メイストームのあとは飛行機雲

松山あき

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メイストームのあとは飛行機雲

36《直人視点》

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 朝早く、昴希はいつも通りに着替えた状態で直人の前に姿を現した。
 
 そのことに直人は胸を撫で下ろすが、ずいぶん泣いたのだろう、目の周りが腫れている。直人が見てきた昴希よりずいぶん弱々しく見えた。

 さすがにこのまま学校に行かせるのは憚られ、直人は嫌がる昴希を無理に部屋に押し戻した。
 過剰な心配もあらぬ誤解も、いつもの昴希なら望まないものだと考えたからだった。

 結局あんな状態の昴希からは何も聞けず、昨日何があったのか分からないままだった。
 何の根拠もないが「翼が何かしでかしたのではないか」と思いつつも、逆に根拠もないのに疑うのは良くないと、己の倫理と戦いながらの登校する羽目になる。

「なあ、直人。昴希は?」

 教室に入って一番にそれを聞いてきたのは意外にも祐一だった。
 昴希の不在に敏感な翼は、まだホームルームまで時間があるとはいえ机に突っ伏したままだ。

「具合悪そうだったから休ませた。熱もあるみたいでさ。」
「そうか……。」
「何か用事?」
「いや、その……。」

 妙に歯切れが悪い祐一に直人は首を傾げつつ、何やら周りを気にしてるような仕草だったため、「場所変えるか?」と廊下に連れ出した。

 授業が始まる前であれば特別棟の三階は静かなもので、人の気配はほとんどない。
 人の気配がないことに安心した祐一だが、それでも辺りを見渡してから「俺、昨日見ちゃって……。」と口を開いた。

 昨日祐一が見た内容はまさに直人が知りたいと思っていたことではあった。
 断片的ではあるものの、やはり翼が関わっていたのかと思わずにはいられない。そして同時に祐一に見られていたのが直人の中では一番の気がかりだった。

「今の誰かに話したか?」
「いや。千彰ちゃんにも直人だけって言われてるし。ってか、昨日めっちゃ怖かったんだって。」

 祐一がゴシップや噂話が好きなタイプではないと知りつつも確認すれば、どうやら千彰が先回りしてくれていたらしい。
 胸ぐらを掴まれ脅された祐一には申し訳ないが、直人としてはよくやったと言わざるを得ない。

「よくわかんないけど、大丈夫なのか?翼も元気ないし。」
「……さあな。俺もちょっと翼と話してみるよ。」

 曖昧に濁して予鈴も鳴ったからと教室に戻ることにした。
 話を聞いたときから翼に対する怒りはあったが、それを今この場で出すことはできない。何かを知っていることさえ悟られないよう、言葉さえ慎重に選んだつもりだった。
 
 本当はあれほど親友を傷つけるなと言ったではないかと、今すぐに殴りに行きたい気分だったがあふれ出てきそうな感情を必死抑えた。

 放課後になって少しは落ち着いたが、それでも今にも爆発しそうな感情を抱えてまっすぐに翼の下に行く。
 今日の翼は一日ぼんやりしていた。とりあえず教科書とノートは机に出していたが、誰が見ても内容を聞いていないのは分かるほど心ここにあらずという状態だった。

「翼、お前の部屋行くぞ。……用件はわかるよな?」
「わかる。」

 このときほど自分が我慢強いことに感謝したことはない。寮に戻り翼の部屋の扉が閉まった途端、直人は一日抑えてきたものが爆発した。
 迷わず翼の襟元を掴み、そのまま壁に押し付けた。

「……入梅に言ったな。」
「…………。」
「昴希のこと好きなんじゃねえのかよッ。」
「…………好き。大好きなのに、オレ……。」

 一発殴ってやろうかと思っていたが、直人は様子がおかしいと拳が止まる。いや、翼の態度は一日おかしかったが、こうやって間近に接してなぜか翼も傷ついた顔をしていることに気がついた。

