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隠されしエルフの美姫……?

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 青い鳥を探す王女の物語を始めよう。

 物語の主人公は名前をフロリナという。フロリナは大変美しい娘だった。つましい暮らしの木こりの娘らしく、つぎのあたった服を着て、髪に飾るのも野に咲く花でしかないが、彼女の肩に小鳥は舞い降り、膝には子リスたちが昼寝する。
 物心ついてから、フロリナは父と母以外の人間を知らない。そして、父と母の容貌と、泉に映るフロリナの容貌は違う点が幾つもあった。
 ひとつ、父母の髪の色は茶色いが、フロリナの髪の色は輝く銀色である。その銀色の中に、一筋二筋金色の筋が混ざって、陽光に銅色に輝く。
 ひとつ、父母の目の色は昼も夜も茶色だが、フロリナの瞳は色が変わる。彼女の感情を映して、虹のように色を変える。平時は凪いだ湖の色を見せる。
 ひとつ、フロリナの耳の先はとんがっているが、父母の耳は丸い形をしている。
 でも、フロリナは細かいことは気にしないように努めた。疑問を向けると、父母は決まって悲しげな顔をしたから。フロリナが父母以外の誰の目にも触れずに育てられていたとしても、十分な愛情を彼らは与えてくれた。父母は木こりの割には博識で、どんなこともフロリナに教えてくれた。
 この世界の仕組み。世界を支える世界樹、古い種族であるエルフと、新しい種族である人間の誕生。世界の守護者たる竜。
 魔法使いと邪な者たちの永く続く戦い。魔力の源であり、世界樹のまわりを巡る四大精霊とその眷属達。
 それら全ては、複雑に絡み合って、この世界の光と闇は鬩ぎ合う。
 しかし、フロリナの日常はあくまで平和だった。
 その平和は、ある日突然途切れた。

 フロリナと父母の住む木こり小屋に、兵士達が押し入ってきた。彼らは父母をとらえ、フロリナを鳥か何かのように、金の籠に入れて馬車に積み込んだ。
 フロリナは馬車の暗闇の中で震えながら、がんがんと痛む頭で、なぜこうなったのか考える。

 フロリナの容貌が父母と違うせい? もしかして、父母はフロリナをどこかから拾ってきたのだろうか? フロリナは邪な存在……。

 ――いや、違う、フロリナは確かに父母の子供だ。ただ、彼女はイレギュラーな存在なだけだ。

 フロリナの頭の中に自ずから答えが浮かんでくる。

 ――フロリナは薄まったエルフの血が先祖返りした娘だったはず。これからフロリナは、魔王を倒す旅に巻き込まれる、聖女として。

 聖女?

 浮かぶ言葉を、フロリナは一度として、耳にしたことがないはずだ。けれども、言葉達は、次々に火がついていく花火のようにフロリナの頭の中に弾け始める。

 つまらない授業の間、――はノートに物語を書き綴った。
 夢中になっていたファンタジーノベルの設定をかき集めて、――は一冊のノートに夢を詰め込んだ。
 世界を滅ぼそうとする魔王と、魔王に立ち向かう勇者達。エルフの先祖がえりであったフロリナは王の命を受けて、王子と神官を伴って旅をする。旅の目的は、魔王を倒す仲間を集め、魔王を倒すこと。
 魔王を倒すために必要なのは、四大精霊の力を持った人間だ。精霊の祝福を受けた彼らを見つけ、力を合わせて、魔王と戦う。
 凜々しく勇敢で正義を貫く勇者王子。
 美貌の魔法神官。
 地の加護を受けた筋骨逞しい壮年。
 水の加護を受けた知恵溢れる青年。
 火の加護を受けた血気盛んな若者。
 風の加護を受けた気まぐれな少年。
 闇の魔王。

 自分がノートに書いた下手なキャラクター絵まで思い出して、フロリナは籠の底に突っ伏した。
 まさしく中二の妄想。ノートに手書きのポエム。
 何だかよくわからないけどシリアス顔で涙を流してるイラスト。

「なっ……んじゃ、こりゃぁああっ!」

 フロリナは故・松田優作も真っ青な大声で叫んだ。フロリナいや、厨二病のリナ。
 古居 莉名。
 それが彼女の本当の名前。

「ちょ、ちょっとありえない。マジない、まさかの」

 フロリナ――リナは自分の記憶と現在の照合を必死に照合する。
 リナは極東の島国である日本の平凡な市民。兼業農家の父と専業主婦の母の間に生まれた一男一女。愉快な厨二病を発症し、それも大学生になることには読み専として小康状態(兄は厨二のレジェンドに進化した)、やっとこさっとこ就職し、都会で一人暮らしのモテない会社員暮らしをしていた……はずだ。
 がんがんと痛む頭をかきむしる。
 年老いた両親の顔が浮かんだ。いらないと言っているのに段ボールに野菜を詰めて都会暮らしの娘に送ってくる父母。
 彼らの顔が、やつれた泣き顔に変わる。
 リナは菊のしとねに横たわっていた。

(そうだ、あたし、死んだんだ……)

 ぽろりとリナの目から涙が零れた。リナの目は今や青みを帯びた紫色に変わっていたが、それを見るものは闇しかない。

(死んで……これはいわゆる)

 異世界転生!

(この世界はあたしの黒歴史ノートのままの世界……なんだ……)

 馬車はがたごとと揺れながらどこかに向かっていく。向かう先もリナにはわかっていた。
 これからリナは王の御前に立ち、魔王討伐の任を与えられるのだ。
 父母はリナの過酷な宿命を察知して、彼女を連れて森に逃げた。かつての王国の大神官と巫女。

(我ながら……なんたる設定……夢じゃないの!? ほんとに異世界転生的なあれなの!?)

 しかも、続いて蘇った記憶に、リナは絶望のため息を漏らした。

 フロリナはそのエルフの美しさと清廉なひととなりで、勇者様ご一行にモテる。モテにモテる。
 所謂、異世界転生逆ハーレム。流石黒歴史である。思い返すと恥で脱力する。本当に、リナの黒歴史ノートワールドに、リナがフロリナとして転生しているのであれば、少女漫画真っ青の展開が待ち受けている。
「……あああ」
 リナは精神的には結構枯れていた。二次元には夢が、三次元には現実がある。童貞のまま男はいつか妖精になるというのなら、リナも妖精になれたはずだ。――実際、今、エルフのフロリナに、なってる。

「ああああああっ!!」

 リナは混乱のままにまた松田優作叫びをして、しょうが無いから鳥籠の中に丸くなった。 頭が痛いんだもん。しくしく。
 そのうちに馬車は止まる。

 ゆっくりと馬車の扉が開かれ、リナは鳥籠の格子ごしに、自分に差し伸べる青年の姿を見て、再び絶望の呻きを漏らした。青年はうちひしがれた様子のリナに痛ましげに眉を顰める。

「王の命とはいえ、このような手荒な扱いを許して欲しい」

 開いた扉の向こう、青年の向こうには白亜の城。
 城の大門の前に馬車は乗り付けているのだ。開いた大門の向こうには、幾つもの階段とそれに連なる塔。
 一際大きな塔、それが王の住まう場所。

(っていう設定でした……)

 リナはくらりと目眩して、鳥籠に金銀の頭をぶつける。
 それを、すんでで大きな手が救う。格子越しに腕を差し入れて、彼女の肩を支えた若者は、リナと目が合うと、誠実そうな笑顔を浮かべた。
 まさしく黒歴史ノートに書いた金髪碧眼の王子、オーランドであった。

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