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24、ゴールディ

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 見渡す限り岩場しか見えない採石場は、本当に闘いやすい。
 数回、青色の女性ゼルネラ星人シアンと拳を交わしたマイティ・フレア……津口炎乃華は、改めて胸を撫で下ろしていた。前回闘った校庭では、どうしても周囲が気になってしまった。被害を最小限に食い止めないと、という想いが常に頭の片隅に居座っていた。
 もちろん、敗北の理由をそこに求めるつもりはない。
 純粋に、〝無上のシアン〟は強かった。日頃の武術の鍛錬で、それなりに炎乃華も強くなっているはずなのに……一撃が重い。打撃をガードしても、腕はジンジンと痺れ、衝撃が内臓にまで届いてくる。
 近接での肉弾戦をしばらく続け、食らいつくのがやっとであった・
「フゥン……ノワルが面白いと感じるのも、わからなくはないねぇ」
 両腕を腰にそえた姿勢で、シアンがポツリと呟く。
 しっかりと構えをとっている炎乃華とは、あまりに対照的だった。無防備で、見下すように青い眼を向けてくる。筋肉で盛り上がった腕に、それ以上に膨らんだ大きなバスト。ハリウッド女優顔負けの美貌と相まって、炎乃華は様々な面で圧倒されている。
「だからこそ、お前のことは本当に気に入らないわ!」
 整ったシアンの顔が、般若のごとく吊り上がった。
 突き出した両腕が、グイーンと伸びてくる。水腕のムチだ。
 さんざん皮膚に炸裂した激痛が、炎乃華の脳裏に蘇った。懸命にかわす。広い採石場を左右に飛び回り、しなる腕から逃げ惑う。
 足元に叩きつけられた水ムチが、硬い岩場をバターのように抉っていた。
「くっ! うぅっ!」
「ちょこまかとすばしっこい小娘だね……けど諦めな。お前じゃ私に勝てるわけがない。そして今日は、前みたいに漆黒のナイトが助けに来ることはないよ」
 眼光は鋭いまま、シアンの唇が再び吊り上がる。今度は怒りのためではなく、笑ったためのようだ。
「お前には、ここで死んでもらうよ。ノワルには悪いけど、お前がすべての元凶なのさ! お前さえ消滅すれば、ノワルも元に戻るだろう」
 嫌な予感が、炎乃華の胸に湧き起った。
 背後で空間が、ぐにゃりと歪むのがわかる。この感覚は、慣れ親しんだものだ。黒いゼルネラ星人が、巨獣を亜空間から呼び出す時のアレ。
 反射的に振り返った炎乃華は、新たに現れた敵の姿を焼きつける。
「宇宙ロボ、ゴールディ。私の命令に忠実な殺戮マシンさ。気まぐれな巨獣どもは、私の趣味に合わないんでねぇ」
 全身が黄金色の装甲で覆われた、二足歩行のロボット。
 顔に当たる部分には、長方形の電光掲示板がピカピカと光っている。身長は巨大化した炎乃華より少し高い程度だが、あらゆる部位が太く重厚感があった。
 右腕は巨大な注射器になっていて、先端が鋭く尖っている。内部を満たすのは、鮮やかな青色の液体。
「ゴールディ、命令を下すわ。その女、マイティ・フレアを殺しなさい」
 顔の電光掲示板が激しく点滅する。「イエッサー」とでも答えているかのように。
 黄金のロボは真っ直ぐに炎乃華に向かってくる。決して速くはないが、力強く重々しい足取り。一歩を踏みしめるたびに、黄土色の地肌が震える。無機質なその歩みに、炎乃華は着実に指令を実行しようとするマシンの意志を感じ取った。
「たあああ――っ!」
 声を張り上げたのは、己に気合いを注入するためでもあった。
 纏わりつく嫌な予感を、振り切るように。白銀と深紅の巨大少女は、真正面からゴールディにぶつかっていく。己から黄金ロボの懐に飛び込む。
 もう二度と負けてはいけない。人々を不安にさせてはいけない。
