好きになれない

木原あざみ

文字の大きさ
29 / 52
好きになれない2

30

しおりを挟む
 思えば、知り合ってから一年も経っていない。それどころか、毎日、顔を合わせていたわけでもない。
 実際に一緒に過ごした時間は、換算すれば驚くほど少ないに決まっている。けれど、時間なんて関係がないのだと思い知った。好きになった。それが一方通行だとわかっていても、そうなってしまったのだ。
 年を跨いで、暦の上で新年を迎えようとも、日和の中ではなにも解決していない。

 ――いや、わかってるんだけどさ。振られたんだろうって。

 実家の炬燵に自堕落に潜り込んだまま、日和はあの夜に思考を馳せた。夏に帰省したときは弟を褒めていたはずの姉はと言えば、年末に戻ってきた日和を一瞥して、「ふぬけた顔に戻っちゃったわね」と一言。そしてそのまま友人との新年会に出かけてしまった。そういえば、高校の同級生のグループラインで、やれ、忘年会だ、新年会だ、と盛り上がっていたなと思い出したが、重たい腰を上げる気にもなれない。
 そんなわけで、半年ぶりに帰省したにも関わらず、日和は一人、家で炬燵に埋もれている。

 ――元旦にじいちゃんのところに行って義理は果たしたし。いいんだって、べつに。あっちに戻るまで、残り二日。だらだらと寝正月したところで。

 父と母のせっかくだからとのお出かけにご相伴する気も、起きようはずがない。いいんだ。日和は内心で繰り返す。これが元来の自分だ。春から夏までの自分がちょっとおかしかったのだ。精力的に活動しすぎた。あれが恋の力だというのなら、いっそのこと、なんか、もう死にたい。
 ブブ、と短く振動したスマートフォンに、面倒臭いと思いながらも日和は手を伸ばした。お年賀メールだなんだ、クソ面倒臭い因習だなと常々思っているが、貰ったものにはきちんと返している。返さないまま、新年が明けて学校で会ったときの気まずさを考えれば、その場で返したほうがまだマシだからだ。

「――ん?」

 表示された珍しい差出人に、日和は炬燵にくっつけていた頬を持ち上げた。優海だ。つぼみのスタッフに一斉送信されたらしいそれは、優海らしい新年の挨拶とスタッフ同士の新年会への誘いが記されていた。

「一月六日か」

 アルバイトの関係で六日には日和は戻っている。参加できない日程ではない。とは言え、適当な理由を付けて断るほうが、本来の自分らしいはずだった。
 眉間に皺を寄せたまま、文面をなぞる。あぁ、でも、この日って、俺、六時半までバイトだ。新年会の場所はつぼみの最寄り駅に近い居酒屋だったが、アルバイト先からだと三十分ほどはかかる。開始時間は七時となっているから、スタートからの参加はできない。
 正当に断る理由が見つかったのに、日和は悩んだ末、挨拶の後に続けて参加の可否を送った。
 バイトがあるので、一時間ほど遅れるかもしれませんが、それでもよければ。

「俺って、こんなに女々しかったのかな」

 いや、女々しいは女々しいと思うのだけれど、そのなんというか。言葉を探すのを諦めて、スマートフォンを机上に臥せる。

「なんで、すぱっと諦められないんだろ……」

 諦めたはずなのに、勝手に言葉が零れ落ちる。溜息を吐いて、日和は机に顔を埋めた。どちらにせよ、あと三ヶ月なのだ。あと三ヶ月すれば、日和はつぼみから離れる。そうなれば、会うこともなくなる。それは事実だ。

 ――おまえのそれは、信じられない。

 リフレインする声に、日和はぎゅっと目を瞑った。自分の言うことを、否定せずに最後まで聞いてくれる人だった。子どもたちの言葉を頭ごなしに否定なんて、絶対にしない人だった。
 信じられないという一言が頭から離れない。信じられない。精一杯を告げたのに、そう言われてしまった。だとしたら、俺はどうしたらよかったんだろう。その答えは、もう自分では見つけられそうになかった。
 あの日以来、真木に逢わないまま、年始年末の休みに突入できたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
 そして、六日は、つぼみの冬休みが明けるより前だ。

 ――だから、つまり、そのほうがいいよな。

 行く理由を自分に言い聞かせる。いきなり火曜日に、子どもたちを前にして顔を合わすよりも、その前に一度、姿を見て、あの人の普通に合わせられるかどうかを確かめたほうがいい。

 ――どうせ、真木さんは普通なんだ。

 顔を合わせるときのショックが少しでも和らぐように、繰り返す。俺、あの人のなにが良かったんだろう。自嘲気味に自問して、――けれど、嫌いになれない。
 このままならさが恋じゃないというのなら、これはいったいなんだというのだ、と。たしかに思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛

虎ノ威きよひ
BL
「満点とっても、どうせ誰も褒めてくれない」 高校2年生の杉菜幸哉《すぎなゆきや》は、いつも一人で黙々と勉強している。 友だちゼロのすみっこぼっちだ。 どうせ自分なんて、と諦めて、鬱々とした日々を送っていた。 そんなある日、イケメンの後輩・椿海斗《つばきかいと》がいきなり声をかけてくる。 「幸哉先輩、いつも満点ですごいです!」 「努力してる幸哉先輩、かっこいいです!」 「俺、頑張りました! 褒めてください!」 笑顔で名前を呼ばれ、思いっきり抱きつかれ、褒められ、褒めさせられ。 最初は「何だこいつ……」としか思ってなかった幸哉だったが。 「頑張ってるね」「えらいね」と真正面から言われるたびに、心の奥がじんわり熱くなっていく。 ――椿は、太陽みたいなやつだ。 お日さま後輩×すみっこぼっち先輩 褒め合いながら、恋をしていくお話です。

処理中です...