海鳴き様と暮らした郷

松山あき

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第五章 再会

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 源吉の三度目の月命日を迎えた。
 季節は冬の入り口で、暖かい町なので霜には早いが毎朝布団から出るのが辛くなってきた。

 勝もこの頃は忙しく夜遅くに帰ってくることも増えていた。
 だが、この日だけは休みをとってくれていて、どちらが言い出したわけでもなく自然と二人で出かけることにした。

 季節のせいもあるのか、このところ曇りがちなことが多い。
 勝は兄のお下がりだという上着を、清一郎も自分の服や源吉の遺品を重ね着するほど風も冷たい。

 それなのに人々は家の外に出てきていて、町は普段よりざわついているようだ。

「……今日はずいぶん賑やかだな。」

「今日は外人さんが来る日じゃあ。」

 子どもたちは外に出て彼らのジープを今か今かと待ち構えていて、大人たちも顔には出せないが彼らがいつ来るのか気になって落ち着きがない様子だ。

「……そうか。進駐軍か。」

 そうポツリと漏らした勝が複雑そうな顔をする理由を清一郎もよく分かっていた。
 勝にとってはこの町に帰るまで敵だと思っていた人間がこんなにも心待ちにされているのは、あまり気分が良いものではないだろう。
 インパールから帰ったという男も今日は一歩も家から出たくないと休みを申し出ている。

「時代は、本当に変わったのだな。」

「勝……。」

「良い。おかげでこの町の人間も飢えから救われている。……そのことはお祖父様からも父様からも聞いた。」

 勝の家も私財を出してはいるが、男も子どももいなくなった畑で物が採れるはずもなく、また国中に物がない状態なのであらゆる物が高い。
 そんな中、米兵の進駐軍が持ってくる配給はありがたいもので、皆、本心はどうあれ、それに感謝するしかないことは理解しており大人しく縋っている。

 勝の胸中も地主の家の者として、満州で時間を止めらた者として、帝国軍人として揺れているのが、伏せた瞳から伝わってくるようだった。

 二人で町の様子を眺めていると、独特のエンジン音を響かせてジープがやってきた。
 玉虫色に塗られたその車は陸軍の制服に使われていたものと同じだ。
 あの色の軍服が嫌だと海軍を志願した人間もいるのに米軍が纏うと様になるのが不思議なくらいだった。

「勝、待っててくれんか。」

 日本人より数段明るい髪色の兵隊が近づき、子どもたちの歓声が聞こえるとやはり勝は顔を伏せたが、清一郎は心待ちにしていた機会でもあったので、駆け出したい気持ちを抑えて尋ねる。

 清一郎の突然の申し出に勝は驚いて目を見開き、そのままそっと清一郎の袖に手を伸ばしてきた。
 不安そうに瞳が揺れるので、清一郎も優しく微笑んで見せた。

「すぐ戻る。ここにいるんが辛いなら家で待っててもええ。」

「……いや、ここにいる。」

 頷く勝を置いて、清一郎は子どもたちと一緒になって米兵に近づいていく。
 ジープに大はしゃぎする子どもに混じるのは少し恥ずかしかったが、一番近くにいた優しそうな人に話しかける。

「いくすきゅーず、プリーズ、あまいもん…………キャンデーか、チョコレート、プリーズ。」

 拙い英語と一緒に一円を差し出した清一郎の意図は伝わったらしく、彼は板チョコレートと小さな飴らしきものを二つ差し出してきた。
 それに清一郎は何度も頷いて、一円札と交換をした。

「センキュー、センキュー。ありがとうなあ。」

 きっとチョコレートくらいしか買えないと思っていただけに、飴のおまけがついたのは思わぬ幸運だった。
 
 だが様子を見ていた子どもからは菓子を横取りされたと思われたようで、清一郎に非難の視線が浴びせられる。

「清一郎ずりー。」

「大人なのに何するんじゃ。」

「こ、これはダメじゃ。勝にやる。」

 子どもの扱いに慣れている清一郎でも腹を減らした子どもらの勢いにはたじたじだ。
 もらった菓子を大事そうに握りしめて首を横に振れば、皆一斉にため息をついて清一郎の周りから離れていった。

