ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「最終話 東京終末戦 ~幻影の聖少女~」

7章

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 巨大生物の降誕は、落雷の衝撃に似ていた。
 つんざく轟きが、魔人の鼓膜のみならず、全身をビシャリと叩く。爆風のごとき衝撃波のなかで、わずかな動揺すら見せなかったのは、暗黒王たる矜持ゆえか。
 天も地も、十五夜の静謐な空気までもが、ビリビリと震撼する。
 これから始まろうとする決戦に、原子レベルで空間が、固唾を飲むかのようだった。
 
「・・・貴様」

 鋭く、冷たく呟いたのは、三日月に笑う黄金のマスク。
 新たに出現した巨大生物は、濃紺のひとつ眼でじろりと見返すのみだった。
 
「少々、意外だったぞ。ゲドゥー」

 菱形の頭部。黒縄で編まれた肉体に、白き鎧を装着した鋭利な姿。
 “最凶の右手”をゴキゴキと鳴らす凶魔ゲドゥーは、濃密な闇を纏わせ皇居前広場に降臨していた。
 すでに戦闘態勢に入っていることは、柳生殺人剣の使い手メフェレスでなくとも容易に察知できる。むしろゲドゥーは、敢えて殺意を露呈しているかのようだった。
 
「まさかこのオレに、正面から敵対しようとはな」

「意外か」

「単純なスカーフェイスとは、違うと思っていたのだが」

「アイツとは違う。お前への憎悪などはない」

「オレが覇王となることを嫌うか? 権力などへの執着は、貴様とは無縁のものだとばかり思っていたぞ」

「メフェレス。ひとの上に立つ自己満足など、実にくだらんものだ。他者の評価を己の存在価値の支えとするのは、弱き者のすることだ」

 これ見よがしに、魔人は黄金のマスクを横に振った。
 
「貴様の哲学になど、興味はないわ」

「オレは美味いものを、たらふく喰えればそれでいい」

「美味いもの、だと?」

「命より美味いものはない。極上の魂は、尚更だ。至高の美味のため、お前が飼う『エデン』を戴く」

 青銅剣を握る手と、“最凶の右手”とに力が篭もるのは同時であった。
 魔人と凶魔を覆う闇が、一気に増幅して吹きつける。
 ふたつの漆黒の暴風は、皇居前の広場で激突した。
  
 
 疵面獣の咆哮が、満月の中天に轟いた。
 首都全体、いや関東地方一帯が、震撼したかのようだった。凄まじい大音声に、立ち並ぶビル群がさざなみを打つ。威嚇と歓喜が、声には濃密に含まれていた。
 
「どうしたッ、オラァッ!! それで終わりってこたァ、ねえだろがッ!? こっちはまだ、遊び足りねェぞォッ!!」
 
 猛るギャンジョーは、地響きをあげながら、一歩づつ太い脚を前に進めた。
 北の丸公園の片隅に、赤銅の鬼が蹲っている。毒々しいまでの深紅に染まった全身。赤い表皮の上面を、濡れ光る鮮血が覆っていた。完全なる戦闘種族であるはずの怪物が、このような弱々しい姿をさらけ出すのは、むろん初めてのことだ。
 
 信じられない光景、であった。
 ガオウ、そして工藤吼介の強さを目の当たりにした者ならば、驚愕を禁じえまい。『最強』の看板を当たり前のように背負っていた格闘獣は、敗北はおろかダウンすら無縁の男なのだ。
 その怪物が、鮮血を噴き出して地を這っている。スローモーな動きで。
 闘いの化身に、クリティカルヒットを与えた。それだけでも、ギャンジョーが首都に勝ち鬨を響かせるだけの権利は、あるように思われた。
 
「生きてんだろォア!? わかってんだぜェェッ、てめえとオレの仲だァッ!!」
 
 茶褐色の凶獣は、倒れ伏した赤鬼に迫っていく。トドメを刺すために。
 ギャンジョーの放った“弩轟”は、シュラ・ガオウに大ダメージを与えたのは明らかだった。それでもモゾモゾと動く手足が、いまだ息があることを示している。
 
