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第三章 二人の手紙
37《勝視点》
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『勝 お元気ですか。この手紙は私がお国のため一層奮起するべき時がきたら出そうとあらかじめ書いたものです。海のそばにいるといつも勝とつながっているような気持ちになります。それはきっとずっと変わらないのでしょう。これから先海鳴きの郷は開かれなければいけない。軍にいて最先端の技術を体感する度に感じます。きっと郷が変わったその時に勝は私の弟と会うでしょうから、兄はいつもお前に会いたがっていたと教えてやってください。名を清二郎と言います。それから、勝も喫茶店や歌劇団に行ったら必ず教えてください。勝がどんなことを感じたのか、郷で語り合ったあの日のようにじっくり聞きたいです。いつまでも勝が故郷で大切にされて生活することを祈っています。それだけが私の望みです。勇猛果敢なる奮闘を祈る■◯ 清一郎』
まるで遺書ではないかと勝の手が震える。
勝の無事を祈る最後の暗号の横は不自然に新しいインクで塗りつぶされており、その横に震えた線で◯が書かれていた。
その歪な記号に清一郎の心が込められているような気がして勝の指先から力が抜けていく。
おかげで同封されていた写真がはらりと音を立てて床に落ちた。
それを視線で追いかけると、三年前よりもずっと精悍で大人っぽい顔つきをした清一郎がそこにいた。
写真にも澄ました表情にもなれていないのか、緊張しているのが伝わってくるようで、愛しさに勝の胸が潰れそうになる。
読み終えたことやそこに書かれているのが良い内容でなかったことが釘宮にも伝わったのだろう。
静かに立ち上がり、戦争を知っているのが不思議なほど美しい指先が清一郎の写真を拾い上げた。
「波多野、いいかい。」
子どもに言い聞かせるように言わねばならないほど自分は酷い顔をしているのだろうかと、釘宮を見つめ丁寧にその写真を受け取った。
春が終わりを告げる頃出会った純朴な少年は、いつの間にか凛々しい顔をする男になっていて、けれどもその心根が変わらないことを勝は何通もやりとりした手紙から感じている。
「落ち着いて聞きなさい。」
勝の手に清一郎の気持ちが全て渡ったことを確かめて、釘宮は今一度勝に注意を向けるよう促す。
先ほどより深い憐憫を感じさせる声色が、視線が、やはり清一郎によくないことが起きたのだと勝に告げる。
聞きたくない、と直感では思ったが、それでも清一郎のことは知らねばならないと感じて手紙を握りしめたまま勝は釘宮の言葉を待った。
「……パラオのペリリュー島にアメリカ兵が上陸した。昨日の話だ。」
勝の心が大きく揺れた。それなのに心臓は止まりそうなほど凍りついて、あまりの冷たさに痛みを覚えだす。
太平洋の島にアメリカ兵が足を踏み入れた。その先にある運命を、サイパンやタラワから勝も学んでいた。
玉砕――天皇陛下のために宝石が砕けるように美しく散る様を示したその言葉は、部隊の全滅を意味するのだと誰もが隠された事実を察していた。
サイパンはひと月足らず、タラワは数日で“玉砕”している。
圧倒的物量と太平洋を制圧したアメリカを前にそれ以外の運命がないのだと釘宮も勝も理解していた。
「中川大佐は素晴らしい策略家だが、おそらく数日だと上は言っている。」
数日以内に――あるいはもうすでに――清一郎の命はなくなるのだと考えるまでもなく勝は分かってしまった。
心が凍てついてしまったために身体が大きく震えて止まらない。
勝は本当はそのまま膝をついてしまいたいほどだったが、軍人としての矜持だけで耐えた。
「お前、このまま帰りなさい。」
勝の心が吹雪の中にいるのだと察した釘宮がそう告げる。
あまりの動揺に勝もそれに甘えてしまいたくなる。
今すぐに誰もいないところで泣き叫んでしまいたいほど、勝は悲しくて寂しくて、そしてとても悔しかった。
何とか上官に返事をしなければと、必死に呼吸をしていると、胸の奥で自分とは別の心が勝に何かを伝えようと燃え上がる。
普段は抑え込むばかりの海鳴き様の心に今回だけそっと耳を傾けてみると、「まだ生きている」叫んでいるように感じられた。
そうかお前は知っているのだな、と勝は心の中で海鳴き様に語りかける。
海鳴き様はその憎しみから清一郎の腹に呪いを刻んだ。
それがまだこの世界にあるのだと、自分の憎しみは消えていないと海鳴き様が暴れようとするのを呼吸を正して落ち着けようとする。
すると不思議と勝の心は落ち着いてきて、嵐のような焦りは指先に残るのみとなった。
「中尉殿、私は軍務に戻ります。問題ありません。」
思っていたよりも平坦な声が勝の口から出ていった。
