精霊地界物語

山梨ネコ

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53 / 68
4巻

4-2

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(――だけど、本当に精霊神教会を潰すことができるなら……)

 あの宗教は魔族を嫌悪しており、魔族を家族に持つエリーゼにとって相容あいいれる余地はない。そして、あの宗教が存在している限り、魔族であるリールは命を狙われ続ける――


 馬車に乗せられたエリーゼは、とある用事を済ませるため一度大聖堂に寄ってもらい、その後に商業ギルドへ向かった。
 商業ギルドのやかたにたどりついたエリーゼたちは、明らかに浮いていた。だが、顔が隠れているからエリーゼは気が楽だった。
 フィンが堂々たる足どりで中へ入っていくので、エリーゼたちはそれについていく。ソマリオラ商会のために貸し出されている会議室につくと、部屋の外で何事かを話していた商人風の青年たちが、エリーゼたちを見て目を丸くした。
 フィンが会議室の扉を開けてくれたので、エリーゼを先頭にして中へ入り、リールとディータがその後に続く。唖然とする人々の顔を見て、エリーゼはレースの陰で苦笑した。彼らが唖然とするのも無理はない。それぐらい派手な格好なのだ。

「こちらへ」

 フィンは当たり前のようにエリーゼを上座へ誘導した。視界の悪いエリーゼの手を、同じく視界が悪いはずのリールが、事もなげに引く。
 椅子に腰かけると、部屋全体が見渡せた。レース越しだからはっきりとは見えないが、一番若そうな出席者でもハルアたちより年上に見える。
 近くに座っている初老の男がエリーゼに問いかけてきた。

「あなたたちは――?」
「マルノ殿の支援者です」
「へえ。わざわざお越しいただいたようですがね、まだマルノが後継者になると決まったわけではありませんよ。あなたたちにとっては、残念な結果になるやもしれません」

 やっぱり、すんなり決まるわけではないらしい。だが、ハルアとマルノは孤児でありながら、この継承会議を開催するまでにこぎつけた。だから心配することはないだろうと思いつつ、エリーゼは会議室を見回す。
 しばらくすると、誰かの舌打ちが密やかとは言い難い音量で部屋に響いた。

「――ちっ、ハルアたちがきた! 奥方様と一緒に来やがった!」

 奥方様というのは、恐らく前代表の奥さんだろう。ハルアたちと一緒に入ってきたその女性は、エリーゼが思っていたより若くて美しかった。女性は部屋に入るなり、優しげな容貌を悲しそうにゆがめて言う。

「この子たちに刺客を差し向けたのは誰です?」

 その言葉に、エリーゼたちの近くに座る初老の男が答える。

「彼らが命を狙われたとしたら、それは彼ら自身の生い立ちが原因でしょうね。あー、バターレイ、でしたかな? そのようないやしい場所で育ったということですから――」

 ばちん、とエリーゼの手の中から音が鳴り、初老の男は口をつぐんだ。男の発言に神経を逆撫でされたエリーゼは、無意識のうちに扇子せんすをぎりぎりと握りしめていたらしい。
 リールがなだめるように、エリーゼの肩に手を置いた。嫌味な初老の男は、興をがれた様子で言う。

「――このたび我らがソマリオラ商会に並々ならぬ投資をしていただいた貴婦人に、どうやら退屈な思いをさせてしまったようですな。そろそろ会議を始めませんか?」
「ええ、そうしましょう。もう無益な言い争いはたくさんです」

 奥方様と呼ばれた女性は、うんざりしたように言うと、入り口に近い下座の席につく。
 ハルアは迷いなくエリーゼに近づいてきて、隣に座った。マルノはその隣に座る。
 ディータとフィンはともかく、リールが立ったままなのが気になり、エリーゼはそちらに視線をやった。だが、リールに無言で頭を正面に戻される。
 全員が席に着くと、ハルアが机に手をつき立ち上がった。

「前回の会議にて、私たちの功績がソマリオラ商会の歴史の中でも類を見ないほど偉大なものであると、皆さんに満場一致で認めていただきました。実力主義を標榜ひょうぼうするソマリオラ商会において、それはすなわち、後継者の決定を意味します。ソマリオラ商会の運営にかかわるあらゆる権利を、仮代表である奥方様より、兄マルノに移譲していただくということです。何か異論はありますか?」
「あるに決まっているだろう!」

