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22、遊びの終わり

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 一直線に向かってくる、極太の弩流。オレがかわせば、校舎はきっと耐え切れない。まるまる崩壊して、授業中の生徒も教師もほぼ全員があの世へいく。
 放水のレーザーを、オレはまともに顔面で受けた。
「ッ……‼ やっぱり……あんたは……‼」
「どうした、シアン? 今更、わかり切っていたことじゃねえか」
 シアン必殺の鉄砲水も、オレからすれば爽快な朝のシャワーを浴びるようなものだった。
 顔中央に撃ち込まれる弩流を受けながら、ドンドンと前に進む。飛沫を跳ね返し、悠然と微笑んでやった。
「この〝総裁のノワル〟には、あらゆる攻撃が通用しない。全てのゼルネラ星人が、畏怖と絶望を胸に刻んだはずだがな」
 青ざめたシアンの左胸。心臓の位置へと、オレは本気の突きを繰り出した。
 ブンッ、と風の唸る音は、随分後から聞こえたはずだ。
 シアンの防御より遥かに速く、オレの右腕は盛り上がった左乳房に直撃した。
 爆発のような音がして、霧状になった水が四方八方に飛散する。
「……ッ‼ ふ、ふふ……ノワル、あんた……やっぱり昔から優しいねえ」
 蒼井妖子の左胸。その表面の液体化した部分だけを、オレは弾き飛ばしていた。
 完全に貫く手前で、拳は止めていた。なにしろ本物のヨーコ先生の身体を、壊すわけにはいかないからな。
 オレには絶対に敵わないことを、シアンに思い出させればいい。それだけで十分だった。
「ヨーコ先生を殺したくなかった、だけかもしれねえぞ?」
「もう少し拳の位置をズラしていたら……私のマナゲージは壊せたじゃないか。わかっていなかった、とは言わせないよ」
 当てただけで止めたオレの拳に、シアンは優しくキスをする。
 心臓が思わずドキリと鳴った。そういや昔はよく、オレがバトルに勝つたびにコイツは抱きついてきたよな……。
 古くからの知り合いだけに、たまに見せる可愛い顔をオレは知っている。
「ケッ。オレは昔から、お前のマナゲージには手を出さなかったろうが」
 数多くの同胞から、オレは様々なマナゲージを奪ってきたが、シアンを倒そうなどとは思ったことがない。
 幼馴染なんだから、当たり前だ。シアンは困ったヤツだけど、オレが倒すべき相手じゃないことくらい、わかっている。
「そういやそうだったね。全種類のマナゲージを集めたとされるあんたも、私のものには見向きもしなかったものねぇ」
「水のマナゲージはすでに持っているんでな。ま、仮になくても、お前からは取らない」
 不意に蒼井妖子の肩から、力が抜けるのがわかった。
 らしくもない、柔らかな微笑を浮かべている。こうやって見ていると、コイツはやっぱり美人だよなぁと思い知らされる。
 どうしてだか理由はわからないけど、あれだけ苛立っていたシアンは、少し機嫌を直したようだ。
「私の負けだよ、ノワル。やっぱりあんたには敵わないねぇ」
「おう。わかってくれりゃあ、それでいいんだ」
「だけどマイティ・フレアのことは別だよ。あの小娘は、私が殺す」
「ちょッ、お前なあ」
 なんだコイツ。全然わかってないじゃねえか!