清一郎が生きている確信と、それを信じたい願望が何とか勝の身体を支えて立てている。
その様子をどう捉えたのか、釘宮の顔から憐れみは消えないまましばらく勝の覚悟を試すようにじっと表情を覗き込んできた。
「……そうか。では励みなさい。」
お互いに敬礼をして挨拶を行えば、釘宮に促されて勝は仕事に戻る。
足先が冷たく固く、そして重たいように感じられたが、それを知らないフリをして己のやれねばならないことに勝は集中していった。
ペリリュー島玉砕の知らせは師走が迫るころにやってきた。
それを聞いてもなお、海鳴き様の恨みは燃え続け、それだけを拠り所に勝は戦い続けた。
まるで遺書ではないかと勝の手が震える。
勝の無事を祈る最後の暗号の横は不自然に新しいインクで塗りつぶされており、その横に震えた線で◯が書かれていた。
その歪な記号に清一郎の心が込められているような気がして勝の指先から力が抜けていく。
おかげで同封されていた写真がはらりと音を立てて床に落ちた。
それを視線で追いかけると、三年前よりもずっと精悍で大人っぽい顔つきをした清一郎がそこにいた。
写真にも澄ました表情にもなれていないのか、緊張しているのが伝わってくるようで、愛しさに勝の胸が潰れそうになる。
読み終えたことやそこに書かれているのが良い内容でなかったことが釘宮にも伝わったのだろう。
静かに立ち上がり、戦争を知っているのが不思議なほど美しい指先が清一郎の写真を拾い上げた。
「波多野、いいかい。」
子どもに言い聞かせるように言わねばならないほど自分は酷い顔をしているのだろうかと、釘宮を見つめ丁寧にその写真を受け取った。
春が終わりを告げる頃出会った純朴な少年は、いつの間にか凛々しい顔をする男になっていて、けれどもその心根が変わらないことを勝は何通もやりとりした手紙から感じている。
「落ち着いて聞きなさい。」
勝の手に清一郎の気持ちが全て渡ったことを確かめて、釘宮は今一度勝に注意を向けるよう促す。
先ほどより深い憐憫を感じさせる声色が、視線が、やはり清一郎によくないことが起きたのだと勝に告げる。
聞きたくない、と直感では思ったが、それでも清一郎のことは知らねばならないと感じて手紙を握りしめたまま勝は釘宮の言葉を待った。
「……パラオのペリリュー島にアメリカ兵が上陸した。昨日の話だ。」
勝の心が大きく揺れた。それなのに心臓は止まりそうなほど凍りついて、あまりの冷たさに痛みを覚えだす。
太平洋の島にアメリカ兵が足を踏み入れた。その先にある運命を、サイパンやタラワから勝も学んでいた。
玉砕――天皇陛下のために宝石が砕けるように美しく散る様を示したその言葉は、部隊の全滅を意味するのだと誰もが隠された事実を察していた。
サイパンはひと月足らず、タラワは数日で“玉砕”している。
圧倒的物量と太平洋を制圧したアメリカを前にそれ以外の運命がないのだと釘宮も勝も理解していた。
「中川大佐は素晴らしい策略家だが、おそらく数日だと上は言っている。」
数日以内に――あるいはもうすでに――清一郎の命はなくなるのだと考えるまでもなく勝は分かってしまった。
心が凍てついてしまったために身体が大きく震えて止まらない。
勝は本当はそのまま膝をついてしまいたいほどだったが、軍人としての矜持だけで耐えた。
「お前、このまま帰りなさい。」
勝の心が吹雪の中にいるのだと察した釘宮がそう告げる。
あまりの動揺に勝もそれに甘えてしまいたくなる。
今すぐに誰もいないところで泣き叫んでしまいたいほど、勝は悲しくて寂しくて、そしてとても悔しかった。
何とか上官に返事をしなければと、必死に呼吸をしていると、胸の奥で自分とは別の心が勝に何かを伝えようと燃え上がる。
普段は抑え込むばかりの海鳴き様の心に今回だけそっと耳を傾けてみると、「まだ生きている」叫んでいるように感じられた。
そうかお前は知っているのだな、と勝は心の中で海鳴き様に語りかける。
海鳴き様はその憎しみから清一郎の腹に呪いを刻んだ。
それがまだこの世界にあるのだと、自分の憎しみは消えていないと海鳴き様が暴れようとするのを呼吸を正して落ち着けようとする。
すると不思議と勝の心は落ち着いてきて、嵐のような焦りは指先に残るのみとなった。
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思っていたよりも平坦な声が勝の口から出ていった。
清一郎が生きている確信と、それを信じたい願望が何とか勝の身体を支えて立てている。
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「……そうか。では励みなさい。」
お互いに敬礼をして挨拶を行えば、釘宮に促されて勝は仕事に戻る。
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