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051 案件No.004_荷物の一時預かり及びその配送(その3)
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打ち捨てられた工事現場。そこが、英治の目的地だった。
「こういうのも、『兵どもが夢の跡』って言うのかね……」
元は、巨大なアミューズメント施設の建設予定地だったらしいが、つい最近その運営会社が倒産してしまったとのことだ。今では別の会社がこの土地を買い取り、どう使うかで揉めている最中だと聞いている。
けれども、建設会社にとっては、仕事になるのであれば顧客が誰であっても構わないらしい。なので残る問題は、工事の方針が未だに定まっていないこと位だろう。
だから資材や建設機械が、今でも建設予定地に取り残されたままになっている。
ここから少し離れた場所で英治は、手ぶらでタクシーを降りていた。代金を多めに払う代わりに小型のスーツケースを近くのコンビニで発送するよう、伝票と共に運転手に渡したので、余分な荷物に動きを邪魔されることはない。
(まあ、スーツケースや中身に愛着はないんだけどな……)
大事なものは手に持っているか、すでに別口で発送済みなので、タクシーの運転手が荷物を持ち逃げしても、特に痛手にはならなかった。もっとも、話していた限りではそこまで悪人ではないので、快く引き受けてくれたと考えても問題ないだろう。
「…………うし、行くか」
睦月と合流する時間まで、まだある。
英治はゆっくりとコートを羽織り、人気のない建設予定地の中へと先に入って行く。
そもそもの始まりは、カリーナの両親からの頼まれごとだった。
『娘に……『銃』について教えてやって欲しい』
そう頼まれた英治はカリーナと共に、住んでいる田舎町からさらに奥にある自然の中へと、泊まり掛けの狩猟に出ていた。
拳銃だけはいつでも抜ける状態にし、大型の銃器類や野営用のテント等を担いだ二人は奥へ向けて、えっちらおっちらと歩いていく。
『な、何でこんな……』
『偶には良いだろ? 外に出るのも』
家業は一応体力仕事とはいえ、基本はインドア派なカリーナは息を荒げながらも、どうにか英治の後をついてきている。
体力的に余裕のある英治は後ろを振り返り、ポニーテールの位置をいつもの高めから低めに変え、荷物の上に垂らしている彼女の様子を見た。しかしカリーナは半ば意地になっているらしく、無理矢理近付いてから、ダラダラと文句を言い始めてきた。
『そもっ、そも……何、で、私が……こんな所に…………』
『そりゃ、お前の両親に言えよ』
『ここまでくる必要があるのか、って聞いてるのよっ!?』
周囲には人影もなく、警戒心のない動物がちらほらと視界に映ってくる。すでに、口径の小さい銃弾では、銃声が人里まで届かない距離にまで来ていた。
たとえ、ここでカリーナを甚振ってから撃ち殺してしまっても、簡単にもみ消せてしまえる程に。
(まあ、しないけど……)
そんな益体もないことを考えながら、もうこの辺りでいいかと英治は、荷物を足元の地面に下ろした。
『で、お前は両親に何て言われてるんだ?』
『……『英治から、『銃』について教わってこい』って』
『その通りだよ』
方針に変更はない。英治は軽く肩を回してから、太腿に取り付けたレッグホルスターに納めた特注品の回転式拳銃を……
……カリーナの作品を構えた。
『カリーナ、お前……このご時世に、『銃器職人』継ぎたいんだって?』
『別に家業継ぐなんて、よくある話じゃない。英治だってそうでしょう?』
『……だったら、暢気にパン屋のバイトなんてしてねえよ』
回転式弾倉をずらし、銃弾が装填してあるのを確認しながら、英治は少し苛立たし気に吐き捨てた。