 どうしてそこまで炎乃華にこだわるんだ? 慈悲の欠片もない女だけど、無法者ってわけじゃない。オレから獲物を横取りしようなんて、今まで一度もなかったじゃないか。
「こんなカスしかいない星で、あまりモタモタしてちゃあゼルネラ星人の名に傷がつくよ。そうだろう、ノワル? とっとと制圧して、次の星にいくべきさ」
「だからオレが、目一杯この星の価値をあげてから勝つって言ってるじゃ……」
「あんた、自分の獲物だって主張するけどさ。今まで何度も闘ったんだろう? じゃあ今度は私に譲りなよ。マイティ・フレアへの次の挑戦権は、私にあるはずだよ」
 そんなルールは決めたわけじゃないが、オレは言葉に詰まった。シアンの言うことも一理ある。
 仮にも〝総裁〟なんて呼ばれているこのオレが、あまり我を通すのも好ましいことじゃなかった。
 ルール押し付けてるヤツがワガママ放題していたら、そりゃみんなついてこないでしょ?
「もう一度言うよ。マイティ・フレアに負けたら、あんたは死ななきゃいけない……ゼルネラの法典をちゃんとわかっているんだろうね?」
「おいおい、オレに勝つのはこの星の神様だって不可能なことは知ってるだろうが」
「……あんたに死んでもらったら、困るんだよ。私が、さ」
 ぷい、と急に顔を背けたために、最後の方の台詞はよく聞こえなかった。
 どうやらシアンは、万が一、いや兆が一くらいの確率で奇跡が起きるのを心配しているらしい。
 いくらなんでも、本気になったオレが炎乃華に負けるなんて有り得ないのだが……まあ、誇り高いシアンは、ゼルネラの名を汚すことに耐えられないんだろうな。
 心配しなくても、最後には必ずマイティ・フレアはオレが倒す。それはもう、ずっと前から決めていることだ。もうちょっと、あとちょっとだけ炎乃華が強くなったら、オレは美味しくマイティ・フレアを調理する。
 ――その予定だった。
「もう遊びはいいだろう、ノワル」
 遊び、か。
 炎乃華の父親に投げられた言葉が、苦みとともに胸に蘇ってきた。
「ヒロインごっこ」……そうかもしれない。傍目から見たら、オレと炎乃華がやっているのは、単なる遊びなのかもしれない。
「地球人たちの本音を聞いただろう? あの小娘がどれだけ痛い想いをしてこの星を守っても、誰も喜んでなんていないのさ。楽しんでいるのは、あんただけじゃないのかい?」
 闘いの後、炎乃華は眠りながら悶え苦しんでいると、父親は教えてくれた。
 オレは夢を、ヒロインになりたいという炎乃華の夢を、叶えてやりたかっただけだった。
 でも本当は、彼女も父親も地球人たちも……苦しめている、だけなのかもしれない。
「……そろそろ、潮時かもな」
 ポツリと、自然に言葉が漏れ出ていた。
「安心しな、ノワル。私がマイティ・フレアを倒せば、全ては丸く収まるんだ。今更あの小娘を手にかけるのは、あんたも嫌だろう?」
「ま、待て待て! お前まさか、本当に炎乃華を殺すつもりじゃないだろうな!? 星の制圧には極力無用な犠牲を出さないって決めたはずだぞッ!」
「じゃあ殺さなければいいね?」
 冷たい瞳でオレを見詰めて、シアンは唇を吊り上げた。
「いいわ。あんたの望み通り、マイティ・フレアはラクに眠らせてあげる。それならいいね? 私が全てにケリをつけて構わないね?」
「お、おお……」
 微笑を貼り付けたシアンから物理のような圧力を感じて、オレは思わずうなずいていた。
 炎乃華を傷つけずに倒すとシアンが言うのなら、これ以上反論する余地がない。
 ……確かにシアンの指摘通り、いつまでもグダグダとマイティ・フレアとの決着を先延ばしにするのは、多くの者を不幸にするだけかもしれなかった。
 短い時間だったけど、炎乃華の夢は叶ったんだ。これ以上は、痛くて辛い想いをするだけじゃないのか。
 ここらで……お別れするのが、ちょうどいいのかもしれない。
「……わかった。お前の好きなようにしろ」
 さらばだ、マイティ・フレア。津口炎乃華。
 君と過ごした特撮話と闘いの日々は――楽しかったよ。
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