 声を荒らげたのは、喧嘩けんかっ早そうな青年だった。ハルアは顔色一つ変えずに切り返す。

「それはつまり、私とマルノを上回る功績を、あなたが過去に上げている、ということでしょうか?」

 青年は、うっと詰まった。するとハルアは早口で畳みかける。

「それとも、これから出る? 近いうちに出る? ――まさかとは思いますが、ソマリオラ商会の実力主義に対する批判でしょうか? 子供たちの中で生まれたのが一番早いのは自分だから、自分が跡継ぎに相応ふさわしいとでも?」
「違う!」

 青年は、机にのせたこぶしをぷるぷると震わせている。ハルアはそれを見慣れている様子だった。恐らくこういったやり取りを、彼らは何度も繰り返しているのだろう。

「そもそも、お前たちが親父の子供である証拠はない!」
「私たちが父の実の子であることは、調べがついています」
「何をどう調べた? 奥方様は、お前たちが失踪した乳姉妹ちきょうだいにそっくりだというだけで、お前たちをその乳姉妹と親父の間に生まれた子だと思い込んでいる! そんなのは証拠にならないんだよ!」

 青年はにやりと笑う。その表情を見据えるハルアは、依然として冷静だった。

「奥方様の乳母うば――つまり私たちの祖母が証言してくれます。マルノ、おばあちゃん連れてきて」
「なっ……乳母は死んだはずじゃ!?」
「生きています。……何者かに殺されかけましたが」

 その言葉に人々がざわつく中、ハルアたちの祖母らしき女性が、歳の割にしゃんと背筋を伸ばして部屋に入ってきた。それを見て人々がヒソヒソとささやき合う様子からは、死んだはずの人間が生きていたことに対する喜びや感動が感じられない。
 魔族がいるハイワーズ家よりも、この家の方がよっぽど殺伐さつばつとしている。エリーゼは辟易へきえきして、背もたれに身体を預けた。

「マルノは確かに旦那様の子供でしょうよ……うちの娘は臨月になると逃げるように帰ってきて、奥方様に申し訳ないと泣きながら、マルノを産み落としたのですからね……」

 ハルアたちの母は、望んで妊娠したわけではなかったのだろう。ハルアたちの父に対する印象は悪くなるばかりだ。たとえハルアたちが彼の実子でなかろうとも、ソマリオラ商会を乗っ取ることに罪悪感を覚える必要はなさそうだった。

「あの子はマルノを産むと、お屋敷に戻ったんですよ。私にマルノを託してね。だけど、私はマルノを育てる気にはなれなかった……望んでもお子を授かれない奥方様に申し訳なくて、教会に捨ててしまいましたよ」
「ここにいるマルノが、本当にその赤子なのかどうかはわからない!」

 青年が鬼の首を取ったように叫んだ。すると、ハルアが再び口を開く。

「次に、教会でマルノを拾った者の証言です。どうぞ入ってきてください」

 ハルアは妙に丁寧な口調で、次なる証人を招いた。
 そして部屋に入ってきたのは、エリーゼも知る人間だった。

「お初にお目にかかります――アーハザンタス精霊神教会の聖女、ヴィルヘルミナと申します」

 萌黄色もえぎいろの髪と目は神秘的なのに、どこか生々しく、俗世ぞくせに生きる女性であることを感じさせる聖女。エリーゼの手の中で大きな音がしたかと思うと、扇子せんすがばらばらになってドレスの上を滑り落ちていく。どうやらまた無意識に強く握りしめていたらしい。ディータが落ちた扇子の破片を素早く拾って隠した。
 エリーゼはハルアを見やったが、ハルアの方はエリーゼの視線に気づかない。エリーゼは舌打ちしたくなった。