『時代が変われば、戦争の在り方も変わる。武器が進歩して戦術だの戦略だのが大きく変わってしまったように……情報社会と化した今の世界じゃ、銃はほとんど、『道連れの道具』にしかならないんだよ』
銃社会でも、規制の動きが出ている。
日本が反銃社会でも治安が守られているのは、元々が狭い島国である為に、警察による治安維持活動が可能だったからだ。逆に言えば、土地の広さや人口密度の問題で、国家だけで市民を守ることができない状況もある。なので市民が銃を持つことを許し、いや見逃すことで自衛させているのだ。
全てが全て、そうではないが……国が銃の所持を許す主な理由は、大体『自衛』の一言で説明できてしまう。
しかし、かつては脆い警察組織だったとしても、時代は常に流れていく。
たしかに銃は自衛に置いて有用だが、同時に……『人殺しの手段』としても使える。規制の厳しい日本であっても起きてしまう銃撃事件が、銃社会で起きないわけがなかった。
銃を用意しても、それを用いた犯罪が世界中で起きている。それも普通の人達が暮らす、平凡な社会の中でだ。
けれども……数代もしない内に、その現実は一変すると考えている者達もいる。
情報技術の発展により、国による治安維持能力が格段に高まってきているのだ。既に日本では、生半可な犯罪者ならば簡単に捕まってしまう状況に陥ってしまっている。その影響は、現代の銃社会も例外ではない。
ゆえにかどうかは分からないが、少なくとも……銃の規制を訴える声が徐々に増えてきている。
だからこそ、英治は考えてしまうのだ。
もう……銃は必要なくなるのかもしれない、と。
『『犯罪に使おうとする者には売らない』、『銃は正しく、狩猟や自衛の為だけに使うべきだ』……間違っちゃいないが、その考えだと需要が思いっきり減るぞ?』
それが、カリーナが『『銃器職人』を継ぎたい』という願いを、両親が渋っている理由だった。
近い将来、下手をすればカリーナの代で……商売として成り立たなくなる可能性があるからだ。
『銃器メーカーならまだしも、個人の『銃器職人』でこれから、どうやって食っていくんだよ?』
『それは……』
カリーナは、言葉に詰まってしまっている。
当然かもしれない。今の彼女は『夢』と『現実』の狭間にいるのだ。その狭間にどう折り合いを付けるかを考えられなければ、未来が閉ざされてしまう。カリーナの両親はそれを心配したからこそ、英治に今回の件を依頼したのだった。
『……で、今回の野営だ』
回転式弾倉を戻してから軽く銃を回転させ、元のレッグホルスターに納めた英治は身を屈め、荷解きを始めた。
『いい機会だから、お前が作る『銃』について正しい認識をして欲しいんだってさ。その上で利益を上げる方法を考えられるのなら、カリーナの両親も文句はないとよ』
『いや、何言ってるのよ……『銃』は『銃』でしょう?』
銃。鉄の塊で中に火薬を詰め、鉛の弾を飛ばす道具。そして素人でも簡単に、人を殺せる凶器。カリーナにとっては、その程度の考えかもしれない。
……だが、英治からすれば、それだけでは足りない。
『簡単に言うとな……ん?』
荷解きしながらどう説明しようかと考えながら、話そうとした時だった。英治の耳が、何かが近付いてくる音を聞き取ったのは。
『丁度いいな……』
『何が?』
未だに気付いていないカリーナに英治は顎を振り、ある方向を示した。
自らの耳が、捉えた音がした方を……
『……獲物だ』
草むらから出て来たのは、この辺りに出る野生動物では特に多い鹿だった。
鹿の方も英治達には気付いているものの、今はただじっと、様子を窺ってきている。
『カリーナ、鹿肉は食えるか?』
『大好物』
今は悩みを横に置き、カリーナは上着を脱いで剥き出しになっているショルダーホルスターから、愛用の自動拳銃を引き抜き、
『今日の晩御は、』
――ビシッ!