 闘鬼を一撃で沈めた、ギャンジョーを褒めるべきか。
 疵面獣の必殺光線を耐え切った、ガオウを賞賛すべきか。
 
 確かなのは、不意打ちに成功したギャンジョーに、最強の赤鬼を始末する、千載一遇のチャンスが巡ってきたことだった。
 
「オレ様とは遊んでくれねえ、ってかッ、赤鬼ィ!? んじゃあ、構わねェッ、そのまま寝てろやァ」

 ゆっくりと肉体を起こそうとするガオウの前に、凶獣は仁王立ちした。
 その右腕に、象牙のような、白く長い槍手が光る。
 ギャンジョーの槍腕は、愛用する匕首が変形したものだ。様々な兇器に変身する腕だが、他が拷問を主たる目的としているのに対し、この槍腕=短刀は殺し稼業における最大の武器。あくまで、ひとを殺すための道具だ。
 それゆえ殺傷力については、槍腕は多くの兇器のなかでも飛び抜けて高い。
 
 本物のドスで心臓を抉られれば、さしもの闘鬼も死を免れるわけがなかった。
 
「遊びはナシで・・・さっさと殺してやらァッ!!」

 ガオウが身を起こすより早く、鋭利な槍の穂先が太い首元へ飛んだ。
 
「ッッ・・・ぐッ!!?」

「間一髪、というところかしら」

 全身に絡みついた極細の糸が、ギャンジョーの凶行を阻止していた。
 ガオウの首に届く寸前、ピタリと止まった槍の切っ先。ギリギリと食い込んでいく妖糸に構わず、スカーフェイスが背後を振り返る。
 
「てめえッ~~ッ・・・なに邪魔してやがんだァアッ、シヴァアアアぁッ~~ッ!!」

 水色の肢体に6本の腕。異様な肉体をさらに引き立たせる、息を呑むほどの美貌と黄金律のプロポーション。
 蜘蛛とのキメラ・ミュータント、シヴァはすべての腕から放った妖糸の束で、茶褐色の巨獣の動きを封じていた。
 ファントムガール・ユリアを蘇生させるため、巨大化したシヴァであったが、とても本来の役目を果たせる状況ではなかった。出現と同時に、蜘蛛妖女はギャンジョーと敵対せざるを得ない。
 もしここで、闘鬼ガオウを失えば、メフェレスの野望を砕くチャンスは早々と消滅する。
 むろん、生物学者・片倉響子が思い描く「超人類構想」など、夢のまた夢だ。
 
「私にとってシュラは、地球の運命と同じくらい貴重なものよ。少なくとも、ファントムガールなんかよりね」

 シュラという単語が、たぎるギャンジョーの心をさらに沸騰させる。
 不愉快、いや憎悪に値する言葉だった。聞くたびに理屈抜きで、ハラワタが暴れ回るかと思うほどに怒りがこみあげる。
 闘鬼ガオウのことを、この名で種別分けしているのは、なんとなくわかっている。ファントムガール・ナナも、この種族に近いらしい。
 だが、シュラという存在は、ミュータントのギャンジョーに劣等感を植え付けさせた。勝手にギャンジョーが、屈辱を背負い込んでしまうのだが。誰もなにも言っていないのに、この男は自分がシュラより下だと、嘲笑われてるような気になった。
 許されざることだった。
 戦闘者としての評価で、最凶の暗殺者が“負け組”に区別されるなど。
 
「殺すぞ、てめえ」

 ヤクザ者独特の恫喝の声が、一転して静かに呟く。
 戦慄に、蜘蛛妖女の全身が震えた。本気で来る――。まともにやっては勝機が薄いと悟るシヴァは、巨獣の肉体を細切れにせんと、斬糸を引きつける。
 
 ブツッッ!!
 
