお知り合いなのですか? 馬車でご一緒させていただいたのですが、とても物静かな方ですね」
「彼は……」
オリヴィアが幼いころに拾った少年で、という事実を、サイラスは呑み込んだ。わざわざ彼女に言うようなことではない。
「オリヴィア嬢の専属の使用人でもありますから。オリヴィア嬢以外の人間とは、あまり会話はしないかもしれませんね」
「そうですのね。でも、オリヴィアさま、すごく楽しそう。あたりまえのことかもしれませんが、信頼をしていらっしゃるのでしょうね」
オリヴィアは両親との仲があまり良好ではない。その彼女にとっての屋敷での心の支えがレオであることは知っていた。
彼が現れたのは、オリヴィアが十になるころのことだったが、そのころからオリヴィアは目に見えて精神が安定するようになった。……まぁ、ついでに、随分と強かにもなったのだが。それはさておいても。
――従者とはそういうものなのだろうな。
信を得て、主のためにのみ尽くし、そして。傲慢な望みではあるのだろうが、主人の心の安らぐ場所になることのできるような人間。
今の自分が、そう在ることができている自信が、サイラスにはまったくと言っていいほどないのだが。
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