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第七章 蜜月
81 ※最終話※
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津波と山崩れから数年が経った。
日本は物の需要が一気に高くなり、仕事が溢れるようになっていた。
小さな港町も物の上げ下ろしの船がひっきりなしに来るようになり、弥七から皆をまとめる役を引き継いだ清一郎も毎日てんてこ舞いになっている。
そういう中でも和夫も元々港町で生まれ育った若者も清一郎をよく支えてくれるので、時々は休みをとることもできていた。
「図書館に行くだけじゃろ?こんな気取った格好をする必要があるんか?」
「もちろんだ。今日は記念すべき日でもあるからな。」
平日なのに勝も休みをとって二人で図書館に行く約束をしていた。
町役場のすぐ近くでもあるし、子どもたちも学校帰りに寄るような場所なのに、清一郎はオーダーメイドのスーツを着せられている。
スリーピースで紺色のスーツは身体に沿うよう作られているが、普段着ている作業着よりも動きづらい。
オーダーメイドとはいえ清一郎はテーラーに行っただけで、生地も柄も全て勝が決めてしまった。
その時の勝は心なしか生き生きとしていて、生地の合わせやシルエットなど何度も試すよう言われた。
清一郎の体躯にぴったりな完成品を見た時はなぜだか勝の方が自慢げな顔をしていたし、その後数回袖を通しただけではあるが、いずれも勝は普段と違う清一郎の姿を見て満足そうにしている。
「それにこれはデートというものだ。洒落た装いをしてもらわなくては。」
「デート……?」
「好いた者同士が親密になるために二人で外出することだ。」
しれっと言う勝に清一郎の顔も赤くなる。
何年経っても勝の方が上手であり、清一郎は翻弄され続けていた。
だが勝の調子に呑まれながらも愛を乞えばいつも応えてくれるので、清一郎も満更でもない。
勝も同じ日に注文した薄茶のスーツを身に纏って一緒に外に出た。
未だに二人は波多野家の離れを借りているが、この忙しさならばすぐに新しい家を建てられるようになるだろう。
「フミも役場の仕事が楽しいみたいじゃ。」
「看板娘のようになっていて、役場の中も明るくなった。」
フミはしばらく波多野の家で下働きをしていたが、最近町役場で働くようになった。
沖のものは珍しいが興味はあるようで、はじめは子どものように「なんでじゃ?」と繰り返していたが、そのうちに社会の仕組みも飲み込んでいき、ついには役場での仕事が決まった。
生き生きと働いているが、恋仲にある男がいると勝にこっそり言ってきたのはつい最近の話だ。
「まさか毅と付き合うとはのう……。」
「清一郎がお義兄さんと呼ばれる日も近いな。」
地震で片脚が思うように動かせなくなった毅は元々計算が得意ということもあって、波多野家で港や山の仕事の給金の計算をしている。
自分のあまり給料は良くないと毅は言うが、その分も自分が稼ぐとフミは息巻いていたらしい。
兄としては妹の嫁入りが近いのは複雑な気分だ。
「清二郎は良い知らせはないのか?」
「アイツは和夫と喧嘩するのに忙しくてダメじゃ。」
弟の清二郎は郷が再建された頃はそちらで生活していたが、結局郷と波多野家や業者の間を取り持つことが増えて、和夫の下宿先に住むようになった。
清二郎も口喧嘩ができる歳の近い人間は初めてで、毎日何か言い合いながら町の中を歩いている。
二人とも春は遠く、男同士で遊ぶのに夢中だ。
数百年変わらなかったと言われる海鳴きの郷だが、ここ数年で様変わりした。
だが、清一郎も他の者も海鳴き様のことは忘れておらず、今でも夏に感謝を捧げる祭りを行っている。
皆で金を出し合い新しく建てた社にお供え物をして、一緒に時間を過ごす簡素なものではあるが、そこに沖から出店などもやってくるようにもなっていた。
「郷のことが理解されるようになったんも、勝のおかげじゃ。この前町から郷に移り住んだ者がいると聞いた。」
