366 / 398
「最終話 東京終末戦 ~幻影の聖少女~」
7章
しおりを挟む巨大生物の降誕は、落雷の衝撃に似ていた。
つんざく轟きが、魔人の鼓膜のみならず、全身をビシャリと叩く。爆風のごとき衝撃波のなかで、わずかな動揺すら見せなかったのは、暗黒王たる矜持ゆえか。
天も地も、十五夜の静謐な空気までもが、ビリビリと震撼する。
これから始まろうとする決戦に、原子レベルで空間が、固唾を飲むかのようだった。
「・・・貴様」
鋭く、冷たく呟いたのは、三日月に笑う黄金のマスク。
新たに出現した巨大生物は、濃紺のひとつ眼でじろりと見返すのみだった。
「少々、意外だったぞ。ゲドゥー」
菱形の頭部。黒縄で編まれた肉体に、白き鎧を装着した鋭利な姿。
“最凶の右手”をゴキゴキと鳴らす凶魔ゲドゥーは、濃密な闇を纏わせ皇居前広場に降臨していた。
すでに戦闘態勢に入っていることは、柳生殺人剣の使い手メフェレスでなくとも容易に察知できる。むしろゲドゥーは、敢えて殺意を露呈しているかのようだった。
「まさかこのオレに、正面から敵対しようとはな」
「意外か」
「単純なスカーフェイスとは、違うと思っていたのだが」
「アイツとは違う。お前への憎悪などはない」
「オレが覇王となることを嫌うか? 権力などへの執着は、貴様とは無縁のものだとばかり思っていたぞ」
「メフェレス。ひとの上に立つ自己満足など、実にくだらんものだ。他者の評価を己の存在価値の支えとするのは、弱き者のすることだ」
これ見よがしに、魔人は黄金のマスクを横に振った。
「貴様の哲学になど、興味はないわ」
「オレは美味いものを、たらふく喰えればそれでいい」
「美味いもの、だと?」
「命より美味いものはない。極上の魂は、尚更だ。至高の美味のため、お前が飼う『エデン』を戴く」
青銅剣を握る手と、“最凶の右手”とに力が篭もるのは同時であった。
魔人と凶魔を覆う闇が、一気に増幅して吹きつける。
ふたつの漆黒の暴風は、皇居前の広場で激突した。
疵面獣の咆哮が、満月の中天に轟いた。
首都全体、いや関東地方一帯が、震撼したかのようだった。凄まじい大音声に、立ち並ぶビル群がさざなみを打つ。威嚇と歓喜が、声には濃密に含まれていた。
「どうしたッ、オラァッ!! それで終わりってこたァ、ねえだろがッ!? こっちはまだ、遊び足りねェぞォッ!!」
猛るギャンジョーは、地響きをあげながら、一歩づつ太い脚を前に進めた。
北の丸公園の片隅に、赤銅の鬼が蹲っている。毒々しいまでの深紅に染まった全身。赤い表皮の上面を、濡れ光る鮮血が覆っていた。完全なる戦闘種族であるはずの怪物が、このような弱々しい姿をさらけ出すのは、むろん初めてのことだ。
信じられない光景、であった。
ガオウ、そして工藤吼介の強さを目の当たりにした者ならば、驚愕を禁じえまい。『最強』の看板を当たり前のように背負っていた格闘獣は、敗北はおろかダウンすら無縁の男なのだ。
その怪物が、鮮血を噴き出して地を這っている。スローモーな動きで。
闘いの化身に、クリティカルヒットを与えた。それだけでも、ギャンジョーが首都に勝ち鬨を響かせるだけの権利は、あるように思われた。
「生きてんだろォア!? わかってんだぜェェッ、てめえとオレの仲だァッ!!」
茶褐色の凶獣は、倒れ伏した赤鬼に迫っていく。トドメを刺すために。
