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第六章 災害
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日が落ちる少し前に勝の家に到着した二人は、遅いと叱られた後に家の裏に回るよう言われた。
二人とも泥だらけだったので、せめて手と顔を清めてくるように言われ井戸を案内されたが、井戸水は冷たく二人して震えながら丁寧に土を落としていく。
「それで、状況はどうだった?」
未だ町の様子は落ち着くことなく、小学校で役場や警防団が情報を擦り合わせている最中だという。
軒先で勝と清一郎はやはり郷で大規模な山崩れがあったことや、途中の道の状況などを伝えていく。
「食糧はもしかしたら問題ないのですが、燃料はこのまま出てこなければ明日明後日に尽きます。」
「農具も埋もれてしまったようで、道具も不足しとる状況です。」
二人からおおよその状況を聞いた勝の父は表情を変えぬまますっと立ち上がった。
「……わかった。明日進駐軍が到着するとの知らせもある。物資だけでも回してもらえるよう話をしよう。」
そう言って隈が浮き出た顔で小学校の方へと消えた勝の父が戻ってきたのは夜半過ぎ。疲れ切った勝が清一郎の肩で眠ってしまったので、借りた毛布を身体に巻いてやったあとだった。
「清一郎くん、起きていたのか。」
「はい。……どうにも目がさえとるし、家も流されましたから。」
今は安らかに寝息を立てる勝も落ち着かないのは一緒だったらしい。何度家の中に行くよう促しても頑として動かずここに居続けた。
そんなあどけない息子の顔を見て優しい表情で息をつくと、そのまま清一郎に目を向けた。
「明日、夜明けとともに再び行ってもらう。詳しいことはまた話すが、何とか少しの食べ物と和夫くんを遣れることになった。」
「すんません。郷のことなのに……。」
まだ町の中も倒れた家で下敷きになっている人もいる。そういう中で若い和夫だけでなく食べ物をまわしてもらえるのはとてもありがたいことではあった。
清一郎は頭を下げることができない代わりに膝に手を置き首だけ垂らして謝意を現す。
「同じ町内のことだ。気にすることはない。家族は気がかりだろうが、君も少し休みなさい。勝の部屋に毛布を持って行かせよう。」
「……波多野さんも、少し休まんと倒れます。」
おおよそ丸一日、地主として駆けずり回っていたことが分かる顔色だった。
清一郎がそう言うと、息子と清一郎の頭を撫でてから勝の父は家の中に戻っていった。
清一郎もまた勝を腕に抱えると、以前通っていた勝の部屋へと足を進める。
勝の隣で目を瞑ってみたが、そうすると両親の顔や、幼い頃の弟妹の声が思い出されて、結局清一郎は一睡も出来ずに夜明けを迎えた。
空が薄く明るくなりだしたころ、勝の家の庭には警防団が準備を整えてくれた荷物があり、清一郎たちはそれを背負って出発するだけとなっていた。
未だ疲れた表情ではあるものの、勝の父は庭に出てきて三人を見る。
「三日だけだ。荷物もそれしか入れていない。……残念だが、それが飲まず食わずで生きられる限界だ。それまでは懸命に助けられる命を救ってきなさい。ただし、救助が終わらなくても三日目の夕方には必ず戻るように。」
それが清一郎たちに課された次の時間制限だった。
助かる見込みのないからといって郷の住人たちを見捨てられるかと言われると、清一郎には自信が持てず俯いてしまう。
我が事ながらきっと三日後には郷への愛が戻ってきて、帰ることができなくなりそうだと思えた。
そんな清一郎に追い打ちをかけるように勝の父は淡々と続けた。
「できることなら三日後には山合地区の住民と一緒に帰って来てほしい。応じなければ町として山合地区を切り捨てる他なくなる。」
「と、父様、それは……。」
さすがの勝も動揺を見せた。これまで一切外部との接触を拒否してきたにも関わらず、それも飛び越えて郷を放棄するなどとても現実的な案とは思えなかった。
