海鳴き様と暮らした郷

松山あき

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第六章 災害

64《勝視点》

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「ここら辺に冬に食べる野菜が埋まってるはずじゃ。炭窯はもっと上。」

 そうフミが案内してくれた場所もどっさりと土に埋もれており、何とか今日中に見つけられれば良いと思うほどだった。

 フミは清一郎の妹と言われればなるほど、清一郎と目元や唇の形がよく似ている。
 清一郎が女になったようで勝も少し落ち着かない心地がしてしまう。
 そんな自分の邪念を払うように咳払いをすれば、勝はフミに郷の状況について尋ねた。

「少しは家も残っているのか?」

「うん。二軒くらいじゃ。煮炊きはそこでできるが、皆で休むにはちっと狭い。」

「薪や炭は?」

「そこの家にあっただけじゃ。今日と明日は何とかなるかもしれんが……。」

 ならばやはり先に食糧からだな、と当たりをつけて勝も担いでいたシャベルを手に土を掘り起こそうとする。
 土そのものは柔らかそうだが、そこに混ざる石や木の枝が厄介そうではあった。
 無言で作業に当たる勝にフミは「ねえ、小さいグンジンサン。」と話しかける。

「小さい軍人さんはよせ。もとより小さくもないし、今は軍人ではない。……勝だ。」

「ふーん。勝さん、もう一本あるなら私もやる。ええか?」

 勝が良いと言う前にはフミはシャベルを手にとっており、勝よりも勢いよく砂を掘り起こしていった。
 清一郎の言っていたようにお転婆なところもあるらしいと自然にこぼれる笑みは俯いて隠しつつ、二人して食糧を探しはじめる。

「すまないな。女子どもにさせることではないのに。」

 作業を初めてすぐに額に汗を滲ませながらそう言う勝にフミは動揺したらしく、シャベルを動かす音が少しの間だけ止んだ。
 それからあからさまに照れたような裏返った声が山に響いた。
 
「や、やぁだ。私は郷で一番男勝りじゃって言われとったし、その辺の男より力があるんよ。」

「だが女だ。細い腕でこの作業は大変だろう。」

 土を掘り返す音と同じように淡々と勝は返すが、それっきりフミの返事が途絶えた。
 どうしたのだろうと振り返ると、いつかの清一郎のように顔を真っ赤にしたフミがそこにいた。

 勝が見ていると気づくと途端に唇を尖らせる様子が年頃の女の子のようで勝もつい微笑ましくなった。

「……勝さんの方が細いくせに。それに、ここは私の郷なんよ。私がやらなくてどうするんじゃ。」

 気丈に応えるフミに勝は「そうだな。」とだけ返して野菜の捜索に戻った。
 
 しばらく無言で土を掘り返す音だけがしていたが、気温が上がりきってきたところでフミが何かを言いたげに勝の方を見るようになっていた。

「……あ、あのね、勝さん。」

「どうした?硬いところがあるのか?」

「ち、違うんじゃ。……なんであにぃを連れていったんじゃ?」

 悩んだ末にフミは切実な本音を勝に打ち明けた。
 あにぃ、とは清一郎のことだろう。弟も先ほどそのように呼んでいたなと思い出すが、フミになんと答えるべきか勝は悩みだす。
 
 汗をかいた身体にはちょうどいい冷たい風が吹き抜けていく。普段は聞こえるかもしれない木のざわめきも山崩れのせいで聞こえず、静けさだけがそこに残った。
 
 先ほど清二郎も言っていたが、どうやらこの郷では「勝が清一郎を連れ出した」という話になっているらしい。
 あながち間違いでもないのだが、どう答えたものかと悩んだ結果、勝は少しだけ息をついて口を開いた。

「……これは郷に関わることだから私からは詳しく言えないが、清一郎は私の命を守ろうとして郷を出るしかなくなったのだ。」

「あにぃは郷のこと嫌になったんじゃなか?みんなあにぃばっかり頼るから疲れたんじゃなか?」

 港の仕事でも体格のいい清一郎は活躍しているし、畑仕事も手際がいいと女たちから評判だ。
 きっと郷でもそのように暮らして来たのだろうと、勝の知らない時間が透けて見えた気がした。

 元来清一郎は人に尽くすことを良しとする男だ。今だって注意しなければ和夫たちだけに飽き足らず勝の世話も甲斐甲斐しく焼きたがる。
 皆に頼られることは嬉しいことでもあっただろう。

「清一郎はどこにいてもお前たち家族を思っていた。」

 その思いを伝えてやらねばと考えたとき、勝のシャベルがこれまでとは違う硬さのものを捉えた。
 その周囲を丁寧に掘っていくと、どうやら木箱のようだ。大部分が見えてきたところでフミが歓声をあげる。

「野菜が入っている箱じゃ。良かった。このあたりに食べ物がある!」

 郷の人間が冬を越すための野菜が全て見つかる可能性を思うと、食糧事情は町よりもまともかもしれない。
 勝もフミも真剣になってその付近を慎重に掘り返した。

 しばらくして結局芋類と少しの根菜類を救出できただけではあったが二人の間には達成感があった。
 箱いっぱいに入った野菜があれば少しの間、生き残った人々が飢えることはない。

 二人して汗を拭うと、勝はフミ呼びかけた。

「フミちゃん、だったか。少し休憩しよう。」

「うん。」

 勝は地主の子どもという立場で育ってきたので、多くの人を呼び捨てにしてきた。
 しかし清一郎の妹でもあり、郷の年頃の女子をなんと呼ぶべきか、しばらく考えてから兄たちが市役所の女性をそう呼ぶように「フミちゃん」と親しみのある雰囲気で呼んでみた。

 フミは呼ばれ方は気にならないのか、素直に頷くと、その場に腰を下ろして勝に手招きをする。

 その横に腰を下ろしてから勝は懐から一通の手紙を取り出した。

「フミちゃん、これは清一郎からの手紙だ。」

「テガミ?」

「ああ。遠くにいる人と文字を使って思いを伝え合う道具だ。しかもこれはただの手紙ではない、清一郎が自分が死ぬかもしれないと思った時に私に送ったものだ。」

 清一郎も町に来たばかりの頃は手紙を知らなかった。
 フミもまた清一郎の不器用な文字が書かれた紙を見て首をかしげていたが、これが最期を覚悟して書いたものだと知ると、急に眉を下げて悲しい顔になる。

「ほっぺにも大きい傷があったのう。……あにぃは人を殺していい暮らしをしとるって大人が言っとった。」

「戦争とはそういう場所なのだ。だがいい暮らしはしていない。清一郎も、私も腹が減って死ぬ思いをした。……ここを見なさい。」

 勝はフミの誤解を解いてから、ボロボロになった手紙の一部を指さした。
 インクが薄れているところもあるが、そこははっきりと読むことができる。

「これが清二郎くんの名だ。兄はいつもお前に会いたがっていたと伝えてくれ、と書いてある。……清一郎は死ぬと思ったその瞬間もお前たちを愛していたのだ。」

 そう教えるとフミはわっと泣き出して言葉を失う。
 土がつくのも構わず何度も瞼や頬を擦るので、勝は手ぬぐいを差し出してその顔が綺麗になるまで見守っていた。

「勝兄さん、あにぃの手紙全部読んで。」

 涙が中々止まらない様子ではあったが、小さな子どものようにそう強請る姿も微笑ましく、勝は言われるがままに清一郎の最後の手紙を読み上げてやった。
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