「私が拾って孤児院に入れてやった子が、ここにいるマルノで間違いありません」

 ヴィルヘルミナはにっこりと笑って、ハルアたちのために証言した。
 反論できずにいる青年の代わりに、先程の初老の男がヴィルヘルミナをにらみつけて言う。

「赤ん坊がすり替えられている可能性は?」
「誰が何のためにそんなことを?」
「ソマリオラ商会代表の血を引く子ですよ? いずれ何かに使えると思ったのでは?」
「そういった世俗せぞくのことは、私にはよくわかりませんが……孤児院には時間がある限り訪れて、子供たちの面倒を見てきました。彼らの顔を見間違えるなんてありえませんわ」

 ヴィルヘルミナは室内にただよう険悪な空気をものともせず、穏やかな笑みを浮かべて続ける。

「妹のハルアを身ごもって実家に戻った際、マルノが捨てられたことを知ったお母さまは、半狂乱で私のもとを訪れました。まさに母性の権化ごんげでしたわ。精霊神の御加護はああいう方にこそ与えられるべきですね。彼女は孤児院からマルノを連れ出し、バターレイ近くの貧民街で二人を育てることを決心なさいました。私もよく相談に乗らせていただきましたわ。彼女が流行はややまいで亡くなってしまうまで――」

 エリーゼはその痛ましい話に、無表情で耳を傾けた。マルノとハルアは幼い頃に母親を亡くし、精霊神教会に頼って生きていたという。そんな二人にとって、ヴィルヘルミナは母親代わりと言ってもいい存在なのではないだろうか。

(二人は私とヴィルヘルミナ、どっちを選ぶかな)

 エリーゼのために動いてくれると言った矢先に、ハルアはエリーゼに反旗はんきひるがえし、ヴィルヘルミナの命令でリールを殺しに来るかもしれない。
 初老の男が脂汗あぶらあせをかきながらも、再び口を開く。

「私としては妖精との交易ルートを開拓した時点で、君たちを次期代表にしたいと思っていたよ。ディアストール商会がほぼ独占していた魔法薬のシェアを、君たちのおかげでほとんど奪うことができたんだから。だが、これほどの利益を上げられたのは、たまたま出資者がいたからだろう? 今後は人の力を借りるなとは言わないが――君たち自身には一体何ができるのかな? 私はそれが知りたい」
「商会のさらなる繁栄に寄与できます。具体的な方策としては、貧民街に埋もれている才能を見つけ出し――」
「貧民街!? 卑劣なたましいを持つ大罪人を、歴史あるソマリオラ商会で働かせるというのか?」
「そんなことをすれば、ソマリオラが神に見放されてしまう!」

 口々に言い放たれる差別的な言葉に、マルノが顔をゆがめる。ハルアは冷静な声音で落ちつくよう呼び掛けたが、人々の反発が収まる気配はない。
 そこでエリーゼが立ち上がると、室内はしんと静まり返った。エリーゼの身分を明かしていないから、かなりくらいの高い貴族とでも思っているのかもしれない。
 エリーゼは姉のカロリーナを意識して声音を変え、こう言った。

「あなたたちには、言い争っている暇などないはずです。先日ソマリオラ商会は、トランプの販売を禁止されました。あなたたちはトランプの代わりになるものを、すぐにでも見つけなくてはなりません」

 エリーゼは机の上に転がされていた、掌大しょうだいの水晶玉を見やる。それはソマリオラ商会がこの会議のために商業ギルドから貸してもらった精霊の御代みしろだ。新代表はこれを使って、仮代表である奥さんから全ての権限を譲渡じょうとしてもらうのだ。
 商業ギルドの御代を使って特許の申請をすることはできないが、特許の確認をすることは可能だった。
 エリーゼはその御代に触れ、目の前に展開された立体映像を指であやつる。そして部屋中を見回し、低い声で、秘密を告げるかのように言う。

「私、この新しく申請された【リバーシ】という玩具の作者とお友達なの」

 そう言って、特許の登録画面が表示された水晶玉を、机の上に転がす。
 実はこんなこともあろうかと、ここへ来る途中で新たな玩具――リバーシの特許を申請しておいたのだ。だが、申請した本人だと言うと面倒くさいことになりそうだから、とりあえず友達ということにした。
 出席者たちが水晶玉を覗き込み、リバーシとはどのような玩具なのかを確かめようとする中で、ハルアだけがエリーゼを見つめていた。
 ――そして五分後には、全員がマルノを新代表として認めた。