『ん、……へっ?』
銃身を握って引き、薬室に銃弾を込めようとする。だがその前に、肝心の鹿は何かが当たって仰け反ったようにして、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。
無論、銃声は響いていないので、誰も発砲はしていないはずだった。
『なん、で……』
『……俺だよ』
そう言って英治は身を屈めたまま、手近に落ちていた小石をいくつか掌で弄んだ。
『わざわざ銃撃たなくても、獲物位仕留められるっての』
指弾、と呼ばれる技術がある。
指でコインや小石等、小さな塊を飛ばして相手にぶつける技だ。英治は指で小石を弾き、鹿の顎を撃ち抜いたのだ。
おもむろに立ち上がった英治は、荷物から狩猟用のナイフを取り出してから鹿へと近付き、そのまま止めを刺した。
『それに、銃声で他の獲物が逃げるだろうが。当たっていたならまだいいが、外してたら最悪、今夜は食いっぱぐれるぞ』
『…………』
英治が述べたのは正論だが、カリーナは簡単に頷こうとはしない。
正論ではあるものの……それでは、『銃』の存在意義が疑われてしまうからだ。
『だからって……銃を使わない理由にはならないでしょう』
止めを刺してすぐに放血に取り掛かる英治の背中に、カリーナは力なさげに言ってくる。
『わざわざ指弾を、覚える方が手間じゃない? 銃を使えばすぐに、』
『……銃がなければ、何もできないのか? お前は』
『っ!?』
苛立たし気に、歯を噛み締めるカリーナ。だが英治は、内臓を掻き出しながらも、話を止めることはなかった。
『俺にとっては、銃も小石も一緒だよ。ただの飛び道具でしかない』
倒れた鹿のすぐ近くにしゃがみ込んでいた英治は、立ち上がってカリーナの傍へと寄る。そして、その足元にある荷物から、水の入った水筒を取り出した。
『銃を持てば強くなれると勘違いしている奴は、手軽に買える市販品で満足する。銃が犯罪の元凶だと考える奴は、そもそも近付こうともしない。銃は飛び道具だと正しく認識している奴は自分に合う市販品を探し……その中でも満足できない奴だけが、『銃器職人』に特注品を依頼するんだよ』
ある意味では、それがこの世の真理だった。
『お前の言う通り、ただ獲物を撃つだけなら、銃を持てば簡単だよ。だけどな……それなら、メーカーの市販品でも十分だろうが』
実際、カリーナの両親も銃の特注だけで、生計を立てているわけではない。手を加えて不良品の可能性を無くしているとはいえ、普通に市販品を取り扱い、銃弾等の消耗品で定期的な収入を得ている。
たしかに腕は良く、英治をはじめ、依頼する人間もいるにはいるが……依頼自体が、滅多に来ない。
おまけに、情報技術の発達という事実が、明確に銃の需要がなくなる可能性を示唆している。
少なくとも、確たる意思もないまま、子供に継がせたいと思う親はいないだろう。特に……常に、危険と隣り合わせな職業であればなおさらだ。
なにせ……危険に襲われる恐怖を、誰よりも知っているのだから。
『危険だらけで利益も見込めない。それでもお前は、『銃器職人』を目指すのか?』
獲物の血を洗い流そうと取り出した水筒を手に持ったまま、英治はカリーナの瞳をじっ、と見た。いや、睨み付けた。
『お前が両親に憧れて、何かを作るのが好きで『銃器職人』を目指したいのは分かってるよ。でもな……それで『銃』に拘る理由は何だ?』
『っ、…………』
何も、答えはなかった。
ただ両親の背中を追って、同じ道に行こうとしていると……『縋っている』と指摘されて、何も言い返せなかったからだ。
『……ま、その辺は鹿でも食いながら、ゆっくり考えようぜ』
そしてカリーナから視線を外した英治は、再び鹿の解体作業に戻っていく。
『今日はその為に来たようなもんだしな。そんなすぐに答えが出せたら、人間誰も、苦労はしてねえよ』
英治が鹿の解体を終え、そのままテントを設営している間も、カリーナはただ黙って見つめているだけだった。
ただ、カリーナがその答えを出すよりも早く、状況は動いてしまっていた。
(日焼けの跡からずれてる……誰かが入り込んでいるな)