「だが、それもお前たちが自らのことを話してくれたのと、海野さんの覚書のおかげだろう。それがなければ私も郷の生活が何なのか分からなかった。」
勝はあの津波の前に源吉の覚書を持ち出していたようで、それをもとに郷の者一人ひとりにじっくり話を聞いた。特に年長のリツに至っては一日では話が尽きなかったと苦笑していたのが、清一郎の記憶にも新しい。
「その集大成とも言えるものが出来たのは、私にとっても喜ばしいことだ。」
二人が図書館に来たのは、今日新しく入るこの町の郷土史を見るためだ。
津波で色々なものが流されたのを機に郷土史を再度編纂しようという動きが出てきた。
ちょうど勝も熱心に郷のことを纏めていた時期でもあったので、一筆書いてほしいと依頼があり戸惑いながら引き受けた。
それには微力ではあったが清一郎も協力し、原稿を読んでは言葉の雰囲気が違うものは指摘して、懸命に説明をしてやっと完成に至った。
それを勝は「二人の共同作業だ。」と言い、ぜひ一緒に見たいと今日という日に休みを取ることになったのだ。
図書館の扉を二人で開けて、まっすぐに郷土史のある場所に向かう。
勝の顔が知れていることもあるが、二人とも町では中々見ない一張羅を身に着けているため自然と皆の目が集まる。
清一郎は少し気恥ずかしいような気がしたが、勝はあまり気にしていないようだ。
本棚をしげしげと眺めてしばらく、一冊の本を手に取った。
「あったぞ。」
「ああ。これなんじゃな。」
勝から本を受け取ると、二人で閲覧用の椅子に腰を下ろした。
そうして本を捲る勝の指先を見つめながら、清一郎は勝と出会ってからの様々なことに思いを馳せる。
偶然出会い、呪いを分け合うことで絆を結んできた。
だが、海鳴き様が神になられた後、その絆は解けることなく一層強く結ばれてきたように感じる。
きっとこの先も清一郎は勝と離れることなく共にあれるようなそんな予感を胸に、二人で紡いだ頁を覗き込んだ。
喜びに瞳を輝かせる勝を横目で見つめるうちに喜びや愛おしさが胸に迫ってくる。
その衝動のままに清一郎は本の上に置かれた勝の手に自分のものを重ねた。
日本は物の需要が一気に高くなり、仕事が溢れるようになっていた。
小さな港町も物の上げ下ろしの船がひっきりなしに来るようになり、弥七から皆をまとめる役を引き継いだ清一郎も毎日てんてこ舞いになっている。
そういう中でも和夫も元々港町で生まれ育った若者も清一郎をよく支えてくれるので、時々は休みをとることもできていた。
「図書館に行くだけじゃろ?こんな気取った格好をする必要があるんか?」
「もちろんだ。今日は記念すべき日でもあるからな。」
平日なのに勝も休みをとって二人で図書館に行く約束をしていた。
町役場のすぐ近くでもあるし、子どもたちも学校帰りに寄るような場所なのに、清一郎はオーダーメイドのスーツを着せられている。
スリーピースで紺色のスーツは身体に沿うよう作られているが、普段着ている作業着よりも動きづらい。
オーダーメイドとはいえ清一郎はテーラーに行っただけで、生地も柄も全て勝が決めてしまった。
その時の勝は心なしか生き生きとしていて、生地の合わせやシルエットなど何度も試すよう言われた。
清一郎の体躯にぴったりな完成品を見た時はなぜだか勝の方が自慢げな顔をしていたし、その後数回袖を通しただけではあるが、いずれも勝は普段と違う清一郎の姿を見て満足そうにしている。
「それにこれはデートというものだ。洒落た装いをしてもらわなくては。」
「デート……?」
「好いた者同士が親密になるために二人で外出することだ。」
しれっと言う勝に清一郎の顔も赤くなる。
何年経っても勝の方が上手であり、清一郎は翻弄され続けていた。
だが勝の調子に呑まれながらも愛を乞えばいつも応えてくれるので、清一郎も満更でもない。
勝も同じ日に注文した薄茶のスーツを身に纏って一緒に外に出た。
未だに二人は波多野家の離れを借りているが、この忙しさならばすぐに新しい家を建てられるようになるだろう。
「フミも役場の仕事が楽しいみたいじゃ。」