 会議が終わるやいなや、エリーゼはリールに腕をつかまれ、そのまま引っぱられる。エリーゼがドレスのすそを踏んで転びかけると、リールはようやく歩みをゆるめた。
 リールの表情は、レースで隠されているのでわからない。商業ギルドの裏にはいくつもの馬車が停まっていて、後ろから追いついたフィンが御者ぎょしゃに発車の準備を急ぐよう指示した。
 エリーゼたちを追ってきたソマリオラの関係者たちが、大声をあげる。

「リバーシの話を、もっと詳しく聞かせてください!」

 それにはハルアが答えた。

「――リバーシについては、私たちがお話を伺っておきますので、ご心配なく。あなたたちは今すぐそれぞれの店に戻り、開発部長の指揮のもと、リバーシの生産準備をお願いします。――美しい方、それでよろしいでしょうか?」

 リールによって馬車に引っぱり込まれながらも、エリーゼはハルアを振り返って頷いた。
 ハルアたち兄妹は馬車をギルドから借りて、それに乗り込む。
 商業ギルド近くにある屋敷に戻ると、リールは玄関ホールでレースの帽子を脱ぎ捨てた。

「姉さん! リバーシとは何のことですか!? 姉さんに友達なんていないでしょう!」
「えっ!? い、いなくはないよ!」
「では誰です?」

 答えにきゅうしたエリーゼは、ハルアの後ろに逃げ込んだ。そんなエリーゼをとろけそうなほど熱い眼差しで見つめながら、ハルアはその手を取る。

「あの玩具はきっと売れるでしょう。エリーゼ様の人脈と慧眼けいがんには、本当に驚かされます。――ほら、私の胸の鼓動をお聞きください。今にも飛び出してしまいそうなほど高鳴っているのが、わかりますか?」

 ハルアはエリーゼの手を自身の胸に押し当てる。ハルアが言う通り、彼女の心臓は早鐘はやがねを打っていた。顔は涼しげなのに、身体は熱があるのかと思うほど熱い。

「エリーゼ様のおかげで、私共は速やかに代表の座に収まることができました。――エリーゼ様、私共にどのようなものをお求めですか?」

 ハルアは、エリーゼには何かしらの魂胆こんたんがあると見透みすかしていたらしい。
 エリーゼはハルアの胸をつかんだ。これからエリーゼが口にする言葉を聞いて、ハルアの心臓がどのように動くかを知れば、彼女の本音がわかるだろう。
 ハルアは胸を掴まれた瞬間、妙に色っぽい声をあげたが、エリーゼにされるがままになっていた。エリーゼは冷静な目で彼女を見据えて口を開く。

「私とヴィルヘルミナ、どっちが好き?」
「――エリーゼ様?」
「精霊神教会を潰したいんだけど、協力してくれる?」

 ハルアが目を見開いて固まる。鼓動は一度大きく打ったが、その後は静かだった。
 エリーゼは眉をひそめる。

「比べるまでもありません。エリーゼ様をおしたいしております」
「そう? お母さんは困ったことがあれば、ヴィルヘルミナに相談していたんでしょ? あなたたちにとっても、育ての親みたいなものじゃないの?」
「母は私が三歳の時に亡くなり、それ以来、私はあの聖女とほとんど言葉を交わしたことはありません。それ以前に会ったことがあるかどうかも、覚えていません。私は小さかったので」
「……ん?」

 エリーゼは首を傾げた。

「でも困った時には、頼っていたんだよね?」
「はい。食べるものがなくて困った時には、教会に行き、食糧を恵んでもらっていました。ですが、マルノを拾って孤児院に入れてくれたのは、あの聖女でも教会の方でもなく、見知らぬ人のようですよ?」
「どういうこと?」
「聖女ヴィルヘルミナは、聖職者の割に話のわかる方なんです。お金と……持っている恩恵ギフトの質や数によっては、お恵みを他の子よりも多めにくれるのです。――嘘だっていてくれる」