「このあと進駐軍が来れば山合地区への物資援助は難しくなるだろう。心を開かない土地に対して彼らも優しくはない。今持たせている物と君たち以外、冬を越すための住居を建てる人間や燃料を回すことも我々にはできなくなる。」
進駐軍がまだ開かれていない郷に貴重な物資を渡すことを良しとしない可能性は清一郎も考えていた。
彼らは日本の全てをきちんと掌握しておきたいのか、来る度に山合地区の話が上がっていたという。
だが、海鳴きの郷は代替わりの件もあってか頑なに門戸を開こうとしない。
昨日の様子を見ていれば話し合いの件も振りだしに戻ったように思えたし、何より郷の者に沖に行けというのはただ集落を放棄するのとわけが違う。
あまりに時期が悪かった。
夏であれば野宿をして森の恵みにありつけば、生き残った者の命を繋ぎながら郷を再び立ち上げられただろう。
だが今は冬の半ば。作物は採れないし、薪や炭もなく野ざらしでいることもできない。
命の危険を前に郷が捨てられるかと言えば、清一郎にだってできるかわからない。
清二郎やフミだって凍える寒さを前にしても教えを捨てられず、郷と共に滅びる覚悟を決めてしまうかもしれない。
そう思うと、暑くもないのに清一郎の背中が汗で濡れていく気がした。
「清一郎さんの故郷はそんなに変わったところなんすか?」
和夫は他所から流れ着いた人間だからか、郷の特殊さにはまだピンと来ていない様子だ。
重い荷物を背負いながら道すがら郷の教えや、町との交流もほとんどなかったことを丁寧に説明をした。
「沖から来た者は人に非ず、ちゅー言い伝えがある。おそらく郷の者は和夫に冷たくするかもしれんが、気にしないでやってほしい。」
「喧嘩をすれば連れて行くどころではなくなるからな。」
「大丈夫ですって。清一郎さんの故郷に失礼なことはできねえですから。」
清一郎を慕い、町で生まれ育っていない和夫ならば偏見もない。少し短気なところもあるが事前に言い聞かせれば問題ないだろうと、安心して歩を進めていく。
途中新たに崩れた箇所はなさそうだが、このあとに大雨にでもなれば……と危機を感じる程度にはあちこち不安定な道のりだった。
昨日より大分早く清一郎たちは郷にたどり着いた。
二人とも泥だらけだったので、せめて手と顔を清めてくるように言われ井戸を案内されたが、井戸水は冷たく二人して震えながら丁寧に土を落としていく。
「それで、状況はどうだった?」
未だ町の様子は落ち着くことなく、小学校で役場や警防団が情報を擦り合わせている最中だという。
軒先で勝と清一郎はやはり郷で大規模な山崩れがあったことや、途中の道の状況などを伝えていく。
「食糧はもしかしたら問題ないのですが、燃料はこのまま出てこなければ明日明後日に尽きます。」
「農具も埋もれてしまったようで、道具も不足しとる状況です。」
二人からおおよその状況を聞いた勝の父は表情を変えぬまますっと立ち上がった。
「……わかった。明日進駐軍が到着するとの知らせもある。物資だけでも回してもらえるよう話をしよう。」
そう言って隈が浮き出た顔で小学校の方へと消えた勝の父が戻ってきたのは夜半過ぎ。疲れ切った勝が清一郎の肩で眠ってしまったので、借りた毛布を身体に巻いてやったあとだった。
「清一郎くん、起きていたのか。」
「はい。……どうにも目がさえとるし、家も流されましたから。」
今は安らかに寝息を立てる勝も落ち着かないのは一緒だったらしい。何度家の中に行くよう促しても頑として動かずここに居続けた。
そんなあどけない息子の顔を見て優しい表情で息をつくと、そのまま清一郎に目を向けた。
「明日、夜明けとともに再び行ってもらう。詳しいことはまた話すが、何とか少しの食べ物と和夫くんを遣れることになった。」
「すんません。郷のことなのに……。」
まだ町の中も倒れた家で下敷きになっている人もいる。そういう中で若い和夫だけでなく食べ物をまわしてもらえるのはとてもありがたいことではあった。
清一郎は頭を下げることができない代わりに膝に手を置き首だけ垂らして謝意を現す。
「同じ町内のことだ。気にすることはない。家族は気がかりだろうが、君も少し休みなさい。勝の部屋に毛布を持って行かせよう。」
