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「第五話  正義不屈 ~異端の天使~ 」

16章

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 どうやら、今日こそパズルは完成するようだ。
 かつてさんざん銀色の少女戦士たちに、世界制覇の計画を邪魔された久慈仁紀は、思い描いた絵がついに実現する確信を得ていた。
 
 ファントムガール・ナナの並外れた格闘センスを、身をもって知っている久慈は、密かに少女の底力を危惧していたが、人質を盾にされたナナはあまりに脆かった。単純な嘘にかかる純朴さは、久慈には愚劣にしか思えなかった。ナナはもう、闘えまい。たとえその気になろうとも、呪い人形がある限り、全力で動くことも不可能だ。超少女の脅威は、すでにゼロといえた。
 
 唯一の不安であった新戦士の存在も、杞憂に終わりそうだった。もしいるのなら、とっくに現れているはずだ。新たなファントムガールに備え、念のために待機していたが、その必要はもうないだろう。
 
 ナナの処刑は間もなく終わる。新たな戦士はもういない。となれば、残る心残りはただひとつ。逃げられた、五十嵐里美の始末のみ。
 
 「チッ、あのクズ女め。どこに飛ばしたのだ、テレポートなど・・・」
 
 元彼女である少女の美貌を思い出しつつ、久慈は忌々しそうにひとりごちた。役立たずのうえ、反抗までされた女に、愛情などすでになかった。いや、最初から愛などなかったのだ。あったのは面白い道具を手に入れた喜びだけ。久慈にとっては、桃子はあくまでペット以下の価値しかなかった。
 
 「初めての能力で、そんなに遠くへ飛ばせているわけがない。必ず、この近くにいるはずだ。それも恐らく、飛ばしやすい場所へ」
 
 テレポーテーションは物体を移動させる超能力である以上、その移動先の場所を頭に思い描いているはずだった。以前桃子は、念動力を使うときは、具体的なイメージをすると言っていた。りんごを宙に浮かすなら、手で持つイメージをする、というように。ならば、瞬間移動をさせるなら、具体的な場所をイメージしている可能性が高い。
 
 ・・・まてよ。
 
 雷光のごとき閃きが、突如久慈の脳を駆け巡る。
 初めてこの中央区の隠し地下室に連れられてきた桃子が、近辺で強く思い浮かべられる場所などあるのか? あるとすれば・・・
 
 「オレとしたことが、ぬかったぜ」
 
 苦々しい表情を一瞬浮かべた後、甘いマスクを吊り上げて魔人は破顔した。
 凄惨な屠殺場へと化しつつある戦場に背を向け、しなやかな男の脚は持ちビルの地下室へと駆け出した。


 
 「さぁ~~て、どうしよっかぁ?」
 
 ピクリとも動かず、ただヴィーン、ヴィーン、とエナジークリスタルを鳴らし続ける聖少女。青い身体を赤く染めた戦士を見下ろして、魔豹が愉快そうに言う。
 豹とタコと魔女、三体のミュータントに囲まれたナナの肉体は、破壊劇によって無惨に変わり果てていた。右頬や豊満なバスト、引き締まったウエストや太股には、残骸によって抉られた肉穴が、痛々しく存在している。普段のナナは、ムチムチと張りつめた胸やヒップから、健康的で爽やかな色香を発散しているが、血祭りにあげられた凄惨さが加わった今は、逆に艶やかさを仄かに醸し出していた。
 
 「ホント、ダイナマイトボディーよねぇ~、このオッパイ、噛み千切りたくなっちゃう♪ ズタズタに切り裂いてぇ、腸を引き摺りだしてやりたい~~!」
 
 「待ちなさい、マヴェルくん。この豊満な肉体、まずは私に楽しませてください。これで私のコレクションは、最高のものになる」
 
 性器としての機能も持つ触手が、無防備に開いた股間へとゆっくりと近付いていく。
 呪術にしか興味のないマリーが、人形を手にしたまま、その様子をデスマスクに似た青い眼で覗く。
 青い爪が可愛らしい容貌を切り裂くべく、光を反射して灯りの消えた瞳へと迫る。
 取り返しのつかない惨劇が始まらんとする、その時――
 
 「??」
 
 夏の朝空に、場違いな花火があがる。
 時期はともかく、時間とタイミングを、あまりに外した打ち上げ花火。
 パパパパン・・・と乾いた音を残して、赤や黄色の火花が澄んだ空に消えていく。
 
 「なあにィ~? メフェレスが気の利いたこと、してんのかなあ~?」
 
 人々が避難した街に、あまりに不自然な光景は、悪が凝縮したようなコギャルをも、呑気な気分にさせる。確かにその一発だけの花火は、悪の勝利を祝福しているようにも見えた。
 
 完全に意識を失っているはずのナナの右足が、なにげに振り上げられたのは、その時だった。
 その“なにげなさ”に虚を突かれたマリーの手から、右足は人形だけを蹴り飛ばす。ポーンと抜けるように、針の刺さった呪い人形は、弧を描いてアスファルトの上に落下していった。
 
 「え?」
 
 ゴオオオオオオオオッッッ!!!
 
 旋風が巻き起こる。血潮を弾き飛ばして、疾風を纏ったファントムガール・ナナの身体が一瞬で跳ね起きる。
 
 「ウオオオオオッッッ!!!」
 
 聖少女の雄叫び。度重なる暴虐の前に、散ったと思われた少女戦士の全身から、怒涛のごときパワーが満ち溢れている。ハリケーンと化した超少女の連続打撃が、見くびって近付きすぎた3体のミュータントに発射される。
 
 右の回転後ろ回し蹴りがマリーを、続けざまの左の横蹴りがマヴェルに叩き込まれる。爆発で吹き飛ばされたように、ふたりの悪女は同時に彼方へ飛んだ。
 ドドドドドドドド!!
 1秒間に12発の連撃。マグナム弾となった左右のパンチをもろに受け、耳を塞ぎたくなる悲鳴をあげて、クトルの巨体が吹っ飛んでいく。
 まさに一瞬の出来事。まばたきする間に3体の魔獣は、復活した守護天使に、ゴムマリのように弾き飛ばされた。
 
 「バッッ・・・バカなあッッ――ッッ!!! ど、どうして貴様ァ・・・瀕死のはずだろうがアアッッ―――ッッ!!!」
 
 朱に濡れた牙を尖らせて、魔豹はダウンから立ちあがるや、すかさず叫んだ。とはいえ、その足元はふらついている。先程まで勝ち誇っていた悪魔たちがひれ伏し、逆に、死んだように倒れていた天使が仁王立ちしている。
 
 「あ、あの程度で・・・あたしが参るわけ・・・ないで・・・しょ・・・」
 
 大きく肩を弾ませながら、ナナは強がる。銀と青の皮膚を破って滲む血は、いまだ止まってはいない。白桃を思わす右頬は隕石が落ちたように抉られ、ビーナスに似た美乳には巨大な穴が口を開けている。立っているだけで太股は痺れるように痛み、ヒビの入ったアバラが軋んで鳴く。大ダメージを被っているのは確実だった。だが・・・
 
 「い、いいのかァッ?! 里美を殺すぞォッ!! 反抗したら大好きな先輩がバラバラになるのを忘れたのかよォッ~~ッ!!!」
 
 「・・・・・・・・・・・くな・・・」
 
 「あァ?? なに言ってんだァ、聞こえねえよッッ!!」
 
 「嘘・・・つくなアアアッッ―――ッッッ!!! 里美さんは無事だアッッ!! あの花火がその合図なのよッッ!!!」
 
 政府直轄の特殊部隊により発見された里美は、五十嵐家の特別医務室へと運ばれたばかりだった。低い男の声で、警察に通報が入ったのを足掛かりにして、里美は無事に保護されたのだ。花火は安藤と七菜江が予め決めておいた、「里美無事保護」のサインであった。
 
 リンチによるダメージは確かに深い。息を吸うだけで身体は軋み、疼く痛みが熱病のように苛んでくる。ボコボコにされた自分の肉体が可哀想で、ナナは涙がでそうなくらいだ。しかし、そんな肉体の限界を遥かに打ち破る怒りが、少女戦士を衝き動かしている。
 
 騙された怒り、それもある。
 リンチを受けた恨み、それもある。
 だが、罠を張り、ペテンにかけ、多人数で痛ぶる卑劣なやり方。反撃できない状況に追いこみ、じわじわと嬲っていく汚い闘い方が、純粋な少女には許せなかった。
 
 こいつら・・・・・・・許さない!! 
 ゼッタイに、ゼッタイに、ゼッタイに・・・こいつらを倒して、ユリちゃんを復活させてみせる!!
 
 青い戦士に光のエネルギーが瀑布となって溢れていく。その圧倒的潮流は、クトルに聖なる力を吸収された戦士のものとは思えない。鮮血に濡れる銀の肌が、輝きを増して蘇っていく。
 
 「調子に乗ってんじゃねえッ!! 人形がなかろうが、人質がなかろうが、半死のネコぐらい楽勝だ! こっちは3人いるんだぜぇぇ~~ッ?!!」
 
 まさかの逆襲を受けたマヴェルだが、その言葉には焦りはない。
 ナナが思いきり殴り飛ばしたことにより、ミュータントたちは距離を置いて包囲網を完成することができた。至近距離での戦闘に優れるナナにとって、現在の状況はその利点を打ち消す事態。三方向に分かれたミュータントは、それぞれの必殺技の態勢に入っている。
 マヴェルが破壊音波の準備をし、クトルは触手の狙いを定め、マリーは魔方陣を造り出そうとしている。
 
 「『スラム・ショット』でも撃つのかアッ?! いいぜぇ~、それでもッ! ただ、ひとり死ぬ間に、こっちは残りふたりでてめえをぶち殺せるがなア!!」
 
 マヴェルはナナの必殺技「スラム・ショット」をよく理解していた。
 最高ランク、超弩級の威力を誇る光の弾丸。一発で闇を葬るまさしく必殺技は、自在に操ることも可能で、一度に三体を攻撃することも確かにできる。
 だが今回のケースは、標的があまりに散らばりすぎていた。対多人数の戦闘では、「スラム・ショット」は決して有効な技とはいえなかった。
 そして、「スラム・ショット」以外に脅威となる技を、ナナは持ってはいない。
 
 人質が救出され、呪い人形が魔女の手から離れた、絶好のチャンス。ようやく全力で闘える機会を得たというのに、傷つきすぎた天使には逆転の芽はなかった。
 
 そう、今までのナナならば。
 
 宿敵の挑発に耳を貸さず、守護天使は動く。魂の底から搾り出した光のエネルギーを、芸術的な肢体から発散させる。眩しいほどに、白く輝きを纏うファントムガール・ナナ。それはまさに天使の姿。充満する光の粒子が、大地を慄かせ、天空を震わせる。
 
 「な、なにをするつもりだァッ?!!」
 
 原子炉のごとき膨大な熱量の発現に、マヴェルの心に警戒が生まれる。やけになって、巨大な光球でも造るつもりか? 異常な光の集中に圧倒されるが、3人に囲まれたナナに打つ手はないはずだ。
 
 青い戦士が動く。
 大きく開脚し、左の膝を曲げる。豊醇な肢体が沈む。左手を真下に降ろし、ターゲットを定めるように掌を地面につける。勇猛かつダイナミックなフォーム。精一杯引き絞った右腕が弓のごとくにしなる。
 振りかぶった右の拳が狙うのは―――大地?!!
 
 「あはははは! なにをするかと思えば、八つ当たりかッッ! 死ねえぇぇッッ―――ッッ、ナナッッ!!!」
 
 天使を囲む三匹の悪魔が、一斉に必殺技を放たんとする。瀕死の少女戦士に逃げ場はない。
 
 “決まれッッ・・・新必殺技ッッ!!!”
 
 実戦で初めて使う新必殺技。
 失敗すれば自分が殺されるだけでなく、ユリアも滅びることになる。一撃で仕留めねば、再度放つ余力はもうない。
 
 信じろ、流した汗と血を!!
 信じろ、拳に走る痛みを!!
 信じろ、努力が無駄に終わらぬことを!!
 
 “いっけえええぇぇぇッッ――――ッッッッ!!!!”
 
 「ソニック・シェイキングッッ!!!」
 
 光の奔流が、右拳とともに一気に大地に叩き込まれる。
 
 ドゴゴゴオオオオオオンンンッッッッ・・・・・・・ォォォおおおおオオオオッッッ!!!!
 
 収斂した光が、波紋のように同心円状に広がっていく。白光の炎柱をたてながら!!
 
 GGGGGGWWWWWWWOOOOOOOッッッ!!!!!
 
 「なッッ!!! ・・・・・・なッッッ!!! なッッッ!!!」
 
 マヴェルは見た。小石を投げ入れて起こした水面の波紋が、さざなみから怒涛となって押し寄せる様を。波紋の中央でナナによって造られた光の衝撃波が、震動を増幅させ、炎柱を徐々に高くしながら広がっていく。共鳴する震動音が、地獄の番犬・ケルベロスの雄叫びのように響き渡る。
 
 ファントムガール・ナナの新必殺技『ソニック・シェイキング』―――
 ゲームセンターで見た格闘ゲームを真似て造られたこの技は、見た目こそゲームと同じであるが、ただ光の波を同心円状に放っているわけではない。それだけでは、単に正の力を浴びせるだけで、「必殺」足り得ないだろう。
 中国拳法の北派と総称される流派には、震動を敵に与えることで大きなダメージを造る技術があるという。人間の体細胞は約70%の水分で構成されているため、震動が伝わりやすい。これを利用して、1の打撃を10に増幅させるというのだ。
 
 実際にそんな魔術のような技が存在するのか――それは七菜江にもわからない。ただ、工藤吼介は衝撃の伝え方を工夫することで、威力があがる打ち方を知っていた。少女が猛特訓していたのは、その衝撃波を生み出すパンチだったのだ。
 「ソニック・シェイキング」とは、光のエネルギーに、衝撃波により生み出された超震動を封じ込めたもの。闇の生物を細胞レベルから崩壊させ、しかも一撃にして、衝撃波が届く全範囲・全方位の魔を一斉に滅殺する、文字通りの「超必殺技」であった。
 
 「ぐぎゃああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 凄絶な魔の咆哮が幾重にも重なる。
 白い炎柱が逃げ場をなくした3匹の魔獣を包み込み、光の超震動を注ぐ。
 聖なる光が3体のミュータントに網の目状に走り、闇により構成された体細胞を崩壊させていく。その威力は、魔に生きる者にとっては木っ端微塵に爆破されたほどのものであった。
 
 広がりきった光の波紋が、効力を無くして霧散する。一瞬、白い靄に覆われた世界は、次の瞬間には元の夏の朝に戻っていた。
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