「看板娘のようになっていて、役場の中も明るくなった。」
フミはしばらく波多野の家で下働きをしていたが、最近町役場で働くようになった。
沖のものは珍しいが興味はあるようで、はじめは子どものように「なんでじゃ?」と繰り返していたが、そのうちに社会の仕組みも飲み込んでいき、ついには役場での仕事が決まった。
生き生きと働いているが、恋仲にある男がいると勝にこっそり言ってきたのはつい最近の話だ。
「まさか毅と付き合うとはのう……。」
「清一郎がお義兄さんと呼ばれる日も近いな。」
地震で片脚が思うように動かせなくなった毅は元々計算が得意ということもあって、波多野家で港や山の仕事の給金の計算をしている。
自分のあまり給料は良くないと毅は言うが、その分も自分が稼ぐとフミは息巻いていたらしい。
兄としては妹の嫁入りが近いのは複雑な気分だ。
「清二郎は良い知らせはないのか?」
「アイツは和夫と喧嘩するのに忙しくてダメじゃ。」
弟の清二郎は郷が再建された頃はそちらで生活していたが、結局郷と波多野家や業者の間を取り持つことが増えて、和夫の下宿先に住むようになった。
清二郎も口喧嘩ができる歳の近い人間は初めてで、毎日何か言い合いながら町の中を歩いている。
二人とも春は遠く、男同士で遊ぶのに夢中だ。
数百年変わらなかったと言われる海鳴きの郷だが、ここ数年で様変わりした。
だが、清一郎も他の者も海鳴き様のことは忘れておらず、今でも夏に感謝を捧げる祭りを行っている。
皆で金を出し合い新しく建てた社にお供え物をして、一緒に時間を過ごす簡素なものではあるが、そこに沖から出店などもやってくるようにもなっていた。
「郷のことが理解されるようになったんも、勝のおかげじゃ。この前町から郷に移り住んだ者がいると聞いた。」
「だが、それもお前たちが自らのことを話してくれたのと、海野さんの覚書のおかげだろう。それがなければ私も郷の生活が何なのか分からなかった。」
勝はあの津波の前に源吉の覚書を持ち出していたようで、それをもとに郷の者一人ひとりにじっくり話を聞いた。特に年長のリツに至っては一日では話が尽きなかったと苦笑していたのが、清一郎の記憶にも新しい。
「その集大成とも言えるものが出来たのは、私にとっても喜ばしいことだ。」
二人が図書館に来たのは、今日新しく入るこの町の郷土史を見るためだ。
津波で色々なものが流されたのを機に郷土史を再度編纂しようという動きが出てきた。
ちょうど勝も熱心に郷のことを纏めていた時期でもあったので、一筆書いてほしいと依頼があり戸惑いながら引き受けた。
それには微力ではあったが清一郎も協力し、原稿を読んでは言葉の雰囲気が違うものは指摘して、懸命に説明をしてやっと完成に至った。
それを勝は「二人の共同作業だ。」と言い、ぜひ一緒に見たいと今日という日に休みを取ることになったのだ。
図書館の扉を二人で開けて、まっすぐに郷土史のある場所に向かう。
勝の顔が知れていることもあるが、二人とも町では中々見ない一張羅を身に着けているため自然と皆の目が集まる。
清一郎は少し気恥ずかしいような気がしたが、勝はあまり気にしていないようだ。
本棚をしげしげと眺めてしばらく、一冊の本を手に取った。
「あったぞ。」
「ああ。これなんじゃな。」
勝から本を受け取ると、二人で閲覧用の椅子に腰を下ろした。
そうして本を捲る勝の指先を見つめながら、清一郎は勝と出会ってからの様々なことに思いを馳せる。
偶然出会い、呪いを分け合うことで絆を結んできた。
だが、海鳴き様が神になられた後、その絆は解けることなく一層強く結ばれてきたように感じる。
きっとこの先も清一郎は勝と離れることなく共にあれるようなそんな予感を胸に、二人で紡いだ頁を覗き込んだ。
喜びに瞳を輝かせる勝を横目で見つめるうちに喜びや愛おしさが胸に迫ってくる。
その衝動のままに清一郎は本の上に置かれた勝の手に自分のものを重ねた。
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