「……波多野さんも、少し休まんと倒れます。」
おおよそ丸一日、地主として駆けずり回っていたことが分かる顔色だった。
清一郎がそう言うと、息子と清一郎の頭を撫でてから勝の父は家の中に戻っていった。
清一郎もまた勝を腕に抱えると、以前通っていた勝の部屋へと足を進める。
勝の隣で目を瞑ってみたが、そうすると両親の顔や、幼い頃の弟妹の声が思い出されて、結局清一郎は一睡も出来ずに夜明けを迎えた。
空が薄く明るくなりだしたころ、勝の家の庭には警防団が準備を整えてくれた荷物があり、清一郎たちはそれを背負って出発するだけとなっていた。
未だ疲れた表情ではあるものの、勝の父は庭に出てきて三人を見る。
「三日だけだ。荷物もそれしか入れていない。……残念だが、それが飲まず食わずで生きられる限界だ。それまでは懸命に助けられる命を救ってきなさい。ただし、救助が終わらなくても三日目の夕方には必ず戻るように。」
それが清一郎たちに課された次の時間制限だった。
助かる見込みのないからといって郷の住人たちを見捨てられるかと言われると、清一郎には自信が持てず俯いてしまう。
我が事ながらきっと三日後には郷への愛が戻ってきて、帰ることができなくなりそうだと思えた。
そんな清一郎に追い打ちをかけるように勝の父は淡々と続けた。
「できることなら三日後には山合地区の住民と一緒に帰って来てほしい。応じなければ町として山合地区を切り捨てる他なくなる。」
「と、父様、それは……。」
さすがの勝も動揺を見せた。これまで一切外部との接触を拒否してきたにも関わらず、それも飛び越えて郷を放棄するなどとても現実的な案とは思えなかった。
「このあと進駐軍が来れば山合地区への物資援助は難しくなるだろう。心を開かない土地に対して彼らも優しくはない。今持たせている物と君たち以外、冬を越すための住居を建てる人間や燃料を回すことも我々にはできなくなる。」
進駐軍がまだ開かれていない郷に貴重な物資を渡すことを良しとしない可能性は清一郎も考えていた。
彼らは日本の全てをきちんと掌握しておきたいのか、来る度に山合地区の話が上がっていたという。
だが、海鳴きの郷は代替わりの件もあってか頑なに門戸を開こうとしない。
昨日の様子を見ていれば話し合いの件も振りだしに戻ったように思えたし、何より郷の者に沖に行けというのはただ集落を放棄するのとわけが違う。
あまりに時期が悪かった。
夏であれば野宿をして森の恵みにありつけば、生き残った者の命を繋ぎながら郷を再び立ち上げられただろう。
だが今は冬の半ば。作物は採れないし、薪や炭もなく野ざらしでいることもできない。
命の危険を前に郷が捨てられるかと言えば、清一郎にだってできるかわからない。
清二郎やフミだって凍える寒さを前にしても教えを捨てられず、郷と共に滅びる覚悟を決めてしまうかもしれない。
そう思うと、暑くもないのに清一郎の背中が汗で濡れていく気がした。
「清一郎さんの故郷はそんなに変わったところなんすか?」
和夫は他所から流れ着いた人間だからか、郷の特殊さにはまだピンと来ていない様子だ。
重い荷物を背負いながら道すがら郷の教えや、町との交流もほとんどなかったことを丁寧に説明をした。
「沖から来た者は人に非ず、ちゅー言い伝えがある。おそらく郷の者は和夫に冷たくするかもしれんが、気にしないでやってほしい。」
「喧嘩をすれば連れて行くどころではなくなるからな。」
「大丈夫ですって。清一郎さんの故郷に失礼なことはできねえですから。」
清一郎を慕い、町で生まれ育っていない和夫ならば偏見もない。少し短気なところもあるが事前に言い聞かせれば問題ないだろうと、安心して歩を進めていく。
途中新たに崩れた箇所はなさそうだが、このあとに大雨にでもなれば……と危機を感じる程度にはあちこち不安定な道のりだった。
昨日より大分早く清一郎たちは郷にたどり着いた。
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