柵同士を繋げる鎖と、それを閉じる為の錠前を見つけた英治は、それが普段の位置からずれていることに、目敏く気付いた。
まだ武器が届く、睦月が来る時間にはなっていない。それでも英治は、手近な隙間から囲いの中へと入り、人の痕跡を辿り出していた。
その過程で、地面の上に散らばっている金属製の部品をいくつか拾い上げる。英治にとって、それらは下手な銃よりも頼りになる代物だった。
けれども、カリーナの作ってくれた愛銃程ではない。
(とりあえず……睦月が来るまでは、様子見に徹するか)
手に持った部品の感触を確かめながら、他に武器になりそうなものはないかと、視線を彷徨わせつつ、歩いていく。適当な鉄パイプでもあれば棍棒代わりになるのだが、錆び付いていたりするものしか転がっていない。下手に手を出せば、破傷風で自滅しかねなかった。
少しして歩き切った英治は、そこでようやく、獲物を見つけることができた。
(後、少し……)
まともな武器がない状態では、何もできない。
『傭兵』の英治だからこそ、目的に合わせた仕事道具を選ぶことに拘るのだ。
「こういうのも、『兵どもが夢の跡』って言うのかね……」
元は、巨大なアミューズメント施設の建設予定地だったらしいが、つい最近その運営会社が倒産してしまったとのことだ。今では別の会社がこの土地を買い取り、どう使うかで揉めている最中だと聞いている。
けれども、建設会社にとっては、仕事になるのであれば顧客が誰であっても構わないらしい。なので残る問題は、工事の方針が未だに定まっていないこと位だろう。
だから資材や建設機械が、今でも建設予定地に取り残されたままになっている。
ここから少し離れた場所で英治は、手ぶらでタクシーを降りていた。代金を多めに払う代わりに小型のスーツケースを近くのコンビニで発送するよう、伝票と共に運転手に渡したので、余分な荷物に動きを邪魔されることはない。
(まあ、スーツケースや中身に愛着はないんだけどな……)
大事なものは手に持っているか、すでに別口で発送済みなので、タクシーの運転手が荷物を持ち逃げしても、特に痛手にはならなかった。もっとも、話していた限りではそこまで悪人ではないので、快く引き受けてくれたと考えても問題ないだろう。
「…………うし、行くか」
睦月と合流する時間まで、まだある。
英治はゆっくりとコートを羽織り、人気のない建設予定地の中へと先に入って行く。
そもそもの始まりは、カリーナの両親からの頼まれごとだった。
『娘に……『銃』について教えてやって欲しい』
そう頼まれた英治はカリーナと共に、住んでいる田舎町からさらに奥にある自然の中へと、泊まり掛けの狩猟に出ていた。
拳銃だけはいつでも抜ける状態にし、大型の銃器類や野営用のテント等を担いだ二人は奥へ向けて、えっちらおっちらと歩いていく。
『な、何でこんな……』
『偶には良いだろ? 外に出るのも』
家業は一応体力仕事とはいえ、基本はインドア派なカリーナは息を荒げながらも、どうにか英治の後をついてきている。
体力的に余裕のある英治は後ろを振り返り、ポニーテールの位置をいつもの高めから低めに変え、荷物の上に垂らしている彼女の様子を見た。しかしカリーナは半ば意地になっているらしく、無理矢理近付いてから、ダラダラと文句を言い始めてきた。
『そもっ、そも……何、で、私が……こんな所に…………』
『そりゃ、お前の両親に言えよ』
『ここまでくる必要があるのか、って聞いてるのよっ!?』
周囲には人影もなく、警戒心のない動物がちらほらと視界に映ってくる。すでに、口径の小さい銃弾では、銃声が人里まで届かない距離にまで来ていた。
たとえ、ここでカリーナを甚振ってから撃ち殺してしまっても、簡単にもみ消せてしまえる程に。
(まあ、しないけど……)
そんな益体もないことを考えながら、もうこの辺りでいいかと英治は、荷物を足元の地面に下ろした。
『で、お前は両親に何て言われてるんだ?』
『……『英治から、『銃』について教わってこい』って』
『その通りだよ』
方針に変更はない。英治は軽く肩を回してから、太腿に取り付けたレッグホルスターに納めた特注品の回転式拳銃を……
……カリーナの作品を構えた。
