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16、炎vs水

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 マズイ、と思った瞬間には、テレビの向こうから、ゴキゴキと骨の軋む音色が届く。
『うああっ!? きゃあああっ~~っ!』
 ツーサイドアップにした髪を振り乱して、マイティ・フレアは悶絶していた。背中が反り曲がり、爪先立ちになっている。シアンに握り潰されて、手の骨を圧迫されているのだ。
 握力でゼルネラ星人に敵うわけがない。しかも、もう片方の腕も手首を掴まれてしまっている。両手を封じられた格好だ。
 そのままブンブンと、シアンは巨大ヒロインを振り回した。
 投げ縄をするときのカウボーイみたいだった。頭上で軽々とマイティ・フレアを回して、背中から校庭の赤土に叩きつける。
『うぐうぅ――っ!』
 呻く少女戦士に構わず、再び持ち上げ今度は腹から激突させた。
 何度も何度も。めちゃめちゃに振り回し、校庭に投げつける。大地の割れるような轟音が、画面から響いてきた。背後に映る街並みが、グラグラと揺れている。
 トドメとばかり、仰向けに叩きつけられた白銀の肢体は、バウンドして高く跳ね上がった。
 バババッ、と赤い雨が校庭に降る。マイティ・フレアは吐血したのだ。
 引き攣るような悲鳴が、すぐ近くで聞こえた。炎乃華のおやじさんのものだ。オレの両脚にしがみつく腕が、万力のようにガチガチに固まっていた。
『本当にバカな小娘。ノワルの奴はなにをやってたんだい?』
 苛立ちを隠しもしない表情で、シアンは吐き捨てた。
 大の字で横たわるマイティ・フレア。その可憐な顔に、容赦なく拳を突き下ろす。
 ドガアアアッ!
 シアンの放った右ストレートは、マイティ・フレアの顔……が寸前まであった大地に埋まり、深い亀裂を走らせていた。
 巨大ヒロインは立っている。跳ね起きて、シアンの一撃をギリギリでかわしたのだ。そのまま勢いを利用し、カウンターの前蹴りを鋭く打ち込む。
 マイティ・フレアの突き出した右脚は、まともにシアンの鳩尾に決まった。
 吹き飛ぶ青い身体。だがその程度でこたえるゼルネラ星人ではない。オレたちの強靭な肉体には、大したダメージとして残らない。
 距離を空けたふたりが、再び対峙した。一瞬、睨み合う。
 先に動いたのは、マイティ・フレアの方だった。
『フレアブラスターっ!』
 右腕を真っ直ぐ伸ばし、紅蓮の光線を発射する。
 悪くない、判断だった。力量差がある相手に対し、惜しまず必殺技を撃つ。もっとも得意とする威力の大きな技を放つのは、戦術として間違っていない。
 ……本来ならば。
 一直線に向かってくる猛炎の熱線を、シアンはまるで避けなかった。
 直撃する。ゴオオウッ、と業火が青い肢体を包み込む。
『……こんなものが、お前の必殺技なのかい?』
 シュウシュウと凄まじい勢いで白煙が昇るなか、シアンは平然としていた。
 欠片も残さず炎は消えて、気怠そうな表情を浮かべた姿は、まるで風呂上りとでもいった風情だ。もちろん火傷ひとつ負ってはいない。
 やっぱり、そうか。そうなるか。
 マイティ・フレアの攻撃は、間違っちゃいない。だけど相手が悪い。相性が悪すぎるんだ。
 炎のマナゲージを持つマイティ・フレアに対して、シアンは水の属性なのだ。水のマナゲージが、力の源泉となっている。
 まあ、マイティ・フレアのようにマナゲージを体表にさらけ出す、なんてマネはしちゃいないが。アレはマイティ・フラッシュに憧れた炎乃華だからこその仕様だ。普通、急所は隠すようにするのが当たり前だろ。
 説明するまでもないが、炎と水は正反対の性質だ。
 となれば、純粋に力のある者が勝つことになる。マイティ・フレアがいくら策を弄したところで、決め手の炎で上回らなきゃシアンを倒すことはできない。
 そして今、最大の技であるフレアブラスターが、容易くシアンに破られた。
 これが意味するところ、そして予測される闘いの結末は、ひとつだ。
『そん……なっ!?』
 切れ長の瞳を見開いたマイティ・フレアは、呆然と立ち尽くしていた。
 前回の闘いでゼネットにもフレアブラスターは通じなかったが、その時以上のショックを受けているはずだった。
 まともに決まっても通用しない、というのはキツイ。自分を全否定された気持ちになるんだ。名前の書き忘れとかならともかく、自信を持って回答したテストが0点になったら、今後どうしたらいいのかわからなくなるだろう?
 いよいよマズかった。一刻も早く、あの場にいかないと。
 だけど。
「お、おじさんッ! いい加減に離れてくださいよぉッ!」
 もうまともにテレビは見られず俯いているのに、炎乃華のおやじは絶対オレを逃がすかとばかりにしがみついている。
 くそッ! やるしか……ねえのか!? オッサン無理矢理振りほどくか!? 正体がバレたら、オレと炎乃華の関係は終わりになる。オレたちはもうずっと敵同士だ。仲良くなんて二度とできねえ。
 でも。炎乃華が死んでしまったら……。取返しがつかない。
 炎乃華を失ったら、元も子もないんだ。ましてあの子を闘いに巻き込んだのは、オレじゃねえか! 炎乃華だけは、絶対に殺させるわけにはいかない。
 でも。だけど。
 ……ええい、なんだよ、クソッ! 最強であるこのオレ様が、なんでこんなところでビビってんだよォッ!
『ほう。どうしたんだい? かかってこないのか』
『うっ……くうっ、うう……!』
『へえ、案外お利口じゃないか。さっきのバカという言葉は取り消すよ。自分じゃ私には勝てないということが、ちゃんと理解できているようだ』
『わ、私はっ! マイティ・フレアは……絶対に負けたりしないわっ!』
 お決まりの台詞を巨大ヒロインは叫んだ。炎乃華にとっては、本気も本気の言葉。
 なにしろ彼女が憧れている母親は、絶対に負けなかったのだから。
 シアンの挑発に、まともに乗った。真っ向から飛び込んでいく。光線が効かないなら、肉弾戦で、と思ったのかもしれない。
『ダブルパンチっ!』
 顔と胴体に向けて、左右の拳を同時に突き出した。
 ついさっき。小さなテレビ画面のなかで、母親のマイティ・フラッシュが繰り出した技を真似したのだ。
「ヤベえ」
 無意識のうちに、オレの口から呟きが漏れていた。
 パシパシッ! と乾いた音色がふたつ続いて、マイティ・フレアのストレートパンチは、両手ともシアンに受け止められていた。
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