文系男子と理系女子の恋愛事情

桐生彩音

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第二巻

018 理系女子の初観劇(その9)

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「……来ていらしたんですね、宮永さん」
「はい……」
 そこにいたのは、建前上稲穂の父である穂積だった。血縁上は他人で、戸籍上は兄に当たるが。
 仕事上がりなのか、穂積はスーツ姿で紗季達に近寄ってきていた。
「すみません。来てしまって……」
「それは構いませんよ。むしろ私がどうこう言えることではありませんので」
 そうそう、と野秋は頷こうとするが、微妙に不快な眼差しを受けて口をつぐんでしまう。
「……ただ、娘には気づかれない内に引き上げていただけると助かります」
「分かっています。今すぐに……」
「いやちょっと待って」
 すぐにでも外へ出ようとする紗季の腕を、野秋は慌てて掴んだ。
「……ねえ、あんた」
 野秋は紗季を抑えたまま、穂積の方を睨みつける。しかし相手は気にすることなく、視線を真っすぐに向けてきていた。
「たしかにこいつがやったことは人類としては最低かもしれないし、稲穂あの娘も紗季を見ると拒絶反応を起こしているから、距離を置かせるのはいい。でも……」
 自分はあの娘をどうしたいのか。そう聞こうとしたが、
「血縁だの戸籍だのは関係ない……俺はあいつの父親・・だ」
 野秋の言葉を遮るように、穂積はただ吐き捨てるように言い放った。
「光源氏だのなんだのは聞き飽きている。そんなものはあいつを引き取った時に親戚共から散々言われた。で……だから・・・どうした・・・・?」
「っ!?」
 野秋の足が、少し下がった。
 穂積が本気であることを悟り、若干の恐怖を覚えたからだ。しかしすぐに冷静さを取り戻したからか、咳払いをすると一度、軽く頭を下げた。
「失礼……少し感情的になってしまいました」
「いや、こちらこそ……」
 馬鹿をしていた若い頃にも、多少のトラブルはあった。その時に比べれば穂積はそこまで怖くない。ただし、彼ほど本気の眼差しをした者を見たことがなかった。それだけ、真面目に生きていたということだろうか、と野秋は内心考えてしまう。
 しかし穂積は野秋から紗季へと、視線を移していた。
「いずれにしろ、稲穂あいつからは距離を置いて下さい。それだけは忘れずに」
「はい、それはもちろん……あの、聞いてもいいですか?」
 紗季は前々から、機会があれば聞こうとしていたことを口にしようと、意を決して言葉を投げた。



「……何故、稲穂あの娘の父親になろうと思ったのですか?」



 穂積は息を吐き、そして答えた。
「あの娘を、稲穂を見つけた時、私は――」
 舞台が佳境に入り、役者の台詞こえ音楽BGMもより激しいものへと変わっていく。しかし穂積の言葉は、紗季の耳に確実に届いていた。



 ****************************************



 ……ずっと前から、気づいていた。
『勇者』の役割を持つ幼馴染を前にすると、まれに身体が言うことを聞きづらくなることも。そして、ビングも同じく抵抗していたことも。
 互いに同じ状況だからこそ、理解できることもある。言葉をわさずとも分かり合えるほどの年月もあいまって、役割に飲まれる話をすることはなかった。
 特に、フェイの前では。