ギャンジョーの放った“弩轟”は、シュラ・ガオウに大ダメージを与えたのは明らかだった。それでもモゾモゾと動く手足が、いまだ息があることを示している。
闘鬼を一撃で沈めた、ギャンジョーを褒めるべきか。
疵面獣の必殺光線を耐え切った、ガオウを賞賛すべきか。
確かなのは、不意打ちに成功したギャンジョーに、最強の赤鬼を始末する、千載一遇のチャンスが巡ってきたことだった。
「オレ様とは遊んでくれねえ、ってかッ、赤鬼ィ!? んじゃあ、構わねェッ、そのまま寝てろやァ」
ゆっくりと肉体を起こそうとするガオウの前に、凶獣は仁王立ちした。
その右腕に、象牙のような、白く長い槍手が光る。
ギャンジョーの槍腕は、愛用する匕首が変形したものだ。様々な兇器に変身する腕だが、他が拷問を主たる目的としているのに対し、この槍腕=短刀は殺し稼業における最大の武器。あくまで、ひとを殺すための道具だ。
それゆえ殺傷力については、槍腕は多くの兇器のなかでも飛び抜けて高い。
本物のドスで心臓を抉られれば、さしもの闘鬼も死を免れるわけがなかった。
「遊びはナシで・・・さっさと殺してやらァッ!!」
ガオウが身を起こすより早く、鋭利な槍の穂先が太い首元へ飛んだ。
「ッッ・・・ぐッ!!?」
「間一髪、というところかしら」
全身に絡みついた極細の糸が、ギャンジョーの凶行を阻止していた。
ガオウの首に届く寸前、ピタリと止まった槍の切っ先。ギリギリと食い込んでいく妖糸に構わず、スカーフェイスが背後を振り返る。
「てめえッ~~ッ・・・なに邪魔してやがんだァアッ、シヴァアアアぁッ~~ッ!!」
水色の肢体に6本の腕。異様な肉体をさらに引き立たせる、息を呑むほどの美貌と黄金律のプロポーション。
蜘蛛とのキメラ・ミュータント、シヴァはすべての腕から放った妖糸の束で、茶褐色の巨獣の動きを封じていた。
ファントムガール・ユリアを蘇生させるため、巨大化したシヴァであったが、とても本来の役目を果たせる状況ではなかった。出現と同時に、蜘蛛妖女はギャンジョーと敵対せざるを得ない。
もしここで、闘鬼ガオウを失えば、メフェレスの野望を砕くチャンスは早々と消滅する。
むろん、生物学者・片倉響子が思い描く「超人類構想」など、夢のまた夢だ。
「私にとってシュラは、地球の運命と同じくらい貴重なものよ。少なくとも、ファントムガールなんかよりね」
シュラという単語が、たぎるギャンジョーの心をさらに沸騰させる。
不愉快、いや憎悪に値する言葉だった。聞くたびに理屈抜きで、ハラワタが暴れ回るかと思うほどに怒りがこみあげる。
闘鬼ガオウのことを、この名で種別分けしているのは、なんとなくわかっている。ファントムガール・ナナも、この種族に近いらしい。
だが、シュラという存在は、ミュータントのギャンジョーに劣等感を植え付けさせた。勝手にギャンジョーが、屈辱を背負い込んでしまうのだが。誰もなにも言っていないのに、この男は自分がシュラより下だと、嘲笑われてるような気になった。
許されざることだった。
戦闘者としての評価で、最凶の暗殺者が“負け組”に区別されるなど。
「殺すぞ、てめえ」
ヤクザ者独特の恫喝の声が、一転して静かに呟く。
戦慄に、蜘蛛妖女の全身が震えた。本気で来る――。まともにやっては勝機が薄いと悟るシヴァは、巨獣の肉体を細切れにせんと、斬糸を引きつける。
ブツッッ!!