 軽やかな音色がして、蜘蛛の妖糸はすべてが両断された。
 ギャンジョーの両腕には、白い槍腕が鈍い光を放っている。
 
“くッ!! やはり短刀相手には・・・分が悪いわ”

 断たれた斬糸を手繰り寄せながら、シヴァ自身も後方へ飛ぶ。
 日本刀の使い手・メフェレス。匕首の愛用者・ギャンジョー。相性という点で、シヴァは己がこれらの相手に対して、大きな戦力とならないことを自覚していた。“最凶の右手”を持つゲドゥーにも、斬糸などは通用しないだろう。
 大量の束となった糸は、白い奔流のようだった。天の川のように、キラキラと輝きながら、飛び退がる妖美女の後を蛇行して追っていく。
 
「死ね」

 斬糸が手元に戻るより早く、凶獣はシヴァの懐に飛び込んでいた。
 巨体に似合わぬ脅威のスピード。眼と鼻の先で疵面が歪むのを見ながら、全身の血が引いていくのをシヴァは自覚した。
 振りかぶる鋭利な杭槍が、視界の隅に映る。
 攻防一体となった蜘蛛の糸は、いまだ手元に戻っていなかった。防ぐことも、反撃することも叶わず、凶獣の一撃に貫かれるしかない―――。
 
 大地が割れるような、轟音がした。
 
「グオオオオオオッッ―――ッ!!! ウオオオッッ―――ンンンッッ!!!」
 
 続けてシヴァの耳朶を打ったのは、赤鬼の猛々しい咆哮。
 発射されたギャンジョーの槍腕を、出現したガオウが受け止めていた。
 シヴァは知る。先程の轟音は、肉と肉とが凄まじい勢いで激突した音だと。
 腕を振る。それを受け止める。たったそれだけのアクションで、雷鳴のごとき音響が轟くというのか。突如ガオウが眼の前に復活したことより、巨獣二体が秘めるパワーの凄まじさに、シヴァの眼が見開かれる。
 
「来いやあああッッ――ッ!!! ゴラアアアァアアッッ~~~ッッ!!!」

 嬉々としている。ようにさえ、シヴァには見えた。
 怒号を飛ばしたギャンジョーは、蜘蛛妖女など忘れたように、赤鬼と対峙した。空いたもう片方の槍腕を、ガオウの顔面に撃ち込む。
 ドッッ!! と硬質な音がした。
 迫る刺突を、闘鬼は腕で跳ねあげていた。力を力で弾き飛ばす。ギャンジョーの正面、ポカリと隙が生まれた、と見えた瞬間には、逆襲の豪打が放たれていた。
 凶獣の胸板に、ガオウの拳が埋まる。
 吼えた。茶褐色の疵面獣が。しかし、ひるまなかった。
 脚を止め、互いに一歩もひかぬまま、拳と槍腕を打ち込みあう。打撃音の飛礫が、広い公園に降り注ぐ。
 
 救われた。そんな感情さえ、シヴァは忘れた。
 すぐ眼の前で、ガオウとギャンジョー、正真正銘の怪物二体が、正面から殴り合っている。
 
 ドッ!! ゴッ!! ドゴオオオッッ!!! ブシュッ!! ドドドドドドドドッッッ!!!!
 
 己も体長50mほどの巨大生物であることなど、シヴァはすっかり失念していた。
 ハルマゲドン。ラグナロク。神々の闘いが現世に現れるというならば、恐らくこの二体の激突こそが、唯一その迫力に比肩しよう。
 剛力漲る拳と、頑強な肉体。獣の咆哮が交錯する。互いが持つ膨大なエネルギーの衝突に、間近で見るシヴァの身体がビリビリと震える。
 超パワーと超パワーの真っ向勝負は、ふたつの惑星が激突するかのようだった。
 
 “な、なんて・・・恐ろしい闘い・・・ッッ!!”

 気がつけば、6つの腕の拳すべてを、シヴァは強く握り締めていた。
 恐怖ゆえか。闘志の余波に当てられたのか。拳だけでなく、奥歯もまた、無意識のままに強く噛み締めている。
 それでいて、蜘蛛のキメラは、激突の中心地からずいぶん遠ざかっていた。
 闘鬼と疵面獣、二体の戦闘に巻き込まれまいと、シヴァの細胞は主人を安全な場所に退避させたのだ。今のシヴァは、単なる傍観者に過ぎない。
 
「ッッ!! ・・・今のうちにッ・・・!!」

 轟音と咆哮、血飛沫を撒き散らす闘いに背を向け。
 シヴァは走った。本来の目的を、思い出したのだ。
 
“当初の計画通りではないけど・・・チャンスが到来したのは、間違いないわ! これならユリアを・・・復活できるッ!!”

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