「何でお前がそんな辛気くせえ顔してんだよ。」
「多分、オレ……こーちゃんに取り返しつかないことやった。」

 これから叱りつけようと思っていた相手がこれでは、直人も気が削がれるというものだ。大げさなほど大きなため息が出た。
 乱暴に翼を解放してやれば、床に色々と散乱した部屋の中に進んでいった。

「とりあえず何あったか全部言え。」

 洗濯したのかそうでないのかよく分からない靴下は隅の方にまとめてやり、家主でもないのにどっかりとソファに座った直人は視線だけで翼に話を促した。
 
 とぼとぼとイスの方に腰を掛けた翼は、これから叱られることが分かっている子どものように縮こまっている。
 動揺しているのか、普段のような飄々とした感じは一切ない状態で話しを切り出した。

「――つまり、昴希に避けられてるから何でか話聞こうかと思ったら、入梅が来たんだな。」
「そう。オレ、アイツ嫌いだからカッとなって本当のこと言っちゃって。そしたらこーちゃんすごい悲しそうな顔で教室出てって……。」

 色々ツッコミどころの多い話ではあるが、要はライバルに好きな子を取られるのが嫌で牽制したつもりらしい。秘密をバラすという最悪の形で。

 小学校六年生になった自分の弟でさえそんなことをしないと思うと、直人が認識していた以上に翼は精神的に子どものようだ。
 弟が好きな子が相手をしてくれないからと、意地悪をして泣かせたのなんて幼稚園のときの話だ。
 泣きついてきたが、逆に滾々と叱ってやったので直人もよく覚えている。

「あのなあ。なんで昴希がそんな顔したかわかるか?」
「こーちゃん、秘密にしてたから。」
「逆になんでお前は入梅に言ったわけ?」
「アイツが一番こーちゃんに嘘つかせるから。」

 嘘とはこの場合、昴希の第二性のことだろうか。だが隠すように言ったのは学校側であって千彰は関係がない。直人は首を傾げつつ、続きを促した。

「こーちゃんは多分、普通じゃいられないのが寂しいのに、大丈夫って顔するじゃん?それはこーちゃんが嘘つきだからなんだけど、でもちび助みたいに嘘ついてるこーちゃんに期待されたら、本当のこと言えなくなるし。だからすっげえムカついてて。あとアイツ、こーちゃんにベタベタしすぎ。」

 それは鋭いと、直人は思わずにはいられなかった。
 
 入学当初は成績は良いが体力のない昴希が主席であることが気に入らない生徒もいた。
 それでも穏やかで面倒見がよく、適度に悩みや弱みを見せる昴希を徐々に慕うクラスメイトが増えていった。そうして今の優等生としての昴希がいるとも言える。
 
 だが腕の傷を含め、本当に弱いところは誰にも言わない。特に直人には絶対に。
 それは結局自分達が昴希に「不動の主席」として期待してしまってるせいもあるのかもしれないと、直人は翼の指摘に言葉を失った。

 その中で“アルファ”の昴希と出会い、そうであることを望んだ千彰が目をつけられたのだと直人は理解した。

「だからって勝手に人の秘密言ったらダメなのはわかるよな?」
「……半分くらい。こーちゃんが嫌がるからダメなのは分かった。」

 先ほどの鋭さはどうしたと思わずにはいられない言葉に直人は頭を抱える。
 今はこの理解で十分かもしれないが、今後のことを考えるともう少し踏み込んだ方が良いかもしれないと姿勢を正した。

「例えば、だ。俺が全校集会とかで、翼が好きな人は昴希ですってバラしたらどう思う?」
「なおちんデリカシーなさすぎて引く。」
「何かムカつくけどいいわ。で、翼はドン引きしたあと俺と仲良くできる?」

 大きな子どもは首を横に振る。年齢を重ねている分弟より聞き分けが良くて助かると、直人はホッとする。
 
「……つまり、内緒にしてたり、誰にも言ってないことを他人にばらされるのってみんな嫌なの。嫌なことされたヤツと友達になりたいとは思わないから、翼のためにも言うなってこと。」

 一つ頷いて翼が理解したところで、直人の緊張も少し解けてきた。
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