海鳴き様と暮らした郷

松山あき

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第六章 災害

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 そのように言われることを清一郎も想像していなかったわけではない。
 けれども郷で過ごし、弟と一緒に成長してきた十四年間の記憶があまりに温かく、何事もなく五年間の溝を埋められると信じていたところもあった。
 だからこそ「裏切り者」という言葉が清一郎の胸に重く響いた。

「帰れ。今はお前の相手なんかしてられん。」

 俯く清一郎に再度冷たい言葉がかけられると、郷の人間も罪の重さを思い出したようで皆それぞれ視線を逸らしていった。
 沖からきた清一郎はこの郷では人ではない。

 それに反発したのは清一郎の後ろに控えていた勝だった。

「お前ッ……兄に対し何ということを言うのだ!!」

「ええ。……勝、ええんじゃ。俺のせいで清二郎にも家族にも辛い思いをさせた。それを思えば仕方がないことじゃ……。」

 郷を捨て、長の意向に反対して沖へ出た清一郎は、この郷で最も重い罪を犯した。
 それが家族に向くことも、そのせいで二度と帰れないことも、勝の手をとった時には理解していたはずだ。

「……すまんかった。山崩れが見えたから、心配できたんじゃ。他の家族はどうしとる?」

 和解は難しくてもせめてそれだけは聞いておきたかった。
 だが、清二郎は尋ねてきた兄に対して驚きの表情を見せた後、ふいっと顔を逸らして先ほどやっていたように地面を手で掘り始めた。

「……フミはその辺におる。」

「ハル子や清三郎は……。」

「お前はッ……お前は忘れたんか?ここにお前の家があったじゃろう?!」

 弟の絶叫に清一郎はハッとしてその場にしゃがみ込んだ。
 忘れてなどいなかった。だから危険だと分かってもこの斜面を降りてきた。

 この下に両親や下の弟妹がいるのだと弟の言葉で悟り、手で土砂を必死で掻いてみる。
 思いのほか硬く厚い土の壁は清一郎の指先に血を滲ませたが、それ以上に中々掘り進められないもどかしさばかり気になって背中のシャベルへ手を伸ばした。

「待て。清一郎、それで乱暴に掘り起こしては家族に傷をつけてしまうかもしれない。」

 息を乱して必死の形相を見せる清一郎を勝が止める。
 すぐ隣に腰を下ろすと、清一郎を安心させるようまっすぐに見つめながらゆっくり頷いた。

「まずはこの木を退かそう。それから慎重に掘り進めるようにすればいいだろう。」

「シャベルが壊れんか?」

「少し人手があれば何とかなるだろう。」

「な!お前らなに勝手なことしようとしとるんじゃ!!」

 冷静な勝に促されて清一郎も少しだけ周りが見えてきた。
 今必要なのは闇雲に行動することではない。早く助けることだ。
 そのために話し合う清一郎たちに、弟が噛み付くように待ったをかける。
 それに呼応するように、残った郷の人間たちも「そうだ、そうだ。」と声を荒げた。

「……先ほど清一郎も言いましたが、我々は調査と救援でここに来ました。掟は承知していますが、今は少しでも人手があったほうが良いのではないですか?」

「お前は、小さいグンジンサンじゃな?!何であにぃを連れてったお前の言うことを聞かないといかんのじゃ?」

 なおも抵抗する弟の肩を年嵩の男が掴む。
 周りの人間を見渡すよう目で合図した後に、清二郎に対して首を横に振ってから勝を見上げる。

「……無事だったんは十五人くらいじゃ。長も皆、埋もれてしまった。助けてもらえるならお願いしたいが……悪いが終わったら出ていってくれ。」

 これが現状精一杯だと清一郎は悟って頷いた。
 本当は救援活動が終わった後に、この郷は開かれなくてはいけない。
 だが、今は理解を求めるべき状況でもない。再びゆっくり時間をかけるしかないように思えた。

 それから家のあったと思われる場所の木を男たちの力も借りながら退かしていき、清一郎は再び自宅のあった場所の土砂の撤去にあたる。
 
 その頃には太陽はてっぺんに昇ってきて昼時を伝えるが、誰一人として休もうとする気配はなかった。
 年寄りでさえ小川まで水くみに出かけ、少しずつ作業をしている男たちに分け与えていた。
 
 大きな石や硬いところだけシャベルを使い作業を行う清一郎を横目に、勝は郷の人間に語りかける。

「すまないが、食糧や燃料があるならそれも見つけたい。誰か案内と手伝いをお願いしたい。」

 勝の提案が大事なことであることは皆理解をしていた。
 誰も何も言わないだけで、ここの住人は朝から食事が出来ていない。
 それに夜になればかなり冷え込む。
 自分たちのためにも重要だと分かってはいても誰も手を上げることはしない。

 特に勝は彼らにとって郷とは何の関わりもない、忌むべき沖の人間だ。
 誰もが目を合わせようとせずに自分たちの家の周りを掘り起こしはじめたとき、すっと勝の目の前に若い女が出てきた。

 女たちの中では背も高く、スラリと細いその人はゆっくり手を上げて皆を驚かせた。

「……ふ、フミ。お前、何で。」

 それは清一郎と清二郎の妹、フミであった。
 清一郎も弟の震える声で初めて妹の顔を見たが、寝相が悪くお転婆だった十一の頃とは比べ物にならないほど女性らしく育ったフミが凛とそこに立っていた。

「小さいグンジンサン。私でよか?女だけど力はあるし、野菜の貯蔵庫も、炭窯もわかる。」

「ああ。悪いが、頼めるか?」

 妹の思わぬ成長に呆然とする清一郎にフミは子どものときのように清一郎に笑いかけてから、勝に手招きをして畑のあった方に姿を消していった。
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