 エリーゼは唖然とした。どうやらヴィルヘルミナは、ハルアたちのために嘘を吐いたらしい。

「――ハルアが恩恵ギフトをたくさん持っているから、手助けしてくれたってこと?」
「いいえ、私は恩恵ギフトを持っていません」

 そのハルアの言葉に、エリーゼはきょとんとした。ハルアは肩をすくめて苦笑する。

「しかも、兄に比べると身体が弱くて……生きることだけでも大変でした。私が今日まで生きていられたのも、ここまでのし上がれたのも、全ては兄のおかげです」
「マルノには恩恵ギフトがあるの?」
「はい。十個もあるんです。二桁ふたけたもの恩恵ギフトを持っているのは本当に珍しいそうで、聖女ヴィルヘルミナは兄のために様々な便宜べんぎを図ってくれました」

 エリーゼは顔をしかめた。それは精霊に愛されている勇者――兄ステファンと聖女の関係と同じだったからだ。

「なるほどね。精霊神が大好きな聖女は、精霊に愛されてる人を贔屓ひいきする、ってことか」
「その通り。確かに精霊神教会には感謝していますし、献金もします。ですが、エリーゼ様が教会を滅ぼせとお命じになるのなら、私の全てをして尽力いたします。手始めに、聖女ヴィルヘルミナを暗殺いたしましょうか?」
「えっ!? いや、それはしなくていいよ」

 平然と過激な発言をするハルアを、エリーゼが慌てて止める。そんなエリーゼの顔を見つめながら、ハルアは恍惚こうこつとした表情で言った。

「ふふ。エリーゼ様をおしたいしていると申し上げましたのに、私が精霊神教会を選ぶとお思いなのですか? まさか嫉妬しっとなさっているとか? お可愛らしいこと」
「いや……嫉妬っていうか」

 エリーゼは、ハルアの胸からそっと手を離す。この様子だと、ハルアは信用してもよさそうだ。
 そこで、【気配察知】の恩恵ギフトを持つエリーゼは、誰かの剣呑けんのんな視線に気づいた。エリーゼがそちらを見やると、エリーゼをにらんでいたマルノが慌ててうつむく。
 エリーゼは彼を睨み返した。

「ハルア、あなたの兄は、あなたとは違うかもしれない」
「ご心配には及びません……兄さん、エリーゼ様にギルドカードをお見せして」
「いや、ハルア、これはあまり人に見せない方が――」
「マルノ兄さん」
「――はい」

 マルノは腰に帯びていたポーチから渋々しぶしぶカードを取り出し、エリーゼに渡した。そこにはぽつんと一つだけ、恩恵ギフトらしきものが書かれている。

「【妹思い】?」
「――兄さん、全部お見せして」
「うう……あの聖女にハルアの薬を融通ゆうずうしてもらう必要がなければ、生涯隠し通しておきたかったのに……」
「マルノ兄さん、お願い」

 ハルノに再三頼まれ、マルノはうめきながら、エリーゼが手にしているカードにちょいと触れた。そこに羅列された文字を見て、エリーゼは目を丸くする。


【妹思い】【妹が好き】【妹に弱い】【妹への恋】【妹への愛】【妹のとりこ】【妹のためなら】【妹いのち】【妹万歳】【妹至上主義】


「ひっ」

 悲鳴に近い声をあげて、エリーゼはギルドカードを床に叩きつけた。マルノはどんよりとした表情でそれを拾うと、そそくさとポーチにしまい込む。

「私の愚兄ぐけいは、私の意に沿わぬことはしません。エリーゼ様のご不興を買うことはないでしょう。改めて、私たちの忠誠心をご理解いただけましたか?」
「そうだね……ハルアの私への忠誠心と……マルノのハルアへの忠誠心……嫌というほど……」

 遠い目をするエリーゼを見て、笑みを浮かべるハルア。そんな彼女から、リールがエリーゼを奪い取る。そして鋭い口調でエリーゼを問いただした。

「それで? リバーシとは何です? まさか口から出まかせというわけではありませんよね?」
「まあ、正直に言うと、友達じゃなくて私が登録したものなんだけど」

 興奮して歓声をあげかけたハルアを、リールが目で黙らせた。

「姉さん、どうして? どうしてなんですか。次から次へと! どうして、どうして!?」

 急に声を荒らげるリールに、エリーゼは戸惑った。

「その、正確には、私が思いついたものじゃないの。他の人が思いついたもので……でも、それを誰も特許申請しないから、それならと思って私が――」
「他の人って誰ですか?」
「誰って、それは……」

