運命じゃないエンドロール

木原あざみ

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悪役令嬢編

23.分岐点(中編)

 こちらが口を酸っぱくして注意をしても、従者をパートナーのように扱う行動を改めないくせに、なぜこういうタイミングでひとりで行動をするのか。
 中途半端にメイジーの言うシナリオを辿っている状況に、夜の街をひとり進みながら、サイラスは内心で舌を打った。

 ――それにしても、レオも人使いが荒い。

 オリヴィアが不在と把握した途端に、思い当たる場所がふたつあるから片方に回ってくれときた。こちらが荒事に慣れていると承知していることも理由のひとつだろうが、手あたり次第にもほどがある。
 そう思う気持ちもあったものの、レオが真剣にオリヴィアを心配しているとわかったがために、断りそびれてしまった。

 ――そもそも、なにも起こりようがないと思うが。

 メイジーからゲームの話を聞いていたので少し気になったというだけで、サイラスは心配をしていたわけではない。主催の身元ははっきりとしており、オリヴィアは引き際を心得ている。なにも起こるはずがない。
 それに、とサイラスは思う。自分は、オリヴィアの信用が落ちればいいと願っていたのだ。そのはずが、なんで、こんなところに、と。自身の現状に呆れながらも、レオから聞いたやり方で入店し、店の奥に向かう。奥にある部屋が、いわゆる特別室であるらしい。
 あくまでもお嬢さまが参加をするパーティーに限った話ですが、と前置いて、レオは口早に説明をした。

 ――水煙草やアルコールをたしなむことはありますが、薬に手を出すことはないかと思いますが……。

 ただ、羽目を外す人間がひとりもいないとは限らない、その場の雰囲気に寄っては「今夜は早めに帰りましょう」と促すこともあった、と。そう言っていた。
 そんな場所に、年頃の、仮にも殿下の婚約者である令嬢が単身で参加するとは信じがたいものがある。この事実で、多少なりとも殿下に思うところがあればいいのだが。
 かけられる声をいなしながら、むせるような香水とアルコール、水煙草のにおいが蔓延した通路を抜け、サイラスは目的の部屋の扉を開いた。
 途端に強くなるにおいに、そっと眉をしかめる。けぶる視界の中、男が立ち上がるのが見えた。エズラだ。近づいてきた彼が、慇懃に笑みを浮かべる。中にいるのは男女合わせ十一人。慣れた視界でオリヴィアを見とめ、軽く睨む視線を飛ばす。

「おや、サイラスさま。どうかされましたか? 招待をした覚えはありませんが」
「こちらも招待をされた覚えはないが、オリヴィアがいるだろう」

 口調を丁寧に繕うことも馬鹿らしく、サイラスは淡々と用件を告げた。

「連れて帰る」
「いつもの外面を忘れていらっしゃるようですが、しっかりと外出の許可は取っておりますよ。ジェラルドさまの顔に泥を塗るような真似をするわけがないでしょう」
「だったら、アレン伯爵家にも考慮してくれ。少なくとも、娘が単身でこんな場に参加していると知って、良い顔をする方ではない」
「ちょっと」

 様子を窺っていたらしいオリヴィアが、ソファーに座ったまま声のトーンを跳ね上げる。

「サイラスさま。あなた、またお父さまとなにか」
「可能な範囲で気にかけてくれと言われているだけだ。おまえの普段の言動が原因だろう」

 家の話題を嫌がることを承知で言い捨てれば、オリヴィアが唇を曲げた。珍しくわかりやすい感情の発露に、ひとつ溜息を吐く。

「戻るぞ。今ならまだ黙っていてもいい。それに、レオが気を揉んでいる」

 もうひとつの切り札を出したサイラスに、オリヴィアはいかにも渋々という態度で、「しかたありませんわね」と呟いた。

「サイラスさまに迎えに来ていただいたら、帰らないわけにはいきませんもの」

 気に入りの従者が気を揉んでいると知って、溜飲を下げたに違いない。優雅に立ち上がったオリヴィアはこちらに歩み寄るなり、エズラに向かい唇を吊り上げた。

「今夜はどうも。またおもしろい集いがありましたら、誘ってくださる?」
「オリヴィア」
「ええ、もちろん。その際は、よければ、サイラスさまもどうぞ」
「けっこうだ」

 おざなりに応じ、入ったばかりの部屋を出る。オリヴィアが着いてきていることを確認し、サイラスはそのまま建物の外に出た。治安が悪い場所とは言わないが、そうかと言って、決して良い場所ではない。暗い路地を抜け大通りに出たところで、サイラスは歩みを少し遅くした。
 近くを流れる川のせせらぎのほかは、しんと静まっている。迎えの馬車もなにもないことに気がついたらしいオリヴィアが、呆れたように柳眉を上げた。

「まさかとは思いますけれど、おひとりでここまで?」
「おまえの従者に泣きつかれたんだ」
「泣きつかれたもなにも、その気がなければお断りになればよろしかったのでは? レオがあなたに強要できるはずがないじゃない」

 澄ました顔でオリヴィアが言う。こちらの機嫌の悪さなど、まったくおかまいなしの調子だった。

「もっとも、サイラスさまはひとり遊びにも慣れていらっしゃるのかもしれませんけれど」
「そういうおまえはひとり遊びには慣れていないだろう。それとも本当は慣れていたのか?」

 流さずに嫌味を返したサイラスに、オリヴィアはさらに対抗するようにほほえんだ。こちらが苛立っていることを面白がっているとも取れるそれ。

「さぁ、どうかしら。ただ、私は、あなたほど健気にできていませんから。そうなのかもしれませんわね」
「いいかげんにしろ、オリヴィア。少しくらい、殿下の婚約者としての自覚を持ったらどうなんだ」         

 隠し切れない棘の混ざった声に、オリヴィアは勝ち誇った顔をした。

「少し年が上だからと言って保護者のような顔をしないでくださる? 私、あなたの妹でもなんでもないの。それに、昔はともかく、少なくとも今はあなたより私のほうが殿下の不興をかっていないわ」
「オリヴィア」
「それとも」

 サイラスを見上げ、オリヴィアがわざとらしく声を潜める。

「もしかして、私に嫉妬していらっしゃるの? 口を開けば、殿下の婚約者らしくとそればっかり。でも、そうですわよね。もし、あなたの性別が女だったら、婚約者はまず間違いなくあなただったでしょうもの」
「……誰がそんな話をした」
「私より優秀で、真面目で、品行方正。なにひとつ問題がないわ。あなたが男であるということ以外は」

 一段とトーンの下がったサイラスの声音など気にも留めず、オリヴィアは赤い瞳を細めた。

「ねぇ、サイラスさま。本当におかわいそう」

 ただの挑発だ。あるいは、父親の名前を出したことに対する腹いせだ。承知していたにもかかわらず、胸のうちが騒めくことを止めることができなかった。
 その感情に同調するかのように、サイラスの中の魔剣が笑う。せせらぎの音が強くなり、頭の中で声が響く。それ見たことか、と。
 殿下にふさわしくない人間を、なぜ自分が夜中に迎えに来なければならないのか、と。いや、だが――。
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