海鳴き様と暮らした郷

松山あき

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第四章 終戦

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 本当はあの手紙の最後には☓をつけていた。

 パラオに来た日に佐藤から戦争の現実を聞いて、きっといつか急にそういう日が来ると感じ、その後何日もかけて、何度も書き直しを行って清一郎は最後の手紙を仕上げた。

 出会った頃に沖の……港の町の向こう側にあるものを勝は教えてくれた。
 今は若者の憧れだと分かる洒落たものについて話すとき、少し顔が幼く少年らしくなる姿が好きだった。
 
 いつもすました顔をして、それなのに視線だけが力強い。
 そんな勝がずっと近くにいてくれればいいのに、と郷にいたときには純粋な子どもの憧れのようなことを考えもした。

 きっとあの頃からずっと自分は勝に「恋」をしていたのだと、便箋の前で己と向き合ってようやく思い至る。
 この手紙が必要になる時にはその思いも気づくには遅すぎるものになる。だから愛しているとは書けなかった。
  
 きっともう手紙は送れないと、死ぬ運命にあると勝に伝えるつもりで☓とつけたが、それでもいざ封筒に入れる段階になって、やはり心配をかけたくないと、最後の見栄でそれを消した。
 
 もう会えないのも、死ぬのも怖くて描いた◯は随分歪になったのでかえって勝を心配させてしまうかもしれないと思いつつ、封をして輸送船団に託した。

 あの手紙は届いただろうかと、清一郎はぼんやりパラオの美しい月を眺める。
 一緒に手を取り合って郷から逃げ、海鳴き様の心を分け合った夜はずいぶん明るかったが今日は暗い。

 ペリリュー島は元々緑豊かな土地ではあったが、アメリカ兵が上陸する前に海からの艦砲射撃と空爆で焼き尽くしてしまったので、月明かりが届かない夜の暗闇しか隠れるところはない。

 清一郎たちは息を殺しながら今か今かと合図を待ちわびた。
 ほとんどの兵は何も持っていない。清一郎も何とか見つけた砕けたサンゴの石を手にしているだけだ。
 この石には苦労させられた。
 陣地構築のときに手が折れそうなほどの思いをしたおかげで硬さもよく知っていたし、これで殴られたらたまったものではないことも清一郎には予測ができた。

 だがこの石がろ過した水が島のあちこちで湧くし、清一郎も先ほど口にしたのはそういう島の恵みでもある。
 ギラケルが語った大事な自然をこのように使うのは少し気が引けるが、まともな武器も爆薬もこの島には残されていない。

 洞窟の中にいたおかげだろう。あちらには見えていないようだが、前方に控える兵には彼らが見えているようだ。
 皆一様に同じ方向を向いているので清一郎もそれに倣うが、陣地があるのがわかる程度で人影は確認できない。

 すうっと司令官の息を吸い込む音が聞こえた気がした。
 それは周りも一緒だったようで、一気に空気がピリッと張り詰める。

「総員!突撃ッ!!」

「うぉおおーー!!」

 掛け声と共に皆で一斉にアメリカの陣地に駆けていく。

 周りで皆が「天皇陛下万歳」と叫ぶのがいやに耳についた。
 郷で育った清一郎は良くも悪くも天皇陛下のために命を使うことはできなくて、その言葉を口にはできなかったが、とりあえず獣のように咆哮をあげながらひたすら駆けていく。

 ダダダダッという重く、それでいて軽快な敵の銃声が響く度に陣形が崩れる。
 前にいた者が一人、また一人と倒れていった。

 それを避けている余裕は清一郎にもなく、幾人か踏んでしまったようにも思う。
 そして、清一郎の視界が凄まじい速さで弾を繰り出せる銃を構えたアメリカ兵を捉えたとき、前から雪崩のように兵士が倒れてくるのが見えた。

 なぜだか時間がゆっくり進むように仲間の姿が踊るようにこちらに迫ってくる。
 すぐ目の前の味方が崩れた。
 ああいよいよ自分の順番かと敵の銃口を見据えたところで清一郎の意識が途切れる。

 やっぱり、今すぐ勝に会いたい――。
 雫のような僅かな思考の中、清一郎は勝の顔をはっきりと思い浮かべることができていた。

 あの夜に「馬鹿者!!お前が犠牲になる道理がどこにある!!」と叫んだ、自分を思う怒り顔をなぜだか思い出して、涙が頬を伝っていった。
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