 口をつぐんだエリーゼを見て、リールは歯を食いしばる。エリーゼの二の腕をつかむ手が、力を入れすぎて震えている。少し痛かったが、エリーゼはやめてと言えなかった。

「……どうしたの? リール」
「誰、なんですか……」

 優しく尋ねるエリーゼに、リールがか細い声で答える。その声も震えていた。
 リールが泣いてしまうのではないかと心配になり、エリーゼはレースのついた帽子を脱いで、その顔を覗き込む。その瞳には涙が浮かんでいた。

「リ――」
「誰にいじめられていたんです?」
「え……いじめ?」
「シーザが毒を呑んで倒れた時、姉さんは言いましたよね? 前にもいじめられたことがある。だから懐かしいって。それに、シーザが暴言を吐いた時、まだ叱ってくれる人がいてくれて嬉しいとも言ってました。一体誰に叱られたことがあるんですか? ボクは知らない。聞いたこともない。ボクは姉さんのそばにずっといたのに――知らないなんてありえないのに!」

 エリーゼが何かを言おうとする前に、リールが叩きつけるような口調で言った。

「リバーシとやらを姉さんに教えたのは誰ですか!? 友達って誰ですか!? いるんでしょう? ボクには言えないみたいですけど」
「そ、そんなことないよ」
「姉さん、誤魔化ごまかすなら、どうかもっと上手くやってください」

 リールはエリーゼをにらみつけながら泣いている。

「りー、る」

 エリーゼの声も、涙でにごっていた。頬を伝う涙を、エリーゼは慌ててぬぐう。リールが泣いている理由はわかるが、自分が泣いている理由はわからなかった。
 震えながら泣くエリーゼを見下ろして、リールも自身の頬を流れる涙を拭う。

「――やっぱり口を割りませんか」

 その声があまりにもけろりとしていたので、エリーゼは唖然とした。

「何を隠しているんだか知りませんが、どうやらボクが思っていたより深刻なようですから、話さなくていいです」
「……え?」
「え? じゃありません。ボクが泣きまでしたのに、変なところで強情なんですから」

 大きく溜息をくリールの横で、ハルアが「泣き落としですね」とつぶやいた。

「な、泣き落とし?」
「姉さんに秘密が多すぎて、いい加減うんざりしていたので」
「そ、それで泣いたの? 私、すごく心配したのに!」
「お互いに、姉妹思いの兄弟には苦労させられますね」

 エリーゼはハルアの言葉に驚きつつ、否定した。

「え? いや、うちのリールはそんなんじゃないから」
「身内の恥を隠したい気持ちはわかりますが、リール様は成人していませんし、エリーゼ様より年下ですから、まだ許されると思います」
「許されるとか、そういう問題じゃなくて――」
「姉妹の友人関係を全て把握していないと気が済まない兄弟なんて、私はマルノとリール様以外に見たことがありません」

 エリーゼは努めて苦笑を浮かべたが、鳥肌は隠せなかった。
 そんなエリーゼの反応にくすりと笑った後、ハルアはエリーゼを上目遣いに見て言う。

詮索せんさくはいたしませんが、これだけは言わせてください。エリーゼ様とお友達になりたいのですが……お嫌ですか?」
「――っ、ううん!」

 喜色満面で答えるエリーゼに、ハルアは照れ笑いをしてみせた。



   第二章 寵愛ちょうあいの印


 とにかく平穏な生活を送りたい。そのためには、問題を一つずつ片付けなくてはならない。
 エリーゼは何から片付ければいいのか途方に暮れつつ、とりあえずレベルアップのために迷宮にでも行こうと準備をしていた。
 ちょうどその時、屋敷の前に馬車が停まった。窓に貼り付けられた銅板はバターレイの各勢力の目印であり、その意味を知る人たちは、蜘蛛くもの子を散らすように去っていく。
 馬車はリールが呼んだものらしく、彼がそれに乗り込もうとするのが見えた。
 エリーゼが屋敷を出てそちらへ向かうと、当たり前のような顔をしてディータがついてくる。


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