 自分が何者であるかを、炎乃華はよく理解しているつもりだった。ずっと憧れていた、「正義のヒロイン」になれたのだ。母親と同じ存在に、本当になれた。だから、津口炎乃華としては逃げだしたい怪物が相手でも、マイティ・フレアは勝たなくちゃいけない。
「私はっ! マイティ・フレアは……負けるわけにはいかないのっ!」
 本物の巨大ヒロインでいる間は、炎乃華は『正義のヒロイン』を語ることが許された。特撮番組やアニメにしかいない存在を、本気で語っても許された。
 誰かのために闘うとか、地球を守るとか、人前で真剣に希望や目標を語っても構わないのだ。マイティ・フレアになる前なら、バカにされたのに。幼稚だと、嘲笑されたのに。
 もう誰も笑わない。キモイとか、酷い言葉も掛けられなくなった。
 これからもお母さんと同じ『正義のヒロイン』を続けるためには、マイティ・フレアは負けてはならない。負けたらもう、誰も認めてくれなくなる。また罵倒される。
「てやあああ――っ!」
 電光掲示板に、まともに右の拳が吸い込まれた。ガゴンッ、という鈍い音。
 スレンダーな肢体を飛燕のごとく踊らせて、炎乃華はスピードで勝負をかける。ゴールディが伸ばしてくる腕をすべてかわし、パンチとキックを叩き込む。一発反撃してくる間に、三発の攻撃を繰り出した。
「ちッ!」
 背後でシアンが舌打ちするのが聞こえてくる。マイティ・フレアの健闘は、ゼルネラ星人にとっても予想外だったのだろう。見た目にもパワーの差は明らかだが、宇宙ロボの脅威を炎の戦士はスピードで抑えている。ここまで圧倒的に優勢といっていい。
 とはいえ。
(硬いっ……! なんて頑丈なの、このままでは私の拳の方が壊れてしまうわ……)
 何十発と打ち込んだ拳の先から、血が滲み始めていた。
 機械ゆえのパワーだけではない。黄金の装甲による耐久力も、宇宙ロボは桁外れであった。攻めているのは炎乃華なのに、追い込まれていく感覚がある。打撃では到底ゴールディを破壊することは出来そうにない。
 シアン戦に向けて、体力を温存する余裕などなさそうだった。
 必殺の光線を放つしか、ない。
「フレアブラスター!」
 右腕を一直線に伸ばして、灼熱の光線を発射する。
 鈍重な黄金のロボは、格好の的であった。まともに顔面、電光掲示板に直撃する。分厚い装甲ならともかく、この部分なら超高熱で溶かせるはず……
 というのは、炎乃華の甘さだった。
「相変わらずバカね。お前の炎など、ゴールディに通用するものか」
 深紅の奔流を浴びながら、平然と宇宙ロボは右腕を突き出す。
 巨大な注射器の先端。あっ、と思った時には、青色の液体がスプレー状に、炎乃華に向かって飛び出した。
 光線を中断して横に跳んでいたのは、本能が成せる業だったか。
 ジュウウ、と一瞬にしてフレアブラスターの炎が消えていく。青い霧に、触れた瞬間に。
 残った飛沫が地面に落ちるや、白い煙をあげて岩場が溶けていった。
「うぅっ! ……こ、これはっ……!?」
「フン。言ったはずだよ。お前を殺すとね」
 シアンの声に背筋がゾクリと震える。悪寒。
 マズイ、と身構えた時には首を強烈な圧迫感が襲っていた。
 水腕のムチが背後から伸びて、細い首にぐるぐると巻き付いている。
「ぐううっ……うう――っ!」
「おやおや、なんだいその顔は。まさか卑怯だなんて思っていないだろうね?」
 窒息の苦しさに耐えながら、炎乃華は己の油断を呪いたくなる。
 漆黒の悪逆宇宙人……いつも闘っているノワルとは違うのだ。この女性のゼルネラ星人は。
 他のものと闘っている間、手を出さないとなぜ思い込んでいたのか。傍観を決め込んでくれるような相手ではないのだ。
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