『カリーナ、お前……このご時世に、『銃器職人』継ぎたいんだって?』
『別に家業継ぐなんて、よくある話じゃない。英治だってそうでしょう?』
『……だったら、暢気にパン屋のバイトなんてしてねえよ』
回転式弾倉をずらし、銃弾が装填してあるのを確認しながら、英治は少し苛立たし気に吐き捨てた。
『時代が変われば、戦争の在り方も変わる。武器が進歩して戦術だの戦略だのが大きく変わってしまったように……情報社会と化した今の世界じゃ、銃はほとんど、『道連れの道具』にしかならないんだよ』
銃社会でも、規制の動きが出ている。
日本が反銃社会でも治安が守られているのは、元々が狭い島国である為に、警察による治安維持活動が可能だったからだ。逆に言えば、土地の広さや人口密度の問題で、国家だけで市民を守ることができない状況もある。なので市民が銃を持つことを許し、いや見逃すことで自衛させているのだ。
全てが全て、そうではないが……国が銃の所持を許す主な理由は、大体『自衛』の一言で説明できてしまう。
しかし、かつては脆い警察組織だったとしても、時代は常に流れていく。
たしかに銃は自衛に置いて有用だが、同時に……『人殺しの手段』としても使える。規制の厳しい日本であっても起きてしまう銃撃事件が、銃社会で起きないわけがなかった。
銃を用意しても、それを用いた犯罪が世界中で起きている。それも普通の人達が暮らす、平凡な社会の中でだ。
けれども……数代もしない内に、その現実は一変すると考えている者達もいる。
情報技術の発展により、国による治安維持能力が格段に高まってきているのだ。既に日本では、生半可な犯罪者ならば簡単に捕まってしまう状況に陥ってしまっている。その影響は、現代の銃社会も例外ではない。
ゆえにかどうかは分からないが、少なくとも……銃の規制を訴える声が徐々に増えてきている。
だからこそ、英治は考えてしまうのだ。
もう……銃は必要なくなるのかもしれない、と。
『『犯罪に使おうとする者には売らない』、『銃は正しく、狩猟や自衛の為だけに使うべきだ』……間違っちゃいないが、その考えだと需要が思いっきり減るぞ?』
それが、カリーナが『『銃器職人』を継ぎたい』という願いを、両親が渋っている理由だった。
近い将来、下手をすればカリーナの代で……商売として成り立たなくなる可能性があるからだ。
『銃器メーカーならまだしも、個人の『銃器職人』でこれから、どうやって食っていくんだよ?』
『それは……』
カリーナは、言葉に詰まってしまっている。
当然かもしれない。今の彼女は『夢』と『現実』の狭間にいるのだ。その狭間にどう折り合いを付けるかを考えられなければ、未来が閉ざされてしまう。カリーナの両親はそれを心配したからこそ、英治に今回の件を依頼したのだった。
『……で、今回の野営だ』
回転式弾倉を戻してから軽く銃を回転させ、元のレッグホルスターに納めた英治は身を屈め、荷解きを始めた。
『いい機会だから、お前が作る『銃』について正しい認識をして欲しいんだってさ。その上で利益を上げる方法を考えられるのなら、カリーナの両親も文句はないとよ』
『いや、何言ってるのよ……『銃』は『銃』でしょう?』
銃。鉄の塊で中に火薬を詰め、鉛の弾を飛ばす道具。そして素人でも簡単に、人を殺せる凶器。カリーナにとっては、その程度の考えかもしれない。
……だが、英治からすれば、それだけでは足りない。
『簡単に言うとな……ん?』
荷解きしながらどう説明しようかと考えながら、話そうとした時だった。英治の耳が、何かが近付いてくる音を聞き取ったのは。
『丁度いいな……』
『何が?』
未だに気付いていないカリーナに英治は顎を振り、ある方向を示した。
自らの耳が、捉えた音がした方を……
『……獲物だ』
草むらから出て来たのは、この辺りに出る野生動物では特に多い鹿だった。
鹿の方も英治達には気付いているものの、今はただじっと、様子を窺ってきている。
『カリーナ、鹿肉は食えるか?』
『大好物』
今は悩みを横に置き、カリーナは上着を脱いで剥き出しになっているショルダーホルスターから、愛用の自動拳銃を引き抜き、
『今日の晩御は、』
――ビシッ!