 以前、フェイが政務で出てこれない日があった。
 その日もまた、ヤンジはノワール公国へと歩いていた。
 しかしその日は、ノワール公国へと入ることはなかった。訓練としょうして国外へと出てきたビングと出会ったからだ。
『珍しい所で会うな。どうした?』
『……少し、いいか?』
 道から外れた森の中を歩き、腰掛けるのに手頃な岩を見つけて腰掛けたビング。ヤンジも座るようにうながされたが、構うことなく手近な木に背中を預けて、煙草を口に咥えた。
『それで、どうしたんだ? というか身体のこともあるんだから、一人で外に出歩くのは』
『……うん、大丈夫・・・だった・・・
 ビングは剣の柄に手を置いている。置いているだけだが、その眼はヤンジから一切らされていない。
 だからヤンジは、煙草に火を点けずに、その手を魔弾銃へと伸ばしている。
『正直に言うと、身体が弱ければ役割を果たせずに、そのまま人として生きていけると思っていた。でも違った、ヤンジを殺そうと少し意識をかたむけた途端……』
 気がつけば、ビングはヤンジの目の前にいた。
 かろううじて反応できたので、魔弾銃を抜いて銃口を向けられた。しかし、抜き身の剣を首筋にあてがわれたヤンジは、内心冷や汗をかいている。
 道すがらの魔獣対策に、事前に魔力を魔弾銃に込めていたのでいつでも撃つことができた。だが、それだけだ。
 もし魔力が込められていなければ、もしヤンジに幼馴染を撃つ覚悟がなければ、そしてもし、ビングに殺す気がなければ……『魔王』はとっくに死んでいただろう。
『……殺さないのか?』
『本当は分かっているんだろう?』
 分かっているからこそ、ヤンジから先に魔弾銃を降ろした。
 ビングはいまだに剣を降ろさないが、ヤンジは気にせず口から落としてしまった代わりの煙草を改めて取り出し、ゆっくりと火を点けた。
『最後の煙草くらいは吸わせてくれるのか?』
『……あまり、殺す前提で話を進めないでくれない?』
『だったら先に剣を降ろせ』
 剣を降ろしたビングを前にしても、ヤンジは煙草を吸い続けていた。
 いつもなら副流煙で倒れるはずのビングだが、今は身体の調子がいいのか、平気な顔をして剣を鞘に納めている。
 いや、役割によって身体の調子を良くさせられて・・・・・いる・・のだろう。
『……もちそうにないか?』
『座禅とか、いろいろ試しているけど……難しいかな』
 再び腰掛けた岩の上から、ビングはそう口にした。その言葉を聞いてから、今度はヤンジも並んで腰かけた。
『気を強く持てば耐えられるかとも思ったけど、どうも精神的な縛りじゃないみたいだ』
『そうか……』
 ビングが抱いた考えは、ヤンジ達の祖先も同じく思いいたっている。何人かは精神的な強さを得た者もいたが、それでも役割に飲まれていった。ビングが言う精神的な縛りじゃない、自分達を支配する役割とは何か、その答えはいまだに出ていない。
『ところで、フェイのことだけど……』
『多分、役割に飲まれてないだろうな』
 今のところ、フェイに変化は見られない。
『王』として命じる様子もなければ、『勇者』を贔屓ひいきすることも、『魔王』を敵視することもない。いつも通りに幼馴染の男二人を引き連れて、喧嘩することはあってもただのじゃれあいの範囲に留まっている、ありきたりな日々を。
『あそこまで変化がないと、ちょっと疑っちまうけどな』
『フェイは、『王』としての役割に飲まれない何かがあるってこと?』
『逆に……何もない可能性もある』
 しかし本人に自覚がない以上、その話を掘り下げるのは難しいだろう。ヤンジは煙と共に吸殻を吐き捨てた。
『何にしても、そろそろ覚悟をした方がいいかもな』
『そうだね……ところで聞いてもいい?』
『何をだ?』
 二人は立ち上がり、互いに背を向けている。
 その背中に向けて、ビングはヤンジに問いかけた。
『……もしかして、フェイのこと好き?』
『さあ……』
 新しい煙草を咥えながら、ヤンジは肩越しにビングに言い残してから、帰路に着いていた。
『……まだ・・分かんねえよ』
 そのまだが、いつ解決されるのかは、その時の二人には分からなかった。



 それでも、ヤンジがやるべきことは分かっていた。
 まともに戦える自分がビングと対峙し、少しでも時間を稼ぐことだ。
 わずかでも時間さえ稼げれば、ビングを押さえつける隙も生まれるかもしれないし、先程からフェイの肩を揺すっているタオが解決策を見出みいだしてくれるかもしれない。
 何にしても、殺さないと決めているならば、たとえ身体がうまく動かなくてもやりようはある。
「マ。オ……ウ、」
「そうだよ、『魔王』だよ……」
 銃口を向けるのはビングの心臓ではなく、剣を握っている掌だった。多少は手荒だが、まずは武器を使えなくする。
 そのために向けた銃口だが、ビングの対応の方が早かった。
「このっ!?」
「……ウ、ツっ!?」
 身体に染みついた剣技がヤンジを襲うが、感情に飲まれているためか、剣筋に刃が立っていない。これではただの棒振りだ。
 だからこそ、動き辛いはずのヤンジがビングを相手にして対応できているが、それでも近接戦闘では明らかに分が悪い。
(とはいえ、近づかないとまともに当たらないしな……)
 ビングの持ちうる剣技は、ヤンジの放つ魔弾を切り裂くこともできる。
 本来ならば銃の本領である遠距離からの攻撃で決着が着くのだが、ビング相手ではそれもかなわない。おまけにヤンジは、魔弾銃以外の攻撃手段を持っていないのだ。
 精々が煙草の副流煙を振りかけるくらいだが、今の役割に飲まれたビングでは、あまり期待できないだろう。役に飲まれ、身体を万全な状態にされている今では。
(……さて、どうするか)
 引き金はいつでも引ける。加減すれば四肢が千切れることはまずない。
 適当に手足を撃ち抜いて動きを止める。後必要なのは、
(どう当てるか、だな)
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