「坊っちゃんじゃしょうがねえ。」

「清一郎は食うんじゃなか。」

 軍人になる前の勝のことなど覚えていなさそうな年頃の子たちだったが、親から色々聞いたのか波多野家への感謝なのか。
 清一郎からもらうのを諦めた後に、再び米兵の車や持ち物に夢中になっていった。

 ふうっと長いため息をつきながら勝の元に戻れば、子どもたちに責められている清一郎がよほどおかしかったのか、肩を震わせている。

「町の子どもたちはずいぶん逞しいな。」

「まったくじゃ。皆腹いっぱい飯を食ったことがないから、食べ物の恨みが一番こわい。……勝、お前さんにやる。」

 微笑ましく子どもたちを見つめる勝に、清一郎は先ほど買ってきたものを手渡した。
 銀の紙が巻かれ異国の文字で書かれたものと、紙に一つずつ包まれたものを勝は少し戸惑うような、困ったような顔をして清一郎と交互に見つめる。

「こっちがチョコレートじゃ。子どもたちが甘いと言っとる。こっちは飴玉か……いやキャラメルじゃな。」

「これは、清一郎が食べたくて買ったのではないのか?」

「そんなわけなか。……お前さんはちょっと肉をつけないといかん。」

 押し付けるようにして清一郎は勝にそれを手渡すと、くるりと背を向けてしまう。食い意地が張ってると思われたのが少し恥ずかしかった。
 それに勝はもう立派な大人だ。帰ってきたばかりの甘える姿が頭から離れず菓子をやったが、それで喜ぶと思っていた自分が幼いように思えていたたまれなくなる。

「ありがとう、清一郎。あとで一緒に食べよう。」

 清一郎の背中に勝の穏やかな声が響いた。
 そうっと後ろを振り返ってみると、大事そうに両手で包んだ菓子をカバンの中にそっと入れる様子が目に映る。
 始終勝の手のひらに宿る温度が優しく、やや熱いくらいに見えた。
 勘違いかもしれないとは思いつつ、その光景が清一郎の心拍数を一気に上げていく。

「子どもらには俺は食ったらいかんと言われとる。」

「そうなのか。なら内緒にしないといけないな。」

 清一郎と横並びで歩き出す勝が愛おしく、清一郎は手をつなぎたい、少し赤くなってきた頬に触れたいと願いながらまっすぐに町を見つめる勝を眺めた。

「そうだ。少ししか聞こえなかったが、お前は英語もも話せるようになったのだな。」

 勝の無邪気な言葉に、清一郎の表情が凍りついた。
 とくに非難めいた響きを帯びていたわけではないが、清一郎がいろいろなことを思い出すには十分だった。
 
 子どもたちのように気にしないでいてくれる者もいるが、清一郎がこの町に帰ってくるまでのことを良く思っていない大人も多い。
 その事実が唐突に蘇り、先ほどまで暑いくらいだった胸のあたりが、急に寒くなった気がして薄い上着の襟元を掴んで合わせた。

「……俺は、戦場でアメリカの捕虜になったから……少し話せるんじゃ。」

 清一郎の脳裏に島で起きた全てのことが駆け巡る。
 ギラケルたち島民と掘った防空壕、艦砲射撃の爆音と揺れ、飛行場奪還のために飛び出していった仲間たち、水筒を抱えながら頬に受けた銃弾の熱さと匂い、そして清一郎が帰ってきたあと耳にした人々の声……。

 勝は清一郎の過去を見る瞳に何を感じたのか、ただ悲しみを堪えるような表情でその顔を覗き込むだけで、ずっと何も言わなかった。
 横を歩いてくれる勝のことを思い出すのに少し時間がかかってしまい、波多野家で働く男が声をかけるまで清一郎はずっと南国の温かな島の夢を見ていた。
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