『ん、……へっ?』
銃身を握って引き、薬室に銃弾を込めようとする。だがその前に、肝心の鹿は何かが当たって仰け反ったようにして、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。
無論、銃声は響いていないので、誰も発砲はしていないはずだった。
『なん、で……』
『……俺だよ』
そう言って英治は身を屈めたまま、手近に落ちていた小石をいくつか掌で弄んだ。
『わざわざ銃撃たなくても、獲物位仕留められるっての』
指弾、と呼ばれる技術がある。
指でコインや小石等、小さな塊を飛ばして相手にぶつける技だ。英治は指で小石を弾き、鹿の顎を撃ち抜いたのだ。
おもむろに立ち上がった英治は、荷物から狩猟用のナイフを取り出してから鹿へと近付き、そのまま止めを刺した。
『それに、銃声で他の獲物が逃げるだろうが。当たっていたならまだいいが、外してたら最悪、今夜は食いっぱぐれるぞ』
『…………』
英治が述べたのは正論だが、カリーナは簡単に頷こうとはしない。
正論ではあるものの……それでは、『銃』の存在意義が疑われてしまうからだ。
『だからって……銃を使わない理由にはならないでしょう』
止めを刺してすぐに放血に取り掛かる英治の背中に、カリーナは力なさげに言ってくる。
『わざわざ指弾を、覚える方が手間じゃない? 銃を使えばすぐに、』
『……銃がなければ、何もできないのか? お前は』
『っ!?』
苛立たし気に、歯を噛み締めるカリーナ。だが英治は、内臓を掻き出しながらも、話を止めることはなかった。
『俺にとっては、銃も小石も一緒だよ。ただの飛び道具でしかない』
倒れた鹿のすぐ近くにしゃがみ込んでいた英治は、立ち上がってカリーナの傍へと寄る。そして、その足元にある荷物から、水の入った水筒を取り出した。
『銃を持てば強くなれると勘違いしている奴は、手軽に買える市販品で満足する。銃が犯罪の元凶だと考える奴は、そもそも近付こうともしない。銃は飛び道具だと正しく認識している奴は自分に合う市販品を探し……その中でも満足できない奴だけが、『銃器職人』に特注品を依頼するんだよ』
ある意味では、それがこの世の真理だった。
『お前の言う通り、ただ獲物を撃つだけなら、銃を持てば簡単だよ。だけどな……それなら、メーカーの市販品でも十分だろうが』
実際、カリーナの両親も銃の特注だけで、生計を立てているわけではない。手を加えて不良品の可能性を無くしているとはいえ、普通に市販品を取り扱い、銃弾等の消耗品で定期的な収入を得ている。
たしかに腕は良く、英治をはじめ、依頼する人間もいるにはいるが……依頼自体が、滅多に来ない。
おまけに、情報技術の発達という事実が、明確に銃の需要がなくなる可能性を示唆している。
少なくとも、確たる意思もないまま、子供に継がせたいと思う親はいないだろう。特に……常に、危険と隣り合わせな職業であればなおさらだ。
なにせ……危険に襲われる恐怖を、誰よりも知っているのだから。
『危険だらけで利益も見込めない。それでもお前は、『銃器職人』を目指すのか?』
獲物の血を洗い流そうと取り出した水筒を手に持ったまま、英治はカリーナの瞳をじっ、と見た。いや、睨み付けた。
『お前が両親に憧れて、何かを作るのが好きで『銃器職人』を目指したいのは分かってるよ。でもな……それで『銃』に拘る理由は何だ?』
『っ、…………』
何も、答えはなかった。
ただ両親の背中を追って、同じ道に行こうとしていると……『縋っている』と指摘されて、何も言い返せなかったからだ。
『……ま、その辺は鹿でも食いながら、ゆっくり考えようぜ』
そしてカリーナから視線を外した英治は、再び鹿の解体作業に戻っていく。
『今日はその為に来たようなもんだしな。そんなすぐに答えが出せたら、人間誰も、苦労はしてねえよ』
英治が鹿の解体を終え、そのままテントを設営している間も、カリーナはただ黙って見つめているだけだった。
ただ、カリーナがその答えを出すよりも早く、状況は動いてしまっていた。
(日焼けの跡からずれてる……誰かが入り込んでいるな)
柵同士を繋げる鎖と、それを閉じる為の錠前を見つけた英治は、それが普段の位置からずれていることに、目敏く気付いた。
まだ武器が届く、睦月が来る時間にはなっていない。それでも英治は、手近な隙間から囲いの中へと入り、人の痕跡を辿り出していた。
その過程で、地面の上に散らばっている金属製の部品をいくつか拾い上げる。英治にとって、それらは下手な銃よりも頼りになる代物だった。
けれども、カリーナの作ってくれた愛銃程ではない。
(とりあえず……睦月が来るまでは、様子見に徹するか)
手に持った部品の感触を確かめながら、他に武器になりそうなものはないかと、視線を彷徨わせつつ、歩いていく。適当な鉄パイプでもあれば棍棒代わりになるのだが、錆び付いていたりするものしか転がっていない。下手に手を出せば、破傷風で自滅しかねなかった。
少しして歩き切った英治は、そこでようやく、獲物を見つけることができた。
(後、少し……)
まともな武器がない状態では、何もできない。
『傭兵』の英治だからこそ、目的に合わせた仕事道具を選ぶことに拘るのだ。
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