軽やかな音色がして、蜘蛛の妖糸はすべてが両断された。
ギャンジョーの両腕には、白い槍腕が鈍い光を放っている。
“くッ!! やはり短刀相手には・・・分が悪いわ”
断たれた斬糸を手繰り寄せながら、シヴァ自身も後方へ飛ぶ。
日本刀の使い手・メフェレス。匕首の愛用者・ギャンジョー。相性という点で、シヴァは己がこれらの相手に対して、大きな戦力とならないことを自覚していた。“最凶の右手”を持つゲドゥーにも、斬糸などは通用しないだろう。
大量の束となった糸は、白い奔流のようだった。天の川のように、キラキラと輝きながら、飛び退がる妖美女の後を蛇行して追っていく。
「死ね」
斬糸が手元に戻るより早く、凶獣はシヴァの懐に飛び込んでいた。
巨体に似合わぬ脅威のスピード。眼と鼻の先で疵面が歪むのを見ながら、全身の血が引いていくのをシヴァは自覚した。
振りかぶる鋭利な杭槍が、視界の隅に映る。
攻防一体となった蜘蛛の糸は、いまだ手元に戻っていなかった。防ぐことも、反撃することも叶わず、凶獣の一撃に貫かれるしかない―――。
大地が割れるような、轟音がした。
「グオオオオオオッッ―――ッ!!! ウオオオッッ―――ンンンッッ!!!」
続けてシヴァの耳朶を打ったのは、赤鬼の猛々しい咆哮。
発射されたギャンジョーの槍腕を、出現したガオウが受け止めていた。
シヴァは知る。先程の轟音は、肉と肉とが凄まじい勢いで激突した音だと。
腕を振る。それを受け止める。たったそれだけのアクションで、雷鳴のごとき音響が轟くというのか。突如ガオウが眼の前に復活したことより、巨獣二体が秘めるパワーの凄まじさに、シヴァの眼が見開かれる。
「来いやあああッッ――ッ!!! ゴラアアアァアアッッ~~~ッッ!!!」
嬉々としている。ようにさえ、シヴァには見えた。
怒号を飛ばしたギャンジョーは、蜘蛛妖女など忘れたように、赤鬼と対峙した。空いたもう片方の槍腕を、ガオウの顔面に撃ち込む。
ドッッ!! と硬質な音がした。
迫る刺突を、闘鬼は腕で跳ねあげていた。力を力で弾き飛ばす。ギャンジョーの正面、ポカリと隙が生まれた、と見えた瞬間には、逆襲の豪打が放たれていた。
凶獣の胸板に、ガオウの拳が埋まる。
吼えた。茶褐色の疵面獣が。しかし、ひるまなかった。
脚を止め、互いに一歩もひかぬまま、拳と槍腕を打ち込みあう。打撃音の飛礫が、広い公園に降り注ぐ。
救われた。そんな感情さえ、シヴァは忘れた。
すぐ眼の前で、ガオウとギャンジョー、正真正銘の怪物二体が、正面から殴り合っている。
ドッ!! ゴッ!! ドゴオオオッッ!!! ブシュッ!! ドドドドドドドドッッッ!!!!
己も体長50mほどの巨大生物であることなど、シヴァはすっかり失念していた。
ハルマゲドン。ラグナロク。神々の闘いが現世に現れるというならば、恐らくこの二体の激突こそが、唯一その迫力に比肩しよう。
剛力漲る拳と、頑強な肉体。獣の咆哮が交錯する。互いが持つ膨大なエネルギーの衝突に、間近で見るシヴァの身体がビリビリと震える。
超パワーと超パワーの真っ向勝負は、ふたつの惑星が激突するかのようだった。
“な、なんて・・・恐ろしい闘い・・・ッッ!!”
気がつけば、6つの腕の拳すべてを、シヴァは強く握り締めていた。
恐怖ゆえか。闘志の余波に当てられたのか。拳だけでなく、奥歯もまた、無意識のままに強く噛み締めている。
それでいて、蜘蛛のキメラは、激突の中心地からずいぶん遠ざかっていた。
闘鬼と疵面獣、二体の戦闘に巻き込まれまいと、シヴァの細胞は主人を安全な場所に退避させたのだ。今のシヴァは、単なる傍観者に過ぎない。
「ッッ!! ・・・今のうちにッ・・・!!」
轟音と咆哮、血飛沫を撒き散らす闘いに背を向け。
シヴァは走った。本来の目的を、思い出したのだ。
“当初の計画通りではないけど・・・チャンスが到来したのは、間違いないわ! これならユリアを・・・復活できるッ!!”
0
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる