海鳴き様と暮らした郷

松山あき

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第五章 再会

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「それでな、源吉じいとの約束を果たすために帰ってきたんじゃ。」

 どれくらいの時間話をしていただろう。
 途中つまらなくて寝てしまっても仕方がないような話だったが、勝はきっと聞いていることが背中に感じる視線で分かった。

「約束、とは……。」

「俺が源吉じいとトキ子さんを海に還す約束じゃ。」

 帰ってきた清一郎を源吉はただ「おけえり。」とだけ優しい笑顔で言って出迎えてくれた。
 それが妙に嬉しくて、その分申し訳なくて清一郎は玄関で土下座をして謝ったが、源吉はその様子を見てペシッと頭を叩いてきた。
「おめえもバカじゃなあ。」という笑顔があまりにもいつも通りで、その後は海軍に行く前の日のように一緒に過ごした。

「お前はその約束のあともここにいてくれたのだな。」

「それは……。」

 その事実は、清一郎の喉の奥に刺さる魚の小骨のようなものだった。
 
 はじめは源吉を見送ったらすぐにでも、と思っていたが、帰ってきたら勝がまだ戻っていないと知って動揺した。
 その後、せめて源吉じいを見送るまでが、せめて勝の安否が分かるまでに変わり、今はせめて郷を開かせるまでになった。

 理由を作ってはズルズルと町にいる時間を引き延ばしてしまっている自分に清一郎も気づいている。
 それが理由に甘えた自分の卑怯さのようで、口を閉ざしてしまう。

「……清一郎、私はお前がいて良かった。」

 きっと勝の優しさからくる慰めだろうと、清一郎は息をついたきり何も答えなかった。
 だが、清一郎のその諦めを許さないかのように勝はさらに続けた。

「本当は、終戦直後に帰ることも出来た。……だが、それをしなかったのは、お前の目に映る私は帰らないと感じたからだ。お前の思う自分であることで、ずっとお前の幻を追っていた。……会いたかったのだ。どんな形でも良いから、お前に。」

 勝の切ない熱の籠もった声に清一郎の心が震えた。
 生き恥晒しであると知ってもなお迷いのないその声が、清一郎に特別な思いを伝えているように感じてならなかった。
 
 それが愛だと思うのは自分の奢りであるように思え、ぎゅうっと目を閉じて勘違いしそうになる自分を追い出そうとした。
 だが、今なら少しだけ清一郎の心を見せても良いのではないかと、そんな欲が顔を見せる。

「俺も、会いたかった……。死ぬと思うた時にも、生きてると気づいた時にも、いつもお前さんの顔が見えとった。」

 これが清一郎の告白だと勝は気づいているだろうか。
 気づいていなくても良かった。ただ、清一郎の希望はいつも勝だと知っていてくれればそれで十分だと、そう思いながら布団の中に潜ろうと身体をもぞもぞと動かす清一郎を引き止めるように、勝が近づこうとしているのか布団の擦れる音が聞こえた。

「なら、ずっと私といてくれるのだな。」

 期待を寄せるその声に清一郎は答えられずに口を噤んだ。
 少しの沈黙も胸にチクチクと針が刺さるような感覚をもたらして、何と言ったら良いか必死に言葉をかき集める。

「……そう、できたらええなあ。」

 それが今の清一郎の精一杯の答えだった。
 勝が望み、自分も望んではいる。ずっと一緒にいたいと、離ればなれになったときから願っていた。

 だが、清一郎の耳には五年前に清一郎を「徴兵逃れの郷の人間」と呼び、そんな清一郎を「坊っちゃんはなぜ拾ってきたんだ」と言う町の人間の声が残っている。
 それが、いつか勝を苦しめると思うと、本当は今すぐにでも出ていきたかった。

「私を、望んではくれないのか?」

「違う。違うんじゃ。……俺は傷物だし、男じゃあ。勝を望んでいい人間じゃなか。」

 失望を滲ませて勝が言うので、慌てて勝と向き合うように寝返りを打った。
 すると、暗闇の中で思っていたよりも近い距離で目が合う。

 悲しみと寂しさを含ませた瞳がまっすぐに清一郎の心まで見ようとするかのように注がれる。
 できることなら周りの目や性別も恐れずに抱きしめて、望むままの言葉を与えて慰めたかった。

「……清一郎、寒い。」

「そうじゃなあ。」

「そちらに行っても良いか?」

「ダメじゃ。……海鳴き様の怒りを買ってしまう。」

 こんなにも触れられないことが切ない夜はなかった。
 満州で受けた傷を癒すことも、寒さに身を寄せ合うことも清一郎には許されていない。
 ずっと焦がれているこの男をただ抱きしめたいとそう願っても何もできなかった。

 布団の下で震えるほど拳を固く握り自分の情動を抑えるのに必死な清一郎を見つめたまま、勝が少しだけ半身を起こした。
 寝間着の袷が乱れていて、そこから覗く肌が妙に白く輝いているように見える。

「ならば、もう少し近くに行きたい。」

「……ええよ。」

 そうして掛け布団が重なるほどに近づくと、向かい合わせになって横になった。
 勝が清一郎の布団の角を握るので、清一郎も真似て端をそっと掴んだ。

 しばらく見つめ合ってからようやく眠りについたが、今日ほど布団の中が寒いと思ったことはなかった。
 それはきっと勝も同じだろうと